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「にしても、お前らはあのとやらがなかったら、これからどうすんのさ。お前らの法律も生き死にもなんでもかんでもがあって初めて何かが決まるんだろ?」

 他人事とはいえど、正太郎にとっても大変気になるところである。なぜなら、反ヴェルデムンド戦線を掲げていた彼らは、常識で言えば現政府にとって極刑に処せられるほどの重罪人である。しかし、かの人工知能神はそれをさせず、地球への帰還を厳禁にし、ヴェルデムンドでの軟禁生活をさせているという経緯がある。

 これをして今、絶対的人工知能神【ダーナフロイズン】が機能停止したとあらば、正太郎ら元反政府ゲリラの立場はさらに危うくなるかもしれないのだ。

「小紋よう、お前そんな話、俺に喋っちまっていいのか? もし、他の反政府運動を画策している野郎どもに知れ渡ったらただじゃすまねぇんだぜ?」

「ええ、解かっています。それを含めての話なのですが、僕たちは、その話でてんやわんやの真っ最中なのです」

 “てんやわんや”そんなスラングな言葉を使いつつも、どこか落ち着いてモノを喋る鳴子沢小紋という人物はどこかが変わっている、と正太郎は思う。

 なにせ、あの【ダーナフロイズン】といえば鳴子沢小紋らの統括するヴェルデムンド政府にとって全てが計算された指標。地球での物の見方で言えば、それは王であり、父であり、母であり、大統領であり、首相であり、社長であり、親方であり、先生であり、師匠であり。そして百科事典であり、教科書であり、知識であり、経験であり、主治医であり、裁判官であり、預言者であり、ひいては誰彼を見守り続ける大機械神なのである。

 そんな後ろ盾となる人工知能神が、何者かによって停止させられた――

 この状況をしてこの淡々とした喋りっぷりは、

(こいつの個性か? ……もしくは半分近くを人工物に差し替えちまった特有の何かか?)

 などと思わざるを得ない。

「どうしました、羽間さん?」

 小紋の相変わらずのニヤケっぷりに、

「てことは、お前さんがこんな時間に俺のところにのこのこやって来たってのは、あれか。容疑者的な――その張本人の疑いのある俺を調べて来いと言われたってわけか?」

 小紋はコーヒーカップを置くと、

「ふふん、さすがは羽間さんですね、話が早いです。相変わらず“自然派”とは思えない処理速度だと思います」

「馬鹿にするな! こんな話、されたお前らでなくたって簡単に解かる話だ――つまりだな小紋、お前はA級テロリストであるこの俺を調べてこい――と命令を受けてこの俺のところにやって来たわけだ。だがしかし、当のお前はこの俺がその張本人であると最初から思っていない。なぜなら……」

「なぜなら?」

「この俺が、お前らの絶対的現人神である【ダーナフロイズン】を機能停止させる目的――いわゆる動機が見当たらんと思っているからだ!」

 正太郎は語気を強める。小紋は、相変わらず涼しい表情で、

「ご明察です」

 そう言って、またコーヒーカップに手をやった。

「僕は常々、あなたの様な方が量産されていれば今までのような無駄な争いは起きないのではないかと思っています。これは僕なりの逆転の発想です」

「馬鹿かお前! ホントお前は嫌味な奴だな。俺は生身の人間だぞ、そんなぽろぽろぽろぽろ量産されるわけねえだろ。しかも俺は、お前らヴェルデムンド政府の設立を阻止しようとした馬鹿げた張本人だぜ、それが嫌味でなくて何になるのさ!」

 小紋はけらけらと笑いながら、

「いやいや、僕は大真面目ですよ。僕はですね、五年前の戦争の時、まだ地球の――日本の一人のただの学生でしたから――ヴェルデムンドの戦乱の話を外野から伺っていただけなんですがね、だからこそ気づいちゃって、それでとても感じたところがあったんです」

「お前が感じたところ?」

 改まって言う小紋に、正太郎は怪訝な表情で聞き返すと、

「ええ、この人――名前とか公表されていなかったから羽間さんの情報は入局して知ったのですが――この戦乱で一番暴れ回ったゲリラの首謀者は、きっと物凄い楽しい人なんだろうな、なんて思ってました」

「はあ?」

 褒められるのか、はたまた貶されるのかと思いきや、意外な小紋の胸中に正太郎は唖然とした。

「羽間さん、どうして僕が、発明法取締局なんてお堅い所に入局したか分かります?」

 小紋の表情は、まるで何かを夢見る子供の様だった。半分近くが人工物と思われるとはいえど、出自が人間である以上、無意識による感覚は正太郎ら“自然派”と呼ばれる生身の人間と何ら変わりはない。

「わ、分かるかよ! そんなもん!」

 正太郎は何となくとぼけて見せるが、

「もう、やだなあ照れちゃって。本当は分かってるんでしょ、羽間さん」

「何を――!?」

「会ってみたかったんですよ、僕。羽間さんに。女子校時代から――」


 




 

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