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意識が繋がるということは、こういうことを言うのだろうか。
彼はこのひと月の間、人知れない入江のどこかで、とても生温いブルーに煌めく海面にぷかぷかと浮いていた。
何度も何度も同じ夢の繰り返しを見せられて、何度も何度も同じ女性に恋をして。
果たしてそれは彼にとって天国の光景だったのだろうか? それとも地獄の陰影だったのだろうか?
「こ……こ、ここは……?」
白い天井に白い壁。等間隔のリズムを打ち鳴らす信号音に鼻の奥に突き刺さるような薬品の匂い。
何やら白衣を着た女性が近くに立っているが、視界がぼやけてハッキリしたことが分からない。声を出そうとしても声が出にくい。
不思議なものだった。体が自分のものではないように、まるでかたくなに言う事を聞こうとしない。
「あっ、気がつかれました、たった今、昏睡が解けて羽間正太郎様の意識が戻りました!」
白衣の女性は慌ただしかった。きっと若い女性なのだろう。モニターに向かい誰かに連絡をするその声は、どこかに艶やかさというものがあり、またどこかにあどけなさが残っている。
「の、のど……喉がかわ、いた……。水を、くれ……」
酸素吸入器のマスク越しでは声がこもる。それより声帯が思った通りに動こうとしない。
「羽間さん、無理をしちゃいけません。今お水持ってきますからね。慌てないでください。あなたはもう一カ月以上意識が無かったんです。だからいきなり動いてはいけません」
という割に白衣の女性の声のトーンの方がかなり甲高い。きっと稀に見る何かに興奮が収まらないのだろう。だからついつい、
「キャッ、何するんですか!! このエッチ!!」
正太郎は女性の腰の辺りの膨らみに手を当ててしまう。
「ほう……あんた意外に……も、ネイチャーだ、ね……」
女性は、驚きと恥じらいと怒りをない交ぜにしたような表情で、
「そ、そうですが、それが何か……?」
ものの見事に警戒する仕草で睨んでくる。
「い、いやあ……やっぱ、さ……。現実の、女は……あったけえなあ、て思ってな……」
正太郎は、思わずにやけて笑ってしまった。やっと意識が戻ったという実感が湧いてきたからだ。
この白衣の女性はクリスティーナ・浪野と名乗った。ヴェルデムンド当局の息のかかったホスピタルの専属ナースなのだという。彼女は赤い髪に黒い瞳が特徴の鼻筋の通ったとてもチャーミングな女性で、半年前に地球から赴任してきたばかりの生粋のネイチャーであるという。
「それは名前こそ明かされませんでしたが、あなたは学校のヴェルデムンド史を習う上で必ず登場する人物でした。でも、こんないやらしいことをするようなド変態だとは教科書に一文字も載っていませんでしたよ」
まだうら若い女性らしく、どこか攻撃的で、どこか本能的に品定めするようなキラキラとした眼差しがある。それがいかにも“自然派”らしくてとても好感が持てた。
「じゃあ、申し訳ないからお詫びに結婚でもしちゃおうか?」
正太郎はまた彼女の腰の辺りに手を伸ばそうとするが、
「今どき結婚なんて流行りませんよ、この軽薄男!」
と、自由の利かない彼の頭を近くにあった金属のトレーで引っ叩いた。
「ぐへっ……! 痛ぅ……。き、君、過激だねえ、一応俺は重症患者なんだぜ」
「それとこれとは別です! もうっ! 一応伝説の反乱兵士と教科書にも載ってる超有名人だから、どんな立派な人なんだろうって結構あなたに興味あったんですけどね。それがたった今崩れ去りました。とても失望させられました!」
クリスティーナという女性は、思ったことをかなり率直に口にする。正太郎は、タイプ的にそういう女性が嫌いではない。
「あのさあクリスちゃん。俺、色々とやりたいことあるんだけど、ちょっとだけ起こしてくれない?」
「ちょっとだけって、待ってくださいよ。そんなこと出来るわけないじゃないですか! そろそろ担当医が来てあなたのことについて説明がありますから、お願いですからそれまでじっとしててください」
「なんでさ、いいじゃん。少しぐらい」
正太郎は右手をついて起き上がろうとする。がしかし、
「な、なんだ……!!」
体を揺り動かそうとしても、思いきり起き上がろうとしてもどうにも起き上がれない。そればかりか、
「羽間さん、それ以上はダメです!!」
クリスティーナが彼を制しようとしたとき、正太郎は弾みでベッドから転げ落ちてしまった。
「あ、痛ててて……」
正太郎は、苦悶にあえいだ表情でなんとか床に転げ落ちてしまった体を立て直そうとするのだが、有り得ない違和感が彼の感覚を襲った。
「な、なんだ……。左半身の感覚が!?」
彼は衝撃のあまり本能的にクリスティーナに目をやった。しかし、クリスティーナは目を背け顔を伏せて彼の無言の質問に答えようとしない。
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