(仮・第5話「in the Forest」)

 ファナイが姿勢制御設定を切り替えるのとほぼ同時に単機降下急襲上陸ひつ「コクーノ」はシェロー地表からは鋼雲こううんと呼ばれる、空を忘れさせた硬い雲に突入した。

 大気圏突入の衝撃に比べればそれほどでもないが、しかしそれでも微振動がコクーノに響き、ファナイは少しの緊張感と共にそれに耐えた。

 シェロの積雲層を抜けるまでにそう時間はかからないが、それを抜けると地表はもうすぐそこだ。

 鋼雲突入以降は着陸からコクーノの事後処理までオートで実行される仕組みのため、ファナイはやることがない。手持ち無沙汰感もあるが、コクーノを降りてから先の作戦遂行をぼんやりと確認する。

 到着予定地点は、地表において最も巨大な大陸の、わずかに残る森林部だ。森林とはいえ、汚染された地球の樹木は、環境耐性をつけるためにその葉はアルミのように硬く、幹は鉄のように硬い木々となっていることがある。環境変化以降、植物が完全に進化しきることのできる時間が経過していないため、その進化具合はまちまちだ。中にはそういった個体があるというようなレベルに留まっている。

 森林部の木々の中に突入し急減速、iQaiイクァイの得意とする重力制御技術「グラヴィティク」での制御も同時に働いていて、搭乗しているファナイがその慣性を感じることはほとんどない。マニュアル制御されたコクーノの中は、そんな効率重視が前提の仕様であったが、その中でも快適な方だった。

 大きな慣性の体感もなく、ファナイの顔正面に当たるハッチの裏面に埋め込まれたマニピュレーターに着陸正常終了の表示がされると、それまで期待のステータス表示なども兼ねたマニュピレーターの明かりで申し訳程度に照らされていたコクーノ内部が、一変する。周囲の情報をサーチするためにその周囲が全天球モニターに切り替わる。

 コクーノそのものは搭乗者の離脱を援護するため程度の武装しか積まれていない。あくまで人員を運ぶためのカーゴだからというのがその理由であるが、そのため離脱前に周囲の状況を可能な限り把握しておく必要性があるので、着陸後に全天球モニターが点灯する仕組みになっていた。しかしこのコクーノには、もう一点重要な役割があり、そのために全天球モニタが点灯したところで外敵が確認できた場合、のんきに戦略を練っている余裕はない。なるべくコクーノが無傷の状態であるうちに離脱する必要性があるからだ。

「索敵」

 ファナイが音声コマンドでコクーノに命令を送る。

「…一応稼働している物体はないみたい」

 半径15メートル以内の動体感知が即座に完了し、マニピュレータに警戒対象が検知されない旨の表示がされる。

「こっちはいつ来てもらっても平気だよ」

「私も別に。反射と速度に関しては自信あるし」

 フォルタのおどけた様子の宣言にファナイも便乗するが、ふざけた様子はない。仲が悪いようではないが、性格は違うようだ。

「それじゃあ、行くよフォルタ。いつ来てもいいようにスタンバイ」

了ー解テスタメント。ってかもう完了してるって」

了解テス

 返事をしたファナイはマニピュレータ横に表示されていた”LiB”と書かれた部分に触れると、横たわったファナイの体の前面を覆うコクーノの装甲が音もなく展開する。

 コクーノそのものは、外から見れば繭のような形状をしている真っ白い単騎突入型の機体だ。もし落下を遠くから観測したものがいるならばそれは米粒のようにも見えたかもしれない。

「エストラト12、聞こえる?」

『…はい!ファナイさん、無事に降下できましたか?』

「うん。問題ない。統括中枢に連絡を」

了解テスタメント。コクーノからの離脱を確認しましたが、回収してもよろしいですか?』

「お願い」

了解テスタメントです!』

 返事をした一瞬後に、搭乗口を解放していたコクーノはまた音もなくハッチを閉じ、わずかな駆動音とともに上空へ飛翔して行く。

『では現時刻よりファナイ搭乗コクーンは任務完了まで対象直上のシェロ上空に待機します』

了解テス。では作戦を開始する」

了解テスタメント

 通信終了を確認し、ファナイは改めて周囲を一度警戒。フォルタに搭載されているマッピング機能を展開すると、ファナイの視界に情報が付加される。

「こっち、か」

 統括中枢からの作戦で推奨される進行方向が示され、ファナイはそちらに足を向け出発した。

「ねぇファナイ」

「なに?」

「ここはなにもいないのかね?」

「索敵には引っかからないね」

「なら、ちょっとすぐこの森抜けちゃおうよ。探索対象でもないし」

「ん?そうだな」

 その森林地帯はシェロによって光量の落ちた太陽の光をさらに硬く変種した木々の葉が遮っており、薄暗闇と化していた。

「確かに、何かいても視認しにくいね」

「うん」

了解テス

 言うとファナイは一気に駆け出す。なるべく障害の少なさそうな平坦な道を選んで、文字どおり疾走し始める。その足は驚くほど速く、人体の叩き出す速度ではない。

 その速度のまま推奨方向への移動を続けると、マッピングに動体反応が表示された。前方に4つの影があるらしい。

「フォルタ」

了解テスタメント

 先ほどまでのおどけた様子も、今のフォルタにはない。緊張感がにじみ出ていた。

 遭遇への反射を上げるべく、ファナイは移動速度を半分ほどまでに減速させる。森林地帯は間も無く抜けるが、まだ木々は多い。不意打ちにも警戒する。

「とりあえず近接戦闘装備ルークト展開。タイプ斬撃系グラーヴォ

了解テスタメント

 ファナイの視界に付与された拡張情報が、動体への接近を警告として告げる。どうやら相手も気づいたらしく、その光点はファナイの側に移動し始めた。相手もそれなりに速い。

「行くよ」

 接敵エンカウントする。

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