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 黒塚勇斗の駆る方天戟は、一直線に氷のしぶきを上げて燃え盛る対象ポイントへと突進した。

「今回の作戦目的は、あの政府の犬である鳴子沢小紋という女と、その側近のアンドロイド、マリダ・ミル・クラルインの抹殺である」

 彼は出撃前のブリーフィングでその主旨を何度も暗唱し、初陣の緊張を幾度となく取り払おうとした。しかし、いざ出撃すればその作戦目的よりも、

(俺のせいで失敗したら……)

 という意識で頭がいっぱいになった。

「我らは、始祖ペルゼデールにならい、人々が平穏で幸福な生活を約束された永遠の新政府を樹立するものである」

 この信念を基に彼ら秘密結社【ペルゼデール・オークション】は今日まで耐えてきたのだ。それは、ミックスであるとかネイチャーであるとかドールであるとかの垣根を越えた新しい秩序の実現を望むものである。

 そのためには、

「秘匿事項である始祖ペルゼデールの神器の核心に触れた、あの忌まわしいメス犬どもを早々に消去しなければならん」

 という意図がある。ゆえに、この作戦は彼らにとって絶対のものなのだ。


 一度目の戦闘は、マリダと小紋の駆る政府専用機フェイズウォーカー“CZ-102”通称タイガーファルコンの息の合った連携の前に手も足も出なかった。それは、相手の人工知能ユニットの性能差もさることながら、冷静さを欠いた己自身が、己自身の相棒である人工知能“早雲”と人馬一体となれなかった結果である。

 そのことに対してアトキンス元少尉は、

「この悪天候のせいだ。気にするな……」

 と慰めの言葉を掛けてきたが、17対2という数的優位性を考慮すれば、それがいかに情けない言い訳でしかないことを実感した。

「俺は、あの五年前の戦争さえなければ今頃……」

 勇斗は唇を噛み締めた。彼の家系は代々裕福な出であり、彼の父親もアンドロイド開発産業を生業としていた黒塚コーポレションの御曹司である。

 その彼ら家族は、家系の出資を基にこのヴェルデムンドという新天地にさらなる功績を求め足を踏み入れたのだ。

 しかし、彼らの会社がこちらの世界に居を移した途端に、あの戦乱が巻き起こった。

 戦乱が激しくなると、皮肉にもアンドロイド需要は日増しに高まり経営も右肩上がりになっていった。がしかし、不思議なことに家族に不穏な空気が蔓延するようになった。それは、勇斗の母親の精神錯乱によるものである。

 勇斗は当時十一才の少年であったために詳しくは覚えていないが、父親であり経営者でもある黒塚政吉は、もともと実直で誠実な男であった。がしかし、戦争需要の好景気に浮かれてしまい、ついついつまらない女に熱を上げてしまったのだ。その女というのがまた性の悪い女で、

「自分で会社を設立したい」

 とまともそうなことを言っては融資を煽り、黒塚アンドロイド社の潤沢だった資金を何らかの別のことに使ってしまうのだ。

 それを知った妻、黒塚美咲はこれに当然のように腹を立て夫を責めるが、それは時すでに遅しで、黒塚アンドロイド社の作ったアンドロイドは品質が下がり、戦争どころか家庭用でさえリコールが頻発する事態になった。

 さらに追い打ちをかけたのが、新政府軍側のヒューマンチューニング計画の需要が高まったこと。

 それにより、アンドロイド需要よりもサイボーグ化技術の需要が必須となってきたが、黒塚コーポレションにその転換を維持するだけの資本的体力は残されていなかった。

 母親の美咲はとうの昔に精神を病んでおり、あるひどい氷嵐のあった晩に首を吊ってその生涯を閉じてしまった。そして父、政吉もその後を追うようにして巨大な肉食系植物に身を投じ自害したのだ。


 一人息子であった勇斗は、その後地球に住む叔父の家に引き取られるが、彼の胸中を理解できる者は誰一人としていなかった。

 彼は傷の癒えぬ心を、戦乱の終えたばかりのこのヴェルデムンドの地に求め舞い戻ったのだ。そして吸い寄せられるように、結集しつつあった秘密結社ペルゼデール・オークションと出会ったのだ。

「俺はあの戦争をとことん憎む。戦争に関わった奴も。あの戦争によって得をしたやつらも、すべて……」

 彼は、体の中に燃え滾る何かを感じた。


「勇斗、ボーっとするな! 俺は正面から入る! お前たちは二手に分かれて挟み撃ちだ!」

 了解――

 アトキンス元少尉の号令で各自に緊張が走る。

 彼らは高速で移動する各々の機体にひねりを加えると、それぞれが氷の粒で覆われた大地にらせん模様を描くように散開した。

 氷の嵐は相変わらず彼らの視界を遮る。しかし搭乗者は操縦者ではない。あくまで搭乗者は名馬にまたがる騎手のようなもの。どんなに名を馳せた有能な機体だろうと、彼らの扱い一つで容易に転ぶ。

 勇斗は思いっきり手綱を握りしめ、

「早雲、撃ち方用意!」

 と力みの入った号令をかけると、

「イエス、撃ち方用意します」

 と乾いた口調で人工知能“早雲”が応える。その途端、勇斗の駆る方天戟17号の背中の部分から二門の砲身がせり出した。

「目標対象物にロックオン!」

「ロックオン」

「撃て!」

「イエッサー」

 フェイズウォーカーの主力武器であるソニックブームキャノンが激しい音と共に発射された。その弾道は横殴りの猛吹雪を切り裂いて一直線の筋を描いた。

「やったか!?」

 勇斗はモニターを食い入るように見つめたが、この嵐では目視が不可能である。間髪入れず早雲が、

「目標に着弾サレズ。対象は健在の模様」

 距離にして三百メーターはあろうかというところだが、直撃は無理だった。勇斗が勇み足過ぎたのだ。

「勇斗! この嵐の中では空気銃では意味がない。接近してからソニックナイフだ」

「りょ、了解……」

 アトキンス元少尉の判断はいつも適確だった。ソニックブームキャノンとは、金属の細かい粒を圧縮した空気に混ぜ込み電磁カタパルトで一気に放出する強力な武器であるが、この嵐ではその威力は半減する。

 しかし、誘導型のロケット弾は先程の撃ち込んだもので最後であったし、元々高速で移動するフェイズウォーカー同士の戦闘や、巧妙な動きで錯乱する肉食系植物にはミサイルの類はあまり効果がないために装備は少なめなのである。

「接近してからやるしかないのか……」

 勇斗が意を決した言葉を吐いたそのすぐ後である。無線越しに、

「アアーッ!!」

 という激しい断末魔に触れた叫び声が聞こえてきた。断末魔が終えたのち、すぐさま激しい閃光が嵐の向こう側に見えた。

「3号機、リチャード! おい3号機!」

 アトキンス元少尉の怒号にも似た呼び掛け声が無線越しに聞こえる。しかしまるで返事がない。

 またしばらくして、

「うわぁーっ! なんだコイツ、ああーっ!」

 その不気味な断末魔が過ぎると、また氷のカーテンの向こうで閃光が起きた。この激しい暗闇の中で、氷の粒の装甲板を叩きつける音だけが耳に残る。

「た、隊長! 何でしょう? 何が起きているんでしょう?」

 勇斗は震える声で問いかけるが、

「わ、分からん。5号機のチェンの反応も消えた……。これもあのマリダとかいうドールの仕業なのか?」

 アトキンス元少尉も途切れ途切れになりながら答える。すると、

「黒塚サン、未確認の熱源が急激に接近してイマス!」

 人工知能早雲が素早く反応し、方天戟17号の体制を整えようとするが、

「あぐっ……!!」

 何者かに背後から羽交い絞めにされ身動きが取れなくなった。すると無線から、

「よう、お前。死にたくなければすぐ降りろ! でなければ……」

 と、全く聞き覚えのない男の声が聞こえてきた。勇斗はまだ状況を飲み込めないまま、

「で、なければ……?」

 と聞き返すと、

「殺す」

 まるで流れ作業のような返答があった。それは背筋も凍るニュアンスだった。

 勇斗は瞬く間に小便を漏らした。これが恐怖なんだと体が勝手に委縮した。手が硬直し指先の感覚がなくなった。尻の辺りから股座を通って睾丸までもが縮み込み、足の指先から頭のてっぺんまでの全ての血流がき止められたような感覚を覚えた。その状態で何をどうすればいいのか判断など出来なかった。

 勇斗は無意識に、

(すべてが終わった……)

 と思った。死の覚悟を決めたその時である。

「勇斗! 大丈夫か!?」 

 勢いよく走り込む機体がモニター越しに見えた。方天戟である。その肩には2号の文字が――。

「ア、アトキンス隊長――」

 彼は絞り出すように答えようとするが全く声にならない。

 アトキンスの駆る2号機は謎の機体に突進すると、ソニックナイフを差し出し出力を全開にして飛び掛かった。

「おのれぇ、この化物めぇ!」

 大上段から振りかざしたナイフは、丁度謎の機体の頭頂部辺りに切り掛かった。がしかし、寸での処でひょいと避けられた。謎の機体は横に転がり込んで一瞬で姿を消した。

「ク、クソッ……素早い」

 アトキンス機は周りを見渡すが、この嵐では何も見えない。

 勇斗は絶句した。アトキンス元少尉が接近戦で舌打ちするのを今の今まで見たことが無かったからだ。実際は搭載された人工知能が攻撃を仕掛けるのだが、間合いを決めるのは搭乗者によるところが大きい。それが人馬一体と呼ばれるフェイズウォーカーの極意なのである。確かにアトキンスがその極意を知り無敗であったのは訓練内の話ではあるが、であろうともこのようなことが現実に起きるだろうなどと、勇斗は思いもよらなかったのだ。

 アトキンス機は勇斗機を抱きかかえるようにして、

「無事か、勇斗? 死んでないか?」

 それはまるで我が子を気遣うような温かみのある声であった。いや、少なくとも勇斗にはそう感じられた。

「だ、大丈夫です……大丈夫です」

 小便を漏らしたことも体中に恐怖を感じ肉体に力が入らなくなったこともアトキンスには言えなかった。ただ、何かその場を凌ぐことだけで精一杯であった。

「作戦を変更する。付いてこられるか、勇斗? 待ち受け組と合流して体制を立て直すぞ」

「了解」

 両機は立ち上がり、二足歩行をやめホバー走行に切り替えて発進しようとしたその時、

「何だ!?」

 前面を照らすライトに巨大な陰影が現れた。この猛吹雪の中では霞んでしか見えなかったが、やがて近づくにつれそれはハッキリとした輪郭と共に色彩そのものが浮かび上がった。

 アトキンス元少尉の声は震えていた。横殴りの氷の粒の中にまるで仁王像のように聳え立つ一体のフェイズウォーカーの姿が確認できたからだ。その容貌は、漆黒の素地に返り血でも浴びたような不気味な紋様が施されている。

「こ、これはまさか……烈風七型高速機動試作機――」 

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