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※※※


 正太郎は、放り出した8号機の女パイロットの姿を見て、

(いずれは小紋も、こうなっちまうんだろうか……)

 とつい嫌な考えを巡らしてしまった。

 抵抗できないように下着のみの格好まで衣服を剥ぎ取ってみたのだが、その姿はもう人間というより、素肌を持たない装甲人形のようであった。これならば、一から機械人形であるマリダの方が表面上は数段も人間味があり美しい。

 ましてこの状況下で痛がりも寒がりもせず、ただ怯えることもなくじっと正太郎の突き出したレーザーナイフに従おうとする。果たして“彼女”は何を考えているのかさえ意識が伝わってこないのだ。噂では、違法なチューニングを繰り返してきた副作用がそうさせているという。

(しかし、こいつがそれを望んで生きてきたのであれば、これも間違いじゃねえ……)

 あの五年前の戦乱において、彼らが幾度となく議論を交わし幾度となく戦闘を交わした結果なのだ。そこから逃げ出した彼自身がとやかく言えるものではない。

 しかしながらあの“女”は、ヴェルデムンド政府でさえ禁止しているヒューマンチューニングの“人体と機械の比率の規定”という法に触れてまで改造を行ったのだ。果たしてこれは何故のものだろうか。

 それを単純に考えれば、

(何かが満たされていなかったんだろうな……)

 と彼は推測する。

 彼の本業は、世にも珍しい発明品や変わった武器を扱う商人である。それゆえに、売り手側は買い手側の需要を満たし、買い手側は売り手側に供給を求めるという基本原理をよく知っている。そんな商品ばかり扱うものだから、彼の顧客は“普通の品”と呼ばれる一般向けの商品は好まない性質だ。ゆえに、彼の顧客は常に満たされない者たちばかりである。

(そうさ、満たされねえ奴らの心ってのは、常に際限というものがねえ……)

 正太郎は、憐れに逃げてゆく女の後ろ姿に人の業を感じた。 


 彼は、女が立ち去ったのを見届けると、起動を停止した方天戟のコックピットに乗り込んだ。

(これでおびき寄せられればいいが……)

 そして非常用のシグナルをオンにする。

 彼の見立てでは、ジェリーと他の部隊が到着するまで約七分と見ている。その間にジェリーを何とかしたい。烈太郎の性格を鑑みれば、なるべく遠回りをしながら自分を探しに来るはずである。これは理論とも戦略と言うものでもなく長年連れ添った間柄だから分かる勘というものだ。

 正太郎はコックピット内のあらゆる場所をあら探しした。こんな時は使えるものは何でも使う。それが戦場を生き抜くためのセオリーだからだ。

(おっ、こりゃいいものがあるぜ!)

 それは、何らかの作戦に使用するための時限装置だった。

 


 正太郎は背負っていたリュックの中からカギ爪を取り出した。そばにある木によじ登ろうというのだ。そして警戒の薄い上部から近づいてきた機体を攻撃しようという算段だ。

(この視界の悪い嵐の中で、頭上から攻撃されようとは夢にも思うまいよ)

 というわけである。

 確かに、この暴風の中で自分の体の何百倍以上もある大木に登るのは至難の業だが、だからこそ彼はそう考えるのである。正太郎は目を爛々と輝かせながら、カギ爪フックを木の幹に打ち込みどんどん上へとよじ登って行く。

 そして彼は、横たわった方天戟が視認できる場所にロープを張り、それに体を預けたままリュックから携帯型のクロスボウを取り出した。このクロスボウの矢の先端は超硬質素材で出来ており、対象を射抜いた瞬間に電磁爆裂を起こすという代物である。その電磁爆裂によって大抵の人工知能は最大二分間だけ思考停止し、一時的に起動を停止する。これは彼らが戦乱期にゲリラ戦でよく使った武器なのだ。

 しかし、

(こいつは的に当たらなければ、全く意味のねえ武器だからな……)

 と、さすがの正太郎でも久々の実践に焦りを覚える。であるがゆえのあの時限装置の出番なのだ。

 彼はカギ爪にロープを引っ掛かけて、宙吊りの体制で身を構えた。クロスボウは準備万端だ。彼は暴風に耐えながらジッとその瞬間を待った。

 すると、一つの銀光が氷のしぶきを上げながらこちら側に近づいてくる。

(ふっ……セオリー通り。てことは、多分奴はジェリーじゃねえな)

 狙いを定めながら彼は思う。ジェリー・アトキンスの性質上、SOSシグナルを出せば誰かを必ず救援によこす。相手が誰でどのような場面であろうとも、そのような指示を下す男だということをよく知っている。そんな相手の行動を見越して正太郎はにやりと笑ってしまう。

(なるほど17号機か。そりゃ解かり易いな……)

 彼は先程の戦闘でアトキンスに救われた機体が17号機であることをよく覚えていた。17号機は正に不慣れな動きそのものであったがゆえに、彼の記憶に印象深く残っていた。方天戟17号機のパイロットはまだ未熟そのものであり、その相方である人工知能も経験値不足であることは明々白々だった。

 だからこそ、そんな未熟な機体をこちら側によこす。あまりにも定石通りの行動に、つい彼はほくそ笑んでしまう。

 だが次の瞬間、そんな彼の嘲笑を一変させてしまう出来事があった。

(おいおいジェリー。てめえって奴は一体何を部下に教えてやがるんだ!)

 それは、さすがの正太郎でさえ予測できないことだった。なんと、17号機は無残に横たわった8号機を発見するや否や、

(なんてこった! 周囲の確認もしねえで機体の動きを止めちまうバカがいるか!)

 どんなにSOSシグナルで呼ばれた状況下であろうとも、即座にフェイズウォーカーの動きを止めてしまうのは一番やってはいけない行為である。これは彼ら戦闘に携わった者に限らず、このヴェルデムンドで生きる者の鉄則なのである。

 なぜなら、そもそもフェイズウォーカーとは、この肉食植物の蔓延る危険な大地でいかに生き延びるかをコンセプトに発展してきた乗り物だからだ。であるからして、知恵を持った肉食植物は救援者を囮にして罠を仕掛けるなど日常茶飯事の出来事なのだ。そんなリスクが日常化した大地では、戦闘行為に至っても周囲の確認を怠るということは、命をドブに捨ててしまう行為と同等なのだ。

(これじゃあ、時限装置をセットした意味がねえ……)

 彼の本来の考えは、時限装置によって小爆発を起こし、そのひるんだ隙の一瞬に狙い定めてクロスボウを打ち込もうという算段だった。しかし意外にも17号機のパイロットは、このヴェルデムンドで生き残るセオリーすら怠り、正太郎の予測よりはるか前に動きを止めてしまったのだ。

(それではこの世界で生き残れねえぞ)

 彼は躊躇わずクロスボウのトリガーを引いた。そこから放たれた矢は乾いた音を立て、激しい追い風に乗りながら一瞬で17号機の下腹を突き刺した。するとその矢先からビシビシッと弾けた音が辺り一帯に鳴り響いた。

(やったか……!?)

 正太郎は17号機が膝から崩れ落ちる姿を確認した。彼の狙撃は成功したのだ。しかし勝負はこれからである。この攻撃は相手に致命傷を与える攻撃ではない。わずか一分程度フェイズウォーカーの動きを止めるだけの麻酔銃のようなものでしかない。



 17号機は堆積した氷の粒の中に埋もれるように倒れ込んだ。正太郎はそれを確認ると、すかざずタイミングを見計らってロープの縛りを緩めた。彼の体は重力に従うままスルスルスルっと地上に吸い込まれるように落ちてゆく。そして彼は、着地と同時にレーザーナイフの出力を上げると、思いっきり駆け込んで17号機の下腹にそれを突き刺そうとした。

 するとその時である――

「うおっ……!!」

 背後から猛烈な何かがぶち当った。そのぶち当たったものの勢いは一瞬に留まらず、彼の全身をそのままニ十メーターほど吹き飛ばしてしまった。正太郎は何が何だか訳の分からないまま氷のつぶての中に思いきり叩きつけられた。その正体はなんと、自らが仕掛けた時限爆薬であった。時限爆薬は彼が放った矢に取り付けられた電磁爆裂によって計器が干渉してしまい、予定よりも早く爆発してしまったのである。

 彼はその一瞬のスロー映像を見ているような意識の中で、

(しまった……!)

 と自らの失策に後悔の念を感じた。が、もうその時点で時はすでに遅かった。

 正太郎はうつぶせになったまま、まるで身動きが取れないでいた。猛烈な爆風によって全身の至るところに大きな火傷を負い、背中と腰の辺りにはいくつかの大きな破片が突き刺さっている。きっと骨も折れているのだろう。腕をなんとか動かそうとしても全く力が入らない。咄嗟のことで受け身を取れず打ちどころが悪かったのだ。立ち上がろうにも逃げようにも、どこからともなく激痛が走り気が狂いそうになる。

(す、すまん小紋……)

 彼は無意識に彼女の名前をつぶやいた。そしてそのまま意識が遠のいてしまった。



 ※※※


 



 


 

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