④ページの騎士
※※※
昏睡から目覚めて二週間以上が経ち、羽間正太郎の肉体も本来の調子を取り戻しつつある。しかし、未だに回復を見せないのが、彼の無二の相棒烈太郎である。
烈太郎は、正太郎の問いかけに対しても何も応じなかった。いや、応じないというよりセンサー事態を閉ざしているという具合だった。
「烈太郎君って本当にロボットなのですか? まるでこれじゃ人間の子供みたい」
付き添い人であるクリスティーナは、ここ一週間の正太郎の問い掛けにすら応じない烈太郎の姿を目の当たりにして半ば呆れかえっている。
「まあ、仕方ねえんじゃねえの。こいつは昔から神経質なところがあってね。本来は戦闘向きじゃないんだよ」
正太郎は、尻をついて膝を丸めた格好の烈太郎の背中の辺りをポンポンと叩く。
「ええっ!? 戦闘マシンなのに戦闘マシン向きじゃないって、それって変じゃないですか? それでよくあの戦乱を乗り越えてきましたね。常識で考えたらいくつ命があったって……」
「ああ、命なんていくつあったって足りなかったぐらい苦労したね。でもね、クリスちゃん。そのぐらいで丁度良かったんだよ」
正太郎は、少しだけ遠い目をしながら機体装甲の表面に刻まれた様々な傷を優しく手で擦る。
そんな姿を、クリスティーナは少しだけ羨ましく思うのである。
「そうか……。まだ烈太郎君の復活には時間が掛かるか……」
鳴子沢長官は、彼らの報告を受けると溜め息混じりに答えた。
「君たちも知っての通り、当局は娘の小紋とマリダが消息を絶った第五寄留を中心にエージェントを送りつつ情報を集めている。細かい情報分析はこれからの解析結果が出てから君たちに伝えるとして、これから話す事は、事態の進展を示す耳寄りな情報だと理解して欲しい」
正太郎にクリスティーナ。そしてゲオルグ博士といった面々で話す場合、どちらかと言えば柔和な接し方をする大膳なのだが、この日に限っては少々改まり気味だった。
「キミたちに心して聞いて欲しい。今日から数えて二週間後、対象となる秘密組織ペルゼデール・オークションは建国式典を行うという情報が舞い込んできた」
「なんだって!? じゃ、じゃあ、これは事実上の宣戦布告を意味するってことじゃねえか! 鳴子沢さん、そんな突飛な情報どこで手に入れたんだよ!」
思わずコーヒーカップを落としそうになる正太郎。
そんな彼の態度を受けて、
「これは、うちの“草”と呼ばれる複数の局員から知らされた情報なのだ。デマである可能性を考慮すれば100%信頼できる情報とまでは言えないが、一般民衆レベルまでその情報が落とし込まれてるのだとすれば、有り得ない話ではないはずだ」
確かにそれは考え得ることだった。例えこの情報が敵側の工作による偽物の情報であったとしても、逆にその行為による目的も意味も見いだせない。よって、この情報が真実である可能性の方が高いということだ。
大膳が言い終えたところに、ゲオルグ博士が言葉を付け足すように、
「私の考えるところ、その情報は筋が通ると思うのです。なぜなら、かの秘密結社ペルゼデール・オークションとやらがここまで実効支配をやり遂げたのなら、次の目的はその信頼を中央に集めることだと思うのです。民衆というものは、どんな時代であってもそれ相応に何らかの象徴というものを欲しがる性質を有していますからね。尚更、ダーナフロイズンという機械神が停止してしまったと触れ回られてしまった現在、その効果は絶大であると考えます」
このゲオルグ博士の説も
有史以来、人間の行って来たことを考えれば、人は何らかの象徴を無意識に求めてしまうところがある。それは、時代で言えば神という存在であったり、経典というものであったり、場合によっては思想的なシステムを崇拝する事さえあったのだ。
その役目をこの大地ではダーナフロイズンという実務的な機械神に託していた。それは善とか悪とかの常識的な判断に関わらず、どこか人間という生き物にはそのような性質があるという表れなのだ。
だが、事実から言えばその機械神などどこにも存在していないことは大膳らによって聞かされたばかりだった。この秘密事項は一般的には知らされていることではなく、鳴子沢大膳ら特務調査機関のみが知り得る情報なのだが、それを今、公表してしまえばさらに事態は悪化してしまうことが予想される。
そう言ったことを考慮しても、ペルゼデール・オークションという秘密結社が儀式として大々的に式典を行おうとするのはごく自然で、かなり効果的なやり方であると言ってよい。
「てえことはよ。もしかすると、これまで謎だった相手の正体も見えてくるってことだよな。そしたら今度は俺の出番てわけだな」
正太郎は舌なめずりをする。
「そうだとも羽間君。キミがかつてヴェルデムンドの背骨折りと呼ばれていたからには、その背骨を見せてくれればキミにも動きようが出てくる。……しかし、それには烈太郎君にも復活して欲しい所なのだが」
とは言ったものの、本来のところ、大膳は正太郎の身を案じていた。
大膳は、この男が、烈太郎という存在が居ようと居まいと何かを仕掛けようとする勇猛果敢さを有していることを心得ている。それが無謀であるなしに関わらず、何かをやり遂げて自らの力を誇示しようとする男だけが知る証明であることも心得ていた。
大膳は、この羽間正太郎という男が人間的に好きだった。しかし、愛娘である小紋が興味を示して止まない存在であることが、この男の危うさを受け入れられない理由の一つでもあった。
「羽間君、キミにはこれから後方支援を命じる。言わば、私の作戦参謀としての役割だ。実行部隊は当局に山のようにいるのだからな」
「何言ってんだよ、鳴子沢さん! アンタ、こんな状況でよくそんなこと言っていられるな。小紋だってマリダだってまだどこにいるかも分かってないんだぜ? それなのに……」
「それとことは別の問題だよ、羽間君。キミ一人が当てずっぽうで嗅ぎまわったところで何になる。ここは私と博士の三人で様子を窺いながら作戦を考えるのが得策だと思うがね」
大膳の言う事は間違いではない。だが、正太郎自身には納得がいかない。
まして彼は、自らが戦場の匂いを感じながら動き回ることでより良い勘が働くという特性を持っている。そのことは、ここにいる誰もが知る事であり紛れもない事実であるからだ。
野獣を飼い慣らすことは不可能だ――
大膳はその真理を知りながらも、そうせざるを得ない自分が情けなかった。
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