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「うひょう、危ねえ。もう少しで脳天かち割られるところだったぜ」
方天戟2号機の近接攻撃をかわした正太郎は、烈太郎の体制を整えるために一度その場を離れた。
「……にしても、あれだな、烈。さっきの間合いは痺れたな。ありゃあ、相当な手練れと俺は見た」
正太郎の問いに烈太郎は、
「う、うん……そうだね兄貴」
渋い答えだった。
「な、なんだよ、烈。お前、さっきの攻撃がおっかなくてしょんべんでもちびっちまったか?」
「あ、いや……兄貴、そうじゃ、そうじゃなくってね」
半ば言葉を詰まらせる烈太郎に、
「バカかてめえは。今俺は機械のお前にしょんべんでもちびっちまったか? ってあり得ねえ冗談を言ったんだ。そこを突っ込まねえで何を突っ込むんだ!」
「あ、ごめん兄貴、気付かなかった。今覚えたから、次はちゃんとやるね……」
烈太郎の返事はどこか心もとない。
「どうした烈? 何か気になるのか?」
「あ、いや……。あ、あのさ、兄貴」
「なんだ?」
「兄貴は、さっきの気にならなかった?」
「気になるって? さっきの2号って書かれた奴のことか?」
確かに正太郎も心の奥底では気になっていた。だが、一度戦闘が始まればそれは些細なことにすぎない。
「そうだな、あんな間合いを持った奴ァ、そうそういるもんじゃない。だがな、あのレベルのパイロットなら小紋やマリダだって引けを取らねえさ」
「うん……そうだね。兄貴の言うとおりだ」
烈太郎はそう自分に言い聞かせた。
氷の吹雪は未だにやまず、そればかりか装甲板を叩きつける音が状況の激しさをうかがわせる。このような状況で事態を長引かせるのは命取りだ。なぜなら戦闘行為そのものならまだしも、いきなり攻撃系植物の襲来があるやもしれないからだ。日照時間の少ないこの時期において、この世界の植物たちは生存目的で捕食活動が盛んになる。人間同士がいがみ合っている隙をついて捕食に来られたら、いくらフェイズウォーカーであろうとも太刀打ち出来ようものでない。
「おい烈太郎! 奴らが固まって体制を整える前に崩し切るぞ!」
「分かったよ兄貴、相手が気持ちを落ち着ける前に背骨ごと折るんだね」
「そうだ、ようやく思い出したようだな、このバカ烈が」
「当たり前だよ、背骨折りの兄貴」
背骨折りとは、かつて羽間正太郎が共に戦った反政府ゲリラの仲間から呼ばれていた異名である。
彼らかつての反政府ゲリラ軍は、物資の豊富な正規軍とは違いその戦いの一つ一つが創意工夫の積み重ねであった。確かに機械神擁立の新秩序に対して反抗的な地球資本の援助もあったのだが、それは政治的な意味で公けには出来ないため、戦いにおいての絶対数を確保できるものではなかったのだ。
そのために、中心人物の一人である羽間正太郎は、より効率的な戦略として、相手の核となる人物や基礎となる物資や考えを特定しそこを徹底的に攻めたのだ。つまり、相手の背骨を見つけ出し、その重要な部分からへし折ることをやってのけていたのだ。
この状況においても、二機の方天戟を仕留めたがその手応えは弱かった。しかし、あの
つまり、
「おい烈太郎、解かってるな。先ずは2号機だ。アイツをやれば暴漢どもは勝手に瓦解するぞ」
「オッケー、分かったよ兄貴。アイツが他の連中と合流する前にやるんだね」
「そういうことだ」
正太郎の駆る機体は、川べりに待つ方天戟の別動隊を遮るようにして、取り逃がした二体を迎え撃つ作戦に出た。
案の定、その二体はお互いをかばい合うように煙を吐いて進んで来た。
「来たね、兄貴」
「ああ、追い詰められたウサギの取る行動は、いつも単純だ」
氷の幕の向こうから、銀の光が二つ迫りつつある。あれのどちらかが
正太郎は息を飲み、烈太郎は照準を合わした。その時である。
「お、おい、あんた……背骨折りだろ? ショウタロウ・ハザマだろ――?」
強制回線を通して聞き覚えのある声があった。
「なに!? 誰だ、なぜその名前を……」
正太郎は一瞬声が上ずった。だが、烈太郎はまるでそれを予測してたように、
「や、やっぱりだ。やっぱりだったんだね、ジェリーの兄貴」
「なんだと、ジェリー? そうか、あの間合いはジェリー・アトキンスか!?」
方天戟は動きを止めた。そして、この激しい吹雪の中、片方の機体のハッチが開き、一人のパイロットスーツをまとった人影がせり出した。
「くっ、ジェリー。ジェリー・アトキンスなのか……」
シルエットで分かる。その男はかつて正太郎の戦友でありゲリラ軍のエースの一人であったジェリー・アトキンスだった。
「ジェリーの兄貴だ、やっぱりそうだ」
烈太郎の認識センサーでモニター解析された姿もそれを証明している。
ジェリー・アトキンスという男――。彼は、正太郎ら自然派と呼ばれる考え方に賛同し、あの激しいヴェルデムンドの戦乱を共に戦った一人である。
出自は、アメリカ軍の士官であり元空軍のパイロットだという。性格は至って冷静で絵に描いたように温厚そのものであり、かつての正太郎らゲリラ軍の中でも非常に頼りになる男であった。
だがその温厚さとは真逆に、並々ならぬ芯の強さも持っており、かのアメリカ合衆国の軍人においてはヒューマンチューニングされることを義務付けられる法律が可決されたことで、自らの意にそぐわぬと自主退役したという経歴がある。
その後、彼はヴェルデムンドの大地に愛する妻と幼い娘を抱えつつ渡り住んだのだが、彼の外出中に肉食植物の襲来を受け二人の家族を失くしたと言われている。
とにかく彼は、人に対しても人工知能に対しても面倒見が良いことから人望が厚い男であったのを正太郎は昨日ごとのように覚えている。
「背骨折り! いや、ショウタロウ・ハザマ! なんでアンタがこんな所にいるんだ!?」
通信回線から聞こえてくる声はいかにも率直で純粋であり、それは懐かしいニュアンスだ。だが、
「ジェリー、お前こそそこで何をやっている。お前はいつから無差別テロリストなんぞになり下がった!?」
「無差別テロリストだと? ふざけるな! 俺たちは俺たちの主義に則って行動している。戦闘中に自分の役目を放棄して、俺たち反政府ゲリラ軍を放って逃げ出した腰抜けのアンタにそんなことは言われたくないね!」
「主義だと? ふん、ジェリー。いかにもお前らしい物の言い様だな」
正太郎は鼻から息を吐くと、
「ジェリー、それは誰の考えだよ? お前のか?」
「当たり前だ! 俺は俺の考えがあって、その主義に賛同し行動している。大体そういうアンタは、なんで俺たちの作戦の邪魔をする!? まさかアンタ、新政府に寝返ったのか?」
「んなわけねえだろ、ボケナス! てめえ、俺の店に派手なミサイルぶち込んでおいてよくそんなことが言えるな!」
「ふん、なるほど……。ということは、どうやらアンタもあの女と関わりがあるってことだよな? ならばショウタロウ・ハザマ。アンタも俺たちにとって危険人物の一人である可能性が高い」
「だから?」
「そう、抹殺するしかない……」
アトキンスは体を滑らすように方天戟のコックピットに乗り込み、ハッチを閉じた。
「そうか分かった。そっちがその気なら、俺はジェリー、お前をここで葬るまでだ! 行くぞ、烈太郎!」
正太郎は手綱を引き、思いっきり右足のペダルを叩いた。だが、
「どうした、烈!? なぜ動かない!?」
烈太郎は彼の指示通り機体を一瞬だけ始動させようとしたのだが、なぜかホバリングすらやめてしまい、その場にドンと着地した。そして構えていた砲身さえもだらりと下ろしてしまった。
「ご、ごめんよう兄貴ぃ。オイラとてもジェリーの兄貴となんて戦えないよう……」
烈太郎はことさら人工知能とは思えない情けない声を出した。
すると正太郎は、
「くそっ、なんてやつ……!」
と、舌打ち混じりにコンソールパネルを叩く。彼はその瞬時怒りを覚えたが、同時にまったく烈太郎らしいとさえ感じた。
烈風七型高速機動試作機――。
この、世界に一台きりしか存在しない高性能なユニットは、その機動性能もさることながら最大の特徴は搭載された人工知能にある。
そのコンセプトは――
《単なる武器ではない最高の戦闘マシン》
である。
この一見矛盾を抱えたコンセプトは、自律的な思考を有した人工知能がどれだけ人類と共存することが出来るのか、という考えを具現化させたものらしい。
世界に誇る一色重工業の桐野博士とたまたま親交のあった羽間正太郎は、その理念に基づいて製作された烈太郎を託され現在に至るわけだが、この烈太郎の
「てめえ、このバカ烈。さっさと動きやがれ、この野郎!」
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