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 正太郎の指笛の響きは辺り一帯にこだました。

 爆撃によって倒壊寸前の正太郎の店はその原型を留めず、ただバチバチと燃え盛る何かと、びゅうびゅうと吹き抜ける氷の粒で目視は不可能な状態である。

 しかしその直後、不気味な振動が地の奥底から鳴り響き、瓦礫の中からたらい程の大きさの手のひらがひょっこりと顔を出した。

「しょ、正太郎の兄貴。呼んだかい?」

 その人懐っこそうな声の持ち主は、崩れ落ちたモルタルの中から勢いよく這い出ると、無表情にも関わらず愛嬌を振りまくような仕草でこちらに向かってのっしのっしと歩み寄る。

 そして何やら非常に癖のある態度で、

「あれぇ、そこにいるのはマリダちゃんじゃん? やっぱ相変わらずとびっきりの美人だねえ。もうこうなったらロボット同士オイラと結婚でもしちゃったりする? しちゃったりする?」

「な、何を戯けたことを、この激烈バカロボット……。わ、私はあなたの様な品性下劣な戦闘マシンなど好きません」

 マリダをして品性下劣とまで言わしめるこの巨体の正体は、正太郎が五年前の戦乱で日本の一色重工業から譲り受けたフェイズウォーカー、“烈風七型高速機動試作機”である。その通称は人呼んで“烈太郎”。そのちゃらけた性格の人工知能に因んだ呼び名である。

「それにしても、なんだかお店がぐちゃぐちゃになっちゃったねい。もしかして隕石か何か落ちてきちゃったの?」

 首をかしげながらとぼけたことを言う烈太郎に、 

「おいコラ、バカ烈! 今さら隕石だとかアホなことぬかしてんじゃねえ! 見りゃ分かんだろ、攻撃を受けたんだよ! しかもてめぇ、何でこの俺がピンチになってもすぐに出てこねぇんだ! それがてめえらフェイズウォーカーの役目だろうが、このポンコツくず鉄野郎!」

 主人そっちのけで女性型アンドロイドを口説くなど前代未聞である。そんな烈太郎に正太郎は飛び蹴りを食らわすと、

「わ、わ、ごめんよ兄貴ぃ。オイラ、トータルネットの戦略ゲームに夢中で兄貴のピンチに気が付かなかったんだよう」

「バ、バカかてめえは! てめえは仮にも戦闘マシンだぞ。なんで一昔前の社会から取り残されて落ちぶれた人間みてえにネットのゲームなんぞに夢中になってやがんだ!」

「だって楽しいんだもん……」

「だもん、とか子供じみたいい方してんじゃねえ! さっさとハッチ開けてこの俺を乗せやがれ!」

「はーい」

 フェイズウォーカーの人工知能は搭乗者が育てる。しかし、烈太郎は他の人工知能とはまるで違い、言わば高度な思考を有したまだ井の中の蛙さながらの少年である。

 正太郎が五年前にこの機体を譲り受けたばかりのときには、

(いくら試作品だからって、これじゃ俺の命がいくらあっても足らんぞ……)

 と、頭を抱えていたぐらいだ。

 しかし、その機能性、俊敏性といったら他の追随を許さないことは確かだった。なぜなら、烈太郎の思考吸収性はまるでスポンジが水を吸い込むがごとく速く、一度そのケースを経験させれば、次の戦闘で正太郎の思い描いた以上の動きを実践してくれる。これは羽間正太郎という人間にとって、またとない相棒と断言できる。

 この性格さえ除けば……。


 ハッチに向かって慣れた調子で飛び乗ろうとする正太郎。その彼のステップに合わせ、ドンピシャのタイミングで右手のひらを差し出す烈太郎。

 彼は、烈太郎の背中にあるハッチに体を半分預けたところで一旦向き直り、

「おい、マリダ! それより敵さんの構成は分かるのか?」

「はい、ミックスが四人。ネイチャーが六人です」

 この氷嵐の中でもマリダは即答である。彼女に搭載された高感度センサーがずば抜けているからだ。これがアンドロイド業界で名を馳せているクラルイン社製の証しとも言えよう。

 そんな返答の内容に正太郎は半ば呆れて、

「おほほう、そりゃまた変ちくりんなこって」

 と首を横に振った。

 なぜなら、彼らの符丁で言うところ、ミックスとはヒューマンチューニングされた人々を意味し、ネイチャーとは自然派と呼ばれる生身の肉体で生活を続けている人々を意味するからだ。そんな人員構成がひとところに集い一人の女性と一体のアンドロイドを襲う。なんともこれ自体が人類歴史上前代未聞の行為と言える。

「私がこちらに来る前に戦闘不能にした構成人員は、ミックスが三人。ネイチャーが二人。ドールが二体でした」

 マリダは言いつつ、少し悲しげな表情になる。無論、ドールとはアンドロイドを意味する。

「ふうん、なーるへそ。これが時代の変革ってやつなのね。ま、俺が言うのもちょっとおかしい気もするがね」

 正太郎は、元々どのようなジャンルを問わず物を売りさばいて生計を立てている商人である。特に誰にも見向きもされない一品物の珍発明品や珍しい武器などを売りさばくことに長けた男である。そんな正太郎だからこそ、あらゆる商材の有用性や危険性もその目で見てきていた。

「まったく……ナントカとハサミは使いようってな」

 と、毎度のように言葉を漏らしてしまうぐらい、商材に対してのこだわりがハンパではない。 

 そんな彼の経験則から、

「何だか昔、こういうのあったっけな」

 という悪い予感めいたものが脳裏をよぎる。そんな彼の微妙な表情を察知してか、

「ねえねえ兄貴ぃ、オイラ思うんだけどさあ。こういう場合、相手にどの程度のダメージを与えればいいの? もしかしてあの頃みたいに徹底的にやっちゃっていいの? ねえねえ」

 烈太郎の質問は純粋だった。

 確かに今は戦乱期ではない。フェイズウォーカーも一般的に戦後は攻撃系植物相手の戦闘マシンでしかなかった。その運用は機械神ダーナフロイズンが集中管理を行い、新政府に対しての反逆行為であるとか、一般人同士の違法行為などもトータルネットを通じて人工知能に働きかけ抑制していたのである。

 だが、もうこの瞬間にそれはない――。

 商人として、比較的自由な発想を持ち続けているという自負のあった羽間正太郎ですら、

(この俺としたことが、うっかりしていたぜ……)

 と感じた。それは彼のような人物ですら機械神に何かを依存していた証拠なのだ。これは何とも皮肉な話である。

(つまり、単なる一般人のこの俺がこの戦闘でやり合えば、それは……)

 単なる人殺しか、はたまた五年前のような戦乱期に逆戻りすることを意味しているのだ。


 ※※※



 

 


  

 

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