#1

「……さて、やってまいりました、十二山そにやまの町外れにある古い洋館!」

「もう帰って良いかな」

「馬鹿言っちゃあいけませんよぉ。折角ここまで来たんだ。もうお前さんの不幸体質も、ここに引き寄せられるがままって感じだと思うんすよぼかぁ」

「連れてきたの君だよね?」


 この日、鴻留地こうるち苅谷かりやは町で有名な超人ビックリ人間ハードマンにして、入学以来の友人である同級生、片海かたみ鋼殻こうきを伴い、丑山うしやま寅山とらやまの間にある森の奥にやって来ていた。

 鋼殻はそもそも来るつもりなど毛頭なかったのだが、口だけは達者な苅谷に言い包められるままに、こんなところに連れてこられてしまったのだ。


「いいかい? お前さんは俺の記事の主役なんだ。そして同時に、俺の用心棒でもあるってぇわけ」

「身体だけは頑丈だからね。……と言ったって、僕だって痛みは感じるんだぞ」

「軽い痛みでしょ? 大丈夫大丈夫、今回の噂が正しければ、硫酸風呂に沈められるなんてこたぁないって」

「酸を浴びた事すらないけど、そういう発言ってフラグって言うの知ってる?」

「そのフラグをバッキバキに圧し折るのがお前じゃないか、ハードマン」

「……そうは言うけどね。頑丈なだけで、ケンカすらできないんだよ?」

「なぁに、争う必要なんかない。必要なのは、この噂の真相に纏わる情報。それをこのカメラとテレコ(テープレコーダー)に収めて、後はトンズラこくだけでいい」

「マスゴミって感じがプンプンするね、全く。後さ、テレコじゃなくてボイスレコーダーだろ? 言い方が古いよ」

「へへ、何分感性がね」


 そんな他愛ないやり取りをする二人の前には、いかにもな古めかしい館が、静かに、不気味に建っている。

 天気は快晴だというのに、周りの木々や山が光を遮っているのか、酷く薄暗く、ジメジメとした雰囲気が漂っている。


「ところで、こんな所に来るのって普通何かしら面倒な手順の許可がいるもんなんじゃないの? 一体どんな手を使ったんだ君」

「うんにゃ、何も」

「は? でも立ち入り禁止の看板も何もなかったじゃない。先生や同級生から聞いた話だと、ここは危ないから基本入っちゃいけないとか何とか……」

「ならなんでその立て札も何もないんだ? 俺の聞いた話じゃ、何人ものの若者がこの館に好き勝手に入っていって……立ち入り禁止だなんてこれっぽっちも……」

「えっ?」

「え?」


 妙に噛み合わない会話の奥底に、言い知れぬ恐怖を垣間見た二人は、思わず同時にぶるりと身体を震わせた。


――まさか、此処に来るように誘導されているのでは。


「と、とにかく入ろうや! アブねぇってんならさっさとずらかりゃいい!」

「だからそういうのがさぁ……もういいや」


 しかし、そんな恐怖を感じ取ってもなお前進を止めないのは、一重に鋼殻の頑丈さを信頼しているからであった。


 ここ3ヵ月の間で、鋼殻がどれ程の頑丈さを誇るのかは大体把握済みだ。

 時速50kmで走る4tトラックに衝突しても、傷一つ付かない皮膚。その衝撃にすら耐える内臓や骨、及び脳。

一見すると普通の人間の皮膚となんら変わりない柔らかさを持っているように見えるが、そこに包丁やナイフを突き立てると、さながらスーパーマンのように、突き立てた刃物が逆にぐにゃりと曲がったり、折れてしまうのだ。

 「まるで漫画のようだった」と、ヤンキー同士の抗争に巻き込まれた鋼殻を、少し離れたところで見ていた苅谷はそう語る。


 その限界はまだ分からないが、よもやこんなところにトラックよりも凄いパワーの持ち主などいるまいと、その時の彼らはそう思っていた。





******





 朽ち果てた洋館の玄関を潜ると、灯りのついていない薄暗いエントランスが二人を出迎える。

 しかし目を凝らすと、古めかしいながらも、沢山の装飾品が置かれており、一番近くの花瓶を見てみれば、きちんと手入れされているのが分かった。


「……こいつぁ驚いた。埃っぽいんだろうなぁと思っていたんだが……チリの一つも見えやしねぇ」

「よく手が行き届いてる事で」

「いやいや、簡単に言うがね。こいつはつまり、誰かしらこの館にいるのは確実って事だぜ。そいつが、噂になってる自動人形とやらかは分からんが」


 今回やってきたこの館には、ある噂があった。

 曰く、「誰もいないはずの館に、誰かが住んでいる」。

 曰く、「その館にかつて住んでいた人形師が、死ぬ間際に一体の人形を造った」。

 曰く、「主無き人形は一人でに動き、今も主を求めて屋敷を彷徨っている」。


 そして――「その噂を確かめに行った者は、人形に主と見初められて館に閉じ込められ、戻ってこない」。


「誰にせよ、面白くなって来たじゃないのよさ」

「死人が出てるかもしれないってのに、面白いもへったくれもあるかよ」

「なんだ、ビビってんのかい」

「ビビらない方がおかしいって事にそろそろ気付こうよコルチャック」


 鋼殻の薄暗闇でも分かる程に嫌そうな顔を無視し、コルチャックは懐から懐中電灯を取り出し、辺りを探し出す。


「ほぉら、ネタちゃんネタちゃん出ておいで~……」


 陰鬱な屋敷の雰囲気とは裏腹に、意気揚々と奥へと進みだす苅谷に、鋼殻は不安しかなかった。

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