1.宇良島―URASHIMA―

第2話

桃太郎の燃える体では、この時代の船(木造)には乗る事が出来なかった。

鬼も少しばかり考えた末、甲羅こうらを当時貴重だった鋼鉄でコーティング加工した手漕てこぎボートを用意した。


「勘違いするな。より強くなったお前を挫折させる為に、今は殺さぬだけだからな」


そんな事分かっている、と桃太郎はエンジェルフォールを去る事にした。

エンジェルフォールに滝つぼはないが、その下には滝の水が集まった川が流れている。


鉄甲羅を繰り、桃太郎は流れの急なその川を下っていった。


折鋸オリノコ川】というそれをしばらく下った先、小さな町――といってもまだ村くらいの、小さなものだが――があった。

杏御守寅アンゴストラ】と雑な字で書かれた標識を見て、何となくここに泊まろうと思い立った桃太郎。

村の子供達は、初めて見る【燃える男】に興味津々。

大人達も、大半が桃太郎を【神話の英雄】だと信じて疑わなかった。


かくして彼は、この【杏御守寅アンゴストラ】に1泊させて貰える事になった。

そして彼は桃太郎を泊める、と1番に手を挙げた青年の家にお世話になる事にした。


宇良島うらしま】と表札の立った藁葺わらぶきの家に入ると、南米の暑さは藁の隙間を吹き抜ける涼しい風によってさえぎられ、桃太郎の体の火も良く燃えた。


「家の事なら心配ないぞ。存分に燃やしてくれて構わない。

――――なぜかって?ははッ、面白い事聞くのな、お前さん。

俺…………今夜、この村を出るんだ」




昔から、じっもしていられない性分しょうぶんだった。

広い世界や果てない自由に憧れて、そういうところから俺は海に恋していた。

海に出れば、村で生きるより自由に。

海で生きれば、広い世界が俺のものに。

俺は、そう思いつつも決心がつかなかった。


だがお前が現れて、すぐに気が付いたんだ。

お前、孤児なんだろう?今までも見た事があったから、すぐ分かったぜ。

でもお前、他と違って随分筋肉あるよ。一人で生きてきたって割には、だけどな。


お前を利用するみたいで悪いが、俺の自由の為に家を燃やしてくれ。

お前の名誉は傷つくかも知れないが、この恩は必ず返す。

だから頼む!この通りだ!!


土下座までされては、さすがの桃太郎も『無理』とは言えなかった。

肉体こそギリシア彫刻の様だが、心はまだまだ子供のまま無垢むくなのである。


「…………」


声無く、桃太郎は口から火を噴いた。

眼だけで、行動の時を示す。


逃走の時は、今だ。




焔が村の、好青年の家を呑み込んだ。

その一報は、広く『アマゾン』河の全流域にまで知れ渡った。

同時に、その村に訪れていた【桃太郎】という【燃える男】のウワサも。


そしてその家の焼失と共に、村1番の好青年と【燃える男】は、消えた。




桃太郎と宇良島は、鉄甲羅のボートで【折鋸川】を下っていた。

燃え盛る炎を背に、少し先の未来あしたへの船旅である。


「……さーて、桃太郎ももたろさんよ。

この後はどこに向かう?」


桃太郎はまたも喋らず、地図のとある場所を指で示した。


「ははっ、まだ声は聞かせてくれないのな。

…………『天孫アマゾン』?」


桃太郎はうなずく。

ははぁんなるほど、と宇良島は口元をニヤリとゆがませた。


「お前……さては人間じゃねぇな?」

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ピーチ・オブ・ザ・スルト―桃太郎偽典― アーモンド @armond-tree

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