恋にもいろんな形あり
『恋』と聞くと大抵は恋愛の事だと思うはず。切ない想いをしながら、心ときめく日々を過ごし…。そんな甘酸っぱい記憶を、思い出す方も多いでしょう。
今回の話はその恋ではなく、もっとマニアックな恋。どちらかと言えば、好みに近いお話です。
人に対しての恋ではなく、モノに対しての恋。皆さんは、そんな恋をしたことはないですか?
たとえば女の子特有の一目惚れは、ステーショナリーグッズやアクセサリー、ブランド品…等々、尽きないと思います。
前章で『初恋』の記憶が無いと言った私ですが、モノに対しての『恋』ならば、たくさん記憶があるのですよ。
その中でも一番キワモノだろうと思うのが、
『キアゲハの幼虫』
(ここで読むのをやめられてしまいそうな気がする…。)
幼少時代、私は家族に『虫愛(め)ずる姫』と呼ばれるくらい、昆虫に恋をしていました。(更に読むのをやめられてしまいそう。)
たぶん、兄の影響もあったのだろうと思います。
スズムシ、カブトムシ、クワガタ。そんな昆虫から始まった私の虫への興味は、羽化すると美しく変態するアゲハチョウへの恋に発展したのですね。
羽化したばかりのアゲハチョウの美しさ。(悲鳴が聞こえそう。)
取り憑かれたように私は、キアゲハの幼虫を飼い始めました。そんな幼虫、どこで見つけて来るのかって?
田んぼですよ。
私の住む水田地帯は、昔は側溝が入っていなかったので、堀にはセリがもりもりと生い茂っていました。そのセリにキアゲハは卵を産みつけます。
当時ポメラニアンを飼っていたので、田んぼの農業用道路を毎日散歩していた私は、何気に覗いたセリの群生の中にキアゲハの幼虫を見つけて、狂喜乱舞しちゃいました。
幼虫のついているセリを次々と根際から摘み取り、まるで緑のブーケの様に束ねて、恭しく持ち帰った私。
そんなイカレた私を見て、母はひきつっていました。
まぁ…虫嫌いの中でもアゲハチョウの幼虫はトップクラスの嫌われモノですからね。
よりにもよって、何故アゲハチョウの幼虫なんだ、と母は思ったに違いない。うん。
誰になんと思われようと気にもせず、私は鳥籠をアクリル板で覆った自作の虫籠で、キアゲハの幼虫飼育を始めたのです。
犬の散歩がてら新鮮なセリを摘んで歩く。セリは競り合って伸びる様子からセリとの名前がついた、という説があるほど生育旺盛な植物です。
早朝、毎日田んぼのあちらこちらでセリを摘むのが、私の夏休みの日課でした。
夏休みの自由研究も兼ねたキアゲハの幼虫飼育は、3年ほど続けたでしょうか。
3年で飽きたのかって?
いえいえ、飽きたのではなく我に返ったのです。正気に返ったキッカケは他愛のない事件でした。
その日の朝も、犬の散歩がてらセリを摘んできた私は、虫籠へセリを入れる作業をしていました。いつもは中庭でしていた作業を、この日は玄関先でしたのです。
それが、失敗でした。
ヤクルトを配達していた近所のおばさんが、私を見つけて近寄って来て、
「何をしてるの?」と。
朗らかに笑って声を掛けてきたおばさんは、籠の中を覗いた瞬間、
「きゃぁぁぁぁ──!」
早朝の静かな空気を切り裂く、大絶叫の悲鳴を上げて逃げて行きました。
あまりの悲鳴に、何があったと近所中が野次馬に出て来る始末に、私は唖然とするばかり。
真夏の早朝悲鳴事件。と我が家では未だに語られているこの事件で、私の異常なまでのキアゲハの幼虫への恋心が、一気に冷めてしまったのです。
悲鳴をあげられたことで子供心にも、全てを否定されたような気分になってしまったのを覚えています。
もしあの悲鳴事件が無かったら…、ファーブルとまではいかなくとも、キアゲハの生態研究者擬き、くらいにはなっていたのかな、なんて。
兎にもかくにも。
どんなに熱を上げても、夢中になっても、恋はやがて醒めるもの。
モノへの恋も、人への恋も、熱病に浮かされは、やがてケロリと忘れ去るのは共通している気がします。
さて。
私のキワモノな『恋』はこれで終わってしまったか、と言うとそうでもなく。
花の乙女の年頃になるまで、次から次と奇病に取り憑かれていくのですが。その話を書くと更に読んで頂けなくなりそうなので、やめておこうかなっと。
皆さんにも、こんなモノへの『恋』の思い出はないですか?
心の奥に仕舞い込んで忘れている『恋』を、たまには虫干ししてみませんか?
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