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「ほら動け! 動けってんだよ、このバカ烈っ!」
足で蹴って腕を振って体中でコックピットの至るところをドンドンと叩くが、
「いやだよう、だめだよう、兄貴ぃ」
と、依然として烈太郎はその場を動こうとしない。
と同時に、甲高い警告音が鳴り始めレーダーモニターに表示されたのは、
「うわ、やべえなこりゃ! てめえがボヤボヤしてっから、ジェリーの奴、散らばってた他の連中までここに呼んじまったじゃねえか。えげつねえな相変わらず」
現在地を起点にして、敵の機体が蟻のように群がろうとしている。
「しかし、さすがにこれで一対八ってのは分が悪りぃな……ったく。昔っからあの野郎は……。こうと決めたら頭が固いっていうか、クソの付くぐらい真面目っつうか」
商売人として生きてきた正太郎。そして軍人として生きてきたジェリー・アトキンス。その性格は分かり易いぐらい対極的と言えた。
「何の主義主張に嵌まっちまったかは分からねえが、ピュアピュアボーイすぎるぜ。ミスタートップガンさんよ……」
五年前の戦乱にしてもそうだった。これはジェリー・アトキンス一人に限った事ではなかったのだが、ひとえにゲリラ軍だ反乱軍だと言っても、それ相応に一致団結した思想主義を唱える集団ではない。そこに集うそれぞれの思想主義や個人の思惑、さらに各々の経済的、支配的野望など根源的な欲求が入り混じって出来た集団であったことは確かだった。そんな彼らの有り余る思いが力学的に表現され、ヴェルデムンドの戦乱は時間がたつにつれて激化の一途をたどったのだ。
確かにそんな邪な考えを持つ輩ばかりではなかったのだが、戦乱も深まると人々は極度に疲弊し何らかの怪しい主義主張にすがってしまいたがる。挙句、当時の正太郎は、
(俺は何のために戦っているんだ……)
と、悩むようになった。
そして彼は、そんな魑魅魍魎の輩を十把一絡げにまとめ上げて戦っているのが馬鹿らしくなってしまったのだ。最後には何もかも、自分の目的でさえも放り出して逃げてしまったのだ。
あのジェリー・アトキンスの、
「腰抜け野郎」
という発言は、別段皮肉でもなんでもなく事実でありその言葉通りなのである。
「さすがにあの時は悪いと思ったさ……。だがな、俺はお前ら駄々っ子どもの親代わりは勘弁して欲しかったのさ……」
そう自分に言い聞かせつつも、今の状況を鑑みると皮肉なものである。この純粋にしてお人好しな人工知能が腐れ縁の相棒なのだから。
「いいぜ、バカ烈! 俺にはあんな機械神なんかより、てめえみたいなバカ相手にしてるのほうが性に合っているらしいぜ」
正太郎は強制的にハッチを開けた。
「あ、兄貴、どこ行くの!?」
「決まってんだろ、てめえが動かねえ気なら、俺自身が動くまでだ!」
白兵戦を行おうというのだ。彼は非常用に備えられた近接戦闘用の重火器とレーザーナイフを取り出し、猛吹雪の中に飛び込こもうとする。
「そ、そんなの無理だよう! こんなに酷い嵐の中じゃ兄貴の生身の体が持たないよう」
オロオロする烈太郎。そんな相方を横目に、
「けっ、何も出来ねえ、てめえの中で死ぬよりマシってもんだ」
そんな捨て台詞を残して、正太郎は尻をパンパンと二度三度叩き暗闇に紛れてしまったのである。
「あ、兄貴ぃ、無茶だよう!」
まだ幼い人工知能である烈太郎は、正太郎の存外な行動に情報を処理しきれなかった。
「言うは易しというが、こりゃまたひでえもんだな……」
外はモニター越しの感覚とは別世界だった。視界の悪さもさることながら、がっちりと鍛え上げられた正太郎の肉体ですら、この猛吹雪の中ではただの小枝も同然であった。首が度重なる突風でもげそうになり、氷の粒はまるで鉄の玉を打ち付けたよう。手は痺れの感覚を失くすほどであり、全身が風圧によって地上に押し潰されそうになる。
非常用のゴーグルに戦闘用のヘルメットを装着してはいるが、氷のつぶての叩きつけられる振動で気が狂いそうだ。
にもかかわらず、なぜか正太郎の全身は燃え上がるように熱くなっていた。それは自身でも理由は分からないのだが、そこはかとない何かがふつふつと湧き上がって来るのだけは分かる。
(俺は、こんな時でさえ自然派として生身で生きていることを何も後悔しちゃいねえ。そればかりか、逆にこの瞬間に感謝さえしている……)
それは不思議な感覚だった。レーダーも視界モニターにも頼れない状況であるにもかかわらず、正太郎には烈太郎の位置だけでなく敵の動向が分かるような気がした。なぜかという説明はつかないのだが、どこに何があり、何をしようとしているのかという全体像が見て取れるのだ。正に、古来より動物に備わった本能によるものなのだろう。
この瞬間、それと同時に走馬灯のように今まで生きてきた記憶さえもが甦ってくる。あの時はああだったとか、この時はこうだったとか、そんなそこはかとない何かまでもが――。
無論、五年前の戦乱の際の記憶も甦ってくる。良い記憶も、そして嫌な記憶までも。
この瞬間、痛みは感じない。冷たさすらも感じない。いや、実際は感じてはいるのだが、今はそれがどうでもよくなっている。
敵の残りは八機。だが、
「アトキンスさえ叩けばいい……」
そう思うだけで、敵が委縮しているのが手の取るように分かる。あのミスタートップガンとも呼ばれたジェリー・アトキンスが自身に
正太郎は、うず高く降り積もった氷の粒の中に身を隠した。これが極寒の季節でなければ、この地は岩肌と湿地帯で覆われたヴェルデムンド特有の森の中である。
森の中といってもこの大地の植物は我々の知る物とは大きく違い、大抵は地球上の植物の五倍から三十倍程度の等身を誇る特有種である。その為、普段から空の見られる場所は限られており、地上の水分は海を形成することなくその大半は湿地帯か沼のような場所ばかりである。
それゆえに、そこに降り積もる雨や、こういった氷のつぶては彼らを守る役目をすることもあるが、同時に障害ともなり得る。
この場合もそうだ。吹き付ける氷の嵐は直径五メートルほどの木々の間を突き抜けてくるために、かえって恐ろしく鋭い風圧に変換されて彼らを襲う。場合によっては木々の間隔や配置の変化によって、人間程度の体重であれば塵が空を舞うように吹き飛ばされてしまう。
そんな状況だからこそ、フェイズウォーカーという乗り物が発展してきたわけだが、人が生身の体で生きてゆくには現在に至ってもとても厳しい環境であることは間違いない。
この状況だからこそ正太郎は、
「あいつら、まさかこの俺が生身で仕掛けてくるなんて考えても見ねえだろう」
と飛び出してきたのだ。ジェリーらが烈太郎のみを意識して居るところで意表を突き、二手に分かれ烈太郎を囮にして攻めようという算段である。
「戦略としては単純だが、常識で言えば無謀で愚かな考えだ……。だがな、俺ァただ指を咥えておっ
彼は、地を這うようにして氷の粒が堆積した中を進んだ。そして木々の間隔の良さげな場所を見つけると、簡易投擲砲を構えた。
「ほら、おいでなすった」
正太郎がその場所でシメシメとばかりに待ち受けていると、肩に8号と印字された方天戟が烈太郎のいる方向に突き進んで来る。
「あいつらの胸の内は今や裸同然。街灯に群がる羽虫そのものだ」
言うや、彼は投擲砲のトリガーを引いた。そこから勢いよく放たれた弾頭は、通り過ぎようとしていた方天戟の前で炸裂すると、その機体を覆うようにワイヤーネットを張り巡らした。そのネットの端々が辺りの木々に絡まると、機体は勢い余って前のめりに転がった。
正太郎は、すかさず堆積した氷のつぶての中を突き進み、レーザーナイフの出力を上げると、横たわった方天戟のコックピット下方の一部分をためらいもなく深々とえぐり突き刺す。
(こんな昔ながらの機体だからな、人工知能が埋め込まれた場所なんぞ、頭で考えなくても体が覚えている……)
その直後である。方天戟8号はジタバタ生き物が最後を迎えるようにもがきあえいだ。その後、何かがこと切れたようにふっと精気を失って停止した。
正太郎はその光景を見届けると、レーザーナイフでハッチをこじ開け間髪入れずパイロットの首筋にそれを突き立てた。
「よう、俺はてめえが誰であるとか、何であるとかそういうのには一切興味はねえ。だがな、てめえらに壊された俺の店の落とし前だけはつけさせてもらう」
そう言って、彼はパイロットの服を全部脱がした。どうやらこのパイロットは女である。だが、違法にも体の半分以上がチューニングされていることから、その性判別は難しい。
正太郎は、否応なくこのパイロットを氷のつぶての中に放り込んだ。
「いいか? てめえがここで死ぬか生きるかは、てめえ次第だ。せいぜい頑張んな」
彼にとって、死はいつも隣同士なのである。
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