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「単刀直入に言います。あなたの体はここに運ばれてきた時点で、肉体の約40%が壊死しかかっていました」
担当医、エルフレッド・ゲオルグ博士は神妙な面持ちで語った。彼は、いかにもミックスらしいどこか冷めたような、どこか真実味がありそうな瞳で正太郎を見つめた。
「あの氷嵐の中ではそれも仕方ないでしょう。生粋のネイチャーであるあなたが、あの極寒の氷嵐の中で命があっただけも奇跡なのです」
ゲオルグ博士は、ベッド横のスツールに座ったまま視線を空中に向けた。すると視線のその先にホログラフが現れる。そのホログラフにあるものは見るも無残な男の姿。羽間正太郎、己自身の姿である。
「あなたの肉体の左半分の殆どが凍傷によって再生不可能な状態でした。そして背中や足の部分に至っては熱傷、いわゆる重度の火傷によって皮膚細胞の崩壊が顕著でありました」
正太郎は、ベッドに横たわったまま、自分の変わり果てた姿を見せられている。
どうにも最新の科学というものは、どこか残酷でどこか真実味があるものだと彼は思った。こんなに鮮明に自分の情けない姿が空中に投影されるのであれば、実際今ここにる自分は何であるのかと考え込んでしまうぐらいに。近くでクリスティーナも食い入るようにこれを見ている。それはまるで、体の奥底まで彼女に凌辱されたような気分にさえなってしまう。
このゲオルグ博士にしてもそうだ。医師だとか研究者だとかそういう生き物は、もうそれに見慣れ過ぎて固ゆで卵のように感傷的な心をどこかに置き忘れてしまっている。その気遣いの無さが、今の正太郎自身には一番痛くて一番重い。たとえそれが手段として必要不可欠なスキルであると分かっていたとしても。
だが、そんなことを正太郎が言えた立場ではない。別の分野に至っては彼も同類なのだから。世間知らずな少年少女のように、いちいち拙い感傷に浸っていたのでは、その分野で先に進むどころか生き残ることすらできない。
「それで博士。俺の体はどうなっちまったんだ? まさか、俺をミックスに?」
その質問は、彼にとってとても勇気が要った。なぜなら、それが嫌であの戦乱の中心人物になっていたのだから。しかし、その反面それも仕方のないことだと諦めの気持ちもあった。状況を受け入れるというのも、彼独特の信条なのである。
「御安心なさい、ミスターハザマ。その点は憂慮済みです。確かにあなたは、五年前の戦乱の片棒を担いだ重罪人かもしれない。しかし、我々の全てがそんな風に思ってはいない。でなけでば、ダーナフロイズンだってあなたたちを今の今まで生かしておくなんて、そんな無謀なことをする筈がない。我々のような政府側に属する人間とて一筋縄の考えで出来ているわけではないのです」
正太郎は、目の前にいる博士のことを誤解していたようだ。この人は目の前にある物自体よりも、もっと遠くより深いところを見つめている。と、そんな気がしたのだ。博士にはきっと何か深い考えがあってこう言っているのだろうと思えたのだ。そうでなければ、棺桶に体半分を突っ込んだ男に対してこうまでする必要がない。
「あのさあ、ゲオルグ博士。じゃあ、今の俺の体は何なんだい? 何の目的で俺を生かそうとするんだい?」
その言葉を受けてゲオルグ博士は、はっはっはと爽やかな笑い声を上げて、
「まあまあミスターハザマ、そう質問を急かなくても。私は逃げやせんよ」
そう言って立ち上がった。
「しかしミスターハザマ。これから言う事をよく聞いて欲しい。あなたはある人の要請によって生かされた。そして必要だから生かされた。そう言っても過言ではないのです」
「ゲオルグ博士……」
今一つ飲み込めない話だった。あの五年前の戦乱の時期だったらその話も解かるが、今や時代が違う。しかも、なぜ反乱兵士として戦った自分が、ヴェルデムンド政府側に必要とされなければならないのか?
「さっぱり解からねえぜ、博士。アンタたち、一体何がしてえんだ?」
するとゲオルグ博士が、
「その話は、アナタの後見人であるこの方と一緒に伝えましょう」
そう言ってクリスティーナに合図をした。クリスティーナは頷くと、自動扉の横にある装置に向かって虹彩認証と指紋認証を実施し、そしてぶつぶつと聞き取れないぐらいの小さな声で謎の言葉を投げかけた。
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