ハードマン・テイルズ

Mr.K

『マン・オブ・スティール』


 神という存在は、人が思うほど慈悲深く優しい存在とは限らない。

 聖書などのように、神は天上にいるというのも、必ずしも正しいわけではない。


 例えば、そう――異次元から地上を観察している、この異形の存在のように。


 彼の者に名前などない。あるのは、異次元空間に生まれ落ちた頃からある存在意義生きがいと、それに関連した感情だけ。

 決まった形を取らず、見る者の精神を不安定にさせるような、口にする事すら憚られる形状をしたそれが神と呼ばれるのは、一重に死した人間を自由に出来るからであった。


 死んだ人間の肉体から抜け出た、人間が魂と呼ぶものを地球の神や地獄の者に悟られない内に回収すると、彼の者は人間にとって親しみやすい姿を取る。

 時と場合によって何を口にするかは変わってくるが、共通するのは、「お前を別の世界で生き返らせてやろう」といった類のものである。

 姿はそのままで生き返らせる事もあれば、赤子に生まれ変わらせる――所謂、転生というもの――事もある。

 そんな事をして何があるのかと言えば、答えは単純明快。

 彼らは、ただ楽しんでいるだけに過ぎない。

 言って見れば、スケールの大きい人形遊びだ。他人のウチにこの人間を送り込むとどうなるか。その人間が規格外の力を持っていたら。

 他の世界が長年を掛けて築き上げてきた秩序を、彼の者を含んだ異次元の神達は遊びとして壊す。元より尋常ならざる存在、何を愉悦とするかなど、人間には計り知れない事だ。


 そして、この神はある人間を狙っていた。それが今、何の変哲もない日本の街の横断歩道を渡ろうとしている、ごく普通そうな高校生の少年だった。

 黒い髪に、おっとりとした感じの顔つき。見たところ中肉中背で平々凡々といった趣の風貌のその少年を狙ったのは、実は今回が初めてではない。

 地球に存在する因果程度であれば、彼の者にとって操る事など容易い。だが、それでもどうにもならない例外もまた存在する。


『…………!』


 彼の者は、少年が横断歩道を渡り始めたところで、因果を操る手を速める。

 そう、既に因果は弄ってあるのだ。例えば、そう――下校途中である少年がこの横断歩道を渡るタイミングで、4tトラックがあまり減速をせず信号を曲がってくる、といった具合に。

 しかも、その運転手が寝ぼけまなこを擦りながら運転しているのも、彼の者が好き勝手に因果を弄っているからであるが、当然人間にそんな事が分かるはずもなく。

 この後運転手が逮捕されるのに実は理不尽な理由があったなど、誰も知る由もない。だからこそ、彼の者のような異次元の神は、知る者にとって非常に悪辣な存在として語られるのだ。


――ガシャン!


 そして、当然の帰結としてけたたましい衝突音が鳴り響き――異次元の神は、またもや落胆するのであった。





******





「あたた……」


 今しがた、横断歩道を渡っているのに気付かず曲がってきたトラックに撥ねられたはずの少年は、痛がる素振りこそ見せていたが、まるでピンピンとしていた。

 黒い学ランはところどころ千切れてはいたが、血の一滴すら流れていない。


「なんてこった!」


 自分が誰かを轢いたのに気付き眠気が吹っ飛んだドライバーが、少年の元に急いで駆け寄る。

 そして、ボロボロの制服を見て一瞬は血の気が引くが、数秒して別の意味で血の気が引く事となる。


「な、なんてこった……お前ホントに人間か!?」

「えぇ、まぁ。一応は」


 何せ、4tトラックでそれなりのスピードで突っ込んでしまったのだ。最悪人体などミンチになってもおかしくないというのに、この目の前の少年は少し驚いたような表情を浮かべてるだけで、何事も無かったかのように制服に付いた埃をはらっているのだ。


「全く、困りますよ、気をつけてもらわないと」

「お、おう……」


 そう言われても、悪かったの一言すら言えない。普通なら謝罪では済まないような事態なのだから、無理もない。れっきとした人身事故だ。人生が掛かっているのに、冷静でいられる方がおかしいのだ。


 と、そこへボロボロの少年と同じような学ランを着た少年がやって来る。

 にやけ顔ながら、どこか年季と愛嬌を感じさせる、年頃の少年らしからぬ高校生だ。


「オッ、なんだなんだ。事故かい?」

「コルチャック」


 鴻留地こうるち苅谷かりや。通称コルチャック。古いアメリカの怪奇ドラマの主人公にあやかって自称している渾名あだなだが、悲しいかな、元ネタを知る人間など高が知れている。

 なので、その名で呼ぶのは、精々がここにいる少年と、あと数人程度だ。


「あーあー、また服がボロッボロ。でも本人はそうでも無さげ。さては、慣れたかい?」

「非常に不本意ながら」


 そう駄弁りながら、若者二人は呆然と立ち尽くすドライバーを置いて立ち去ろうとするが、「ああ、そうそう」とコルチャックが振り返る。


「オジサンよう、アンタ見たところこの辺りの人間じゃ無さそうだから、一つアドバイスだ。先に警察に電話して、こう言うんだ。『ハードマンにぶつかっちまった』ってな」

「は、ハード、マン?」

「そ。この町にいや、嫌でもその名前を聞く事になるぜ。なんてったって有名人だからな」


 じゃな、と手を振り、少年二人は去っていく。


 その数秒後、警察に少年の言う通り告げたドライバーには特別措置なるものが取られ、ドライバーはそれが真実だと思い知る事になるのだった。





******





 親愛なる読者の皆様、ごきげんよう。十二山そにやま学園新聞部の期待の新人にして、ハードマン関係において常に最先端を行く新聞記者の鑑。ご存知、十二山のコルチャックこと、鴻留地苅谷でございます。知らなかった人は、ここで覚えて頂けると幸いです。

 さて、地上最硬の男、ハードマン登場から僅か3ヵ月と4日。もうじき梅雨もあけ、夏も間もなく。

 これまで掲載してきたハードマンの話題と言えば、その身体の頑丈さと、どういうわけか妙に特ダネ……もとい、厄介事に巻き込まれやすい事。しかしながらその内容は、先週や先々週のような、自動車事故やらヤンキー同士の抗争に巻き込まれるやらなんて、退屈な話ばかりでした。(本人にそう言ったら、勿論嫌な顔をされましたがね)

 しかし! こんな話で卒業まで持たせるなど、そんな事をすれば記者廃業モノ!

 来週からは心機一転! 新たなネタを引っ提げて、この記事もより良いものになると、約束しましょう!

 タイトルはズバリ、『ハードマン・テイルズ』! ハードマンの身の周りで起こる世にも奇怪な事件、不思議な事件を、わたくし、十二山の事件記者コルチャックが追究します!

 記念すべき第一号は、十二山町の外れにある古びた洋館。そこに住んでいたというある人形師が作った人形が、一人でに動いているという噂。

 しかも、肝試しで入っていった若者が、何人も行方不明になっているというじゃありませんか。こういう事件の解明こそ、記者魂が疼くというもの!


 次回、『自動人形の恐怖』。創作小説と思ってもらっても結構ですがね、本当なんですよこの話。

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