⑤ページの騎士


※※※


「大丈夫ですか? セシルさん。相手は最近めきめきと腕を上げてきたミシェル・ランドン兵士長です。彼女はこの隊に入る目的でヒューマンチューニング手術を受けたと噂をされるほどの強者です。そんな彼女の事ですから、もしかすると何か奥の手があるのかもしれませんよ」

「心配は御無用よ、黒塚くん。そんなことは先刻承知。それより、他人の心配をするぐらいだったら自分の腕前のことを心配しなさい」

 余程気懸りがあるのだろう、勇斗はセシル機のハッチにのめり込んで話そうとする。

 そんな様子を窺っていたミシェルは、あからさまに不機嫌な表情で睨み付けている。

「ふん、何よこんなところに来てまでイチャイチャしやがって。それもここで終わりよ。あたしにはちゃんと切り札があるんだから」

 ペルゼデール国家建国式典まで残りわずか二週間を切ったというこの日。軍の査問委員会公認によるフェイズウォーカー対決での副隊長選考会が行われようとしていた。

 査問委員会としては、公平を期すためにミシェル以外にも有志を募ったのだが、思いの外一人も名乗り出る事はなかった。その理由としては、やはりこの軍隊にはミックスの比率が多いことが関わっていた。

 ミックス、つまりはヒューマンチューニング手術を受けた者の事であるが、その手術を一旦受けると大抵の人々は感覚をネットワークに委ねてしまうために、いつしか野性的な本能を失ってしまうリスクがある。

 そのせいか、現実的な行動においては良い意味での向上心すら薄れてしまうという欠点が見られるのだ。

 だが、ミシェル・ランドンのように手術を受けて間もない上に、当初から目的意識の強い人間である場合はその逆の効果も時々強く認められる。

 そして、セシル・セウウェルにしても同じことが言える。彼女はチューニング手術のやりすぎで、少し前まではどこか意識に現実的な薄れというものが見え隠れしていたのだが、黒塚勇斗という存在との出会いにより目的意識が明確になり、以前よりひと際人間らしい役割に目覚めてしまうこともあるのだ。

 彼女らは互いに女であった。その女であるがゆえに、本来大多数の女性が有している本能というものがこういった形で表現されてしまうのである。

「黒塚くん、知ってる? 私ね、以前に本か何かでこんなことを読んだことがあるの。――男は人々の誇りのために全力で戦い、女はその愛を勝ち取るために死に物狂いで諍い合う――ってね。じゃあ、アンドロイドは何のために生きるのかしらね?」

 セシルさんこんな時に笑っている、と勇斗は思った。とにかくこんな場面で活き活きしている。以前出会ったばかりのセシルからは考えられない出来事だ。

 勇斗は、

「じゃあ俺は、セシルさんの為に全力で誇りを勝ち取らなければならないですね」

 と、少しだけ大人ぶって見せた。するとセシルは、

「この、生意気だぞ、まだまだ見習い坊やのくせに」

 と、いつものように人差し指でちょんと鼻の頭を突っついてくる。

 彼女がハッチを閉める合図をすると、優しい残り香が宙を舞った。勇斗はその様子を歯を食いしばって見送った。


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