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「い、いやぁ……隠し事というか、何というか……」

 普段の態度からは想像が付かない程の動揺を見せる小紋。

 そんな彼女に正太郎は業を煮やし、

「いい加減にしろ、小紋! こんな時間のこんなとんでもない悪天候の晩にやって来たからには、それなりの何かがあるのは分かる。だがな、それを言わねぇとなると俺だって何をしてやったらいいのか、何をしていいのか、てんで分からねえじゃねえか!」

「わーっ、怒らないで羽間さん! 僕だって一応か弱い女の子なんだから、あんまり言いたくないことだってあるんだよう」

「バッキャローッ! 何が女の子だ! お前はいっぱしの二十歳を過ぎた大人の女だ。いつまでも優等生の学生気分で甘ったれているんじゃねぇぞ!」

 啖呵を切られ頭を抱えて委縮する小紋。だが、彼の言葉に何を思ったのかハッとし、涙目になって振り返る。

「ね、ねえ羽間さん? 今、僕のことをいっぱしの大人の女って言ってくれた?」

 唐突にしおらしい小紋の表情に、

「え、あ、ああ……。まあ言ったな。そのまんまの当たり前のことだしな」

 などと、何の意味があるのか解からずに即答する正太郎。

 そんなやり取りを微妙な表情で眺めていたマリダが、突然目を見開いて、

「小紋様! 正太郎様! 伏せてください!」

 奇声にも似た叫び声と共に二人に向かってマリダが飛び込んだ。すると、一発の砲弾が一筋の光を伴って店のガラス窓を突き破り着弾した――。

「きゃあ!」

「おわっ!」

 鼓膜をつんざくような炸裂音は空を裂き、衝撃波と共に四方八方に飛散する。その一瞬で剥き出したっだモルタルの壁は霧散し、辺りは火の海と化した。

「だ、大丈夫か二人とも!?」

 咳込みながらよろよろ立とうとする正太郎。間一髪の所で頑丈な厨房機器の陰に飛び込んだ三人であったが、その衝撃で頭を打ち付けたために彼は意識が朦朧としている。

「大丈夫です、正太郎様。小紋様もこの通り」

 さすがは有能なアンドロイドである。マリダはあの一瞬にして小紋の全身を抱え、身を挺して爆風から彼女を守っていた。しかし、マリダのあの美しい左腕が熱風で焼け焦げ溶解している。

「おい、大丈夫かお前?」

「ええ、心配は御無用です、正太郎様。私はそのためにお仕えしておりますから」

 解かっている。そんなことはよく解かっているのだが、正太郎は昔からその光景に慣れるものではない。

「申し訳ございません、正太郎様。やはり暴漢どもは小紋様と私の後を追ってこちらまで来てしまいました。せっかく身をお隠しになっていたこのお店も、こんなになってしまって……」

「ええい、そんな事はどうだっていい! それよりマリダ、小紋の意識は?」

 マリダは小紋の額に右手を当てると、

「問題ありません。衝撃波で気を失ってはいますが、脳波、脈拍、バイタルサイン共々良好です」

「そうか、それならお前が彼女を担いでも問題ないな」

「はい」

 正太郎は、瓦解した建物の位置と火の回りを確認しながら、

「おいマリダ、奴さんたちの位置と数が分かるか?」

 そう言って左の手のひらを差し出す。するとマリダは、

「はい」

 と返事をして、正太郎の手のひらにちょんちょんと敵の数だけ指でつつく。

「十時方向に三機、一時方向に二機、四時方向に五機か。こりゃ多いな。で、タイプは?」

「陸戦歩兵型の“方天戟ほうてんげき”タイプ。みなB級装備。先程私たちが打ち漏らした生き残りと思われます」

「そうか、方天戟ね。奴さんたち、あちらさんの組織の息がかかってるってわけね」

 このヴェルデムンドは、植物がヒエラルキーの頂点に君臨する大地である。いわば、そういう進化形態を辿って植物も知的な活動を行っている。ゆえに、交通手段としてだけではなく、各々が身を守るための乗り物というものが必要となってくる。

 そこで地球で言うマイカー代わりに常用している乗り物が、高速陸戦歩兵【フェイズウォーカー】である。【フェイズウォーカー】は全高3メートルほどの歩兵型ロボットで、その一台一台が個性を持った人工知能が搭載されている。いわば、人格を有した交通手段であり、搭乗者の身を守る武器でもあるわけだ。

 なぜそのような設計なのかといえば、寄留地(クレイドル)と寄留地の間はかなりの距離があり野宿することも多い。その上、タイヤなどの装備だけでは通行不可能な湿地帯も多く存在する。そんな場所で肉食系植物に出会えば、一瞬にして命を落とす。

 その時に搭乗者を自動的に守ってくれる存在が、意思を持った人工知能であり、それが搭載された各々の【フェイズウォーカー】というわけだ。

 そしてそれは搭乗者がその人工知能自体を育てるものであり、機体ごとに個性が宿るという特性を持っている。

 方天戟タイプとは、地球の中華系資本【ウァンミン】が、ヴェルデムンドの戦乱時代に量産していた名機である。

「おいマリダ、そしてお前らの機体は?」

「はい、街はずれに目立たぬように待機させております」

「時間にして?」

「二分はかかろうかと」

「それじゃ、こっちまでもたねぇな」

 意を決した正太郎は、強い溜息を吐くと、

「憎まれ役ってのは、いつの時代も損な役割だわな」

 そう言って強く指笛を鳴らした。


   

 

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