4-6

「走れ!」


 そうは号令とともに槍を投じた。銃を構えたがいに突き刺さって吹きとばす。


 沙也さやが飛びだしていく。


「私が道を作る!」


 大剣を振りまわすと、まわりの魔骸が腰斬ようざんされて転がった。


 彼女を追ってハルカとれんが走りだす。由一ゆういちは動かない。呆然と立ちつくしている。ザックもおろしていない。


 蒼は走りだしかけて止まり、由一の肩をつかんだ。


「おまえも来い」


 ひっぱると彼は足を引きずりながら歩きだす。


 前を行く沙也は文字どおり敵の群れを切りひらいて進んでいく。前線を突破して踏切まで達した。


 由一のスピードがあがらない。蒼は彼の腕を自分の肩にかけ、走った。


 炎に包まれた魔骸がもう動かなくなっている。「犬」が顔をあげて蒼を見た。ヘルメットの向こうに憎しみの目があると思い彼は、負けじとにらみかえす。


「危ない!」


 ハルカが引きかえしてきて、彼の胸にすがりつく。周囲に「カスケード・シールド」の泡が発生した。


 何かが光り、泡の表面が弾けた。道の向こう、林の中からこちらに発砲してくる魔骸がいる。泡の打たれた部分が赤と青に光り、やがて消える。表面にはきずひとつ残らない。


「こいつを頼む」


 蒼は由一の体を泡の中央に浮かぶハルカの方へ押しやった。攻撃があった方とは反対側から泡の外に出る。地面に「ランセット」を突きたて、爆破すると、体が浮きあがって泡を飛びこえる。


 宙を舞う彼に、林の中の魔骸たちが銃を向ける。


 だが遅い。彼は投げ槍を生成し、3体いる内の真ん中めがけて投擲とうてきした。肩口に刺さったのを見て、と念じる。上半身がじんになる。


 仲間の血や肉を浴びてひるむ魔骸に蒼は「ランセット」でりつけながら着地する。勢い余って手を突いた先に蜥蜴とかげの頭と腕が転がり、血が枯葉を濡らす。


 ふりむいてもう1体にりあげるような斬撃ざんげきを加える。腹が縦一文字に裂けた魔骸は、流れでるはらわたを受けとめようとして銃を取りおとす。そこに蒼はもう一度突きあげてやる。上と下のあごつらぬき、がくんと揺れて魔骸の体が地に崩れおちた。


 蒼は元来た方をかえりみた。密集する魔骸に沙也が斬りかかっている。魔骸たちも光る棒で応戦しようとするが、彼女の大剣にはかなわない。武器ごと腕や胴体を叩き斬られる。


 彼女の突進するあとから花蓮が、そしてハルカに抱えられた由一が行く。人間の進む道だけがぽっかり空いていて、そのまわりでは蜥蜴たちがあるいは逃げ、あるいは人間たちに立ちむかおうとうごめき、体をぶつけあう。まるで熱狂したパレードか荒っぽい祭りのようだと蒼は思った。


 をうしろから塞ごうと動く一群がある。蒼は地面に「ランセット」を突き、飛んだ。


 斬りふせた魔骸の体をクッションにして着地の衝撃をやわらげる。のしかかったまま周囲をぎはらうと、膝から下を失った魔骸たちが地面に転がった。


 もだえうめき苦しむそれらをまたぎこし、蒼は仲間のあとを追う。立ちはだかるものは皆殺しにする。


 肉が飛ぶ。指が落ちる。血が口に入る。のう漿しょうを浴びる。槍を突き刺すと手でつかんで引きぬこうとするのでその手ごと吹きとばす。背中を見せて逃げだすので槍を投げて倒す。


 踏切を越え、国道に出る。敵の姿が見えなくなる。


 ハルカとそれに抱えられた由一が前を行く。蒼はピッチをあげてふたりに追いついた。


「代わろう」


 声をかけると、彼女がふりむく。彼を見て顔をゆがませる。


「血まみれ」


「え?」


 彼は自分の体を見おろした。ウインドシェルもパンツもシューズも、魔骸の血に黒く濡れている。足跡が路面につく。ふりかえると、それは戦いのあった場所からまっすぐに彼を追ってきていた。


「おまえは先に行け」


 そう彼女にいって由一の腕を取る。彼女は由一の体から手を離した。10mほど前を走る沙也と花蓮に目をやり、また彼の方を向く。


「だいじょうぶ?」


「ああ」


 彼は由一の腕を自分の首にかけた。


「服が汚れる」


 由一がつぶやく。


「あとで洗え」


 彼の腰を抱えて蒼は走りだした。足を引きずる彼の体が重い。先行するハルカにみるみる距離を空けられてしまう。


「止まれ」


 由一が蒼の手を振りほどいた。ふりかえり、弓を生成して「ナイトロ・エアリアル」の矢を放つ。路面に火の手があがる。ブロック塀をめ、庭木に燃えうつる。電柱をいあがり、電線を焼き切る。


「これですこしは足止めになるだろ」


 そういってふたたび蒼の体につかまる。


「人の町に放火しやがって」


 蒼は彼をにらみつけた。


「あとで消せよ」


 由一は逆に蒼をひっぱるようなかっこうで歩きだす。


 橋を渡る。蒼の家のそばを流れていた川だ。その川が流れこむ湖は、近いはずなのだが見えない。


 国道沿いには家が建ちならんでいる。蒼の住む町とちがって両側から山の迫ってくるような感覚がなく、開放的な雰囲気が漂う。こういうところに住むのもいいかもしれないと彼は思った。


 それでも、この場所にいると、自分が落ちぶれてしまったように感じられる。あの町に居座り、あの町を守るために戦っていたとき、自分は。いまはどうだろう。行く先に確かなものなどなく、空しく移動を続けている。根なし草の気分になる。


「あいつら追ってきてるよ!」


 前方を走る花蓮がふりかえって叫ぶ。


 由一が後方に「ナイトロ・エアリアル」の矢を放つ。道路が炎の壁で塞がれる。


 すがりつくようなかっこうで彼は蒼の肩につかまった。


「『三枚のお札』みてえだな」


 息を切らしながらいう。


「何だそりゃ」


「昔話だよ。山に行ったら山姥やまんばに見つかって追っかけられるから、逃げながらうしろにお札を投げる。そしたらそのお札が川になったり火の海になったりして足止めできるんだ。ガキの頃絵本で読んで、怖かったなあ」


 笑って軽くきこむ。


 蒼は彼の腰をつかみなおし、走る速度をあげた。


「そんなもんが本当にあればいいんだがな」


「まったく、神頼みするようじゃ終わりだな。まあ、こんな状況じゃ仕方ねえか」


にしたのはテメエだろうが」


「そういやそうだった」


 由一は地面につばを吐いた。「鹿じかみたいに本気で信じりゃ神様も助けてくれるのか?」


「さあな」


 蒼はハルカの後姿に目をやった。スタミナが切れたのか、ジョギング程度のスピードで走っている。


「初鹿野は世界を救うんだっていってたな。俺もそうだった。病気がひろがって、化け物みたいなやつらが現れて、世界がやばいことになるって。だから俺が出ていって、世界を救うんだって。そう思ってた。他の奴もそうだ。山の中で死んだ奴らみんな」


「ああ、わかってる」


 蒼は由一の指が肩にきつく食いこむのを感じた。


 先の方で道が二股に分かれている。


 国道は右にカーブし、直進する道は細い。ここをまっすぐ行けば中学校だ。あの夜、父母が運ばれた、たくさんの死体が置かれていた、あの校庭をふたたび目にすることになる。路面に書かれた白い「止まれ」の文字がこちらにそのとげとげしい頭を向けている。


 道が分かれるところにガソリンスタンドがある。その前で女子3人が手を振っていた。


「ねえ、どっち行くんだっけ」


 沙也がマスクを引きおろし、呼びかけてくる。


 蒼は地図を頭に思いうかべた。国道は湖の岸に沿って走るため、すこし遠まわりになる。


「まっすぐ進め」


 彼がいうと、女子たちは細い方の道に入っていった。


 ガソリンスタンドに着くと、由一が彼の肩を叩いた。


「もうここでいい」


って何がだ?」


 たずねる彼の腕から脱して由一はガソリンスタンドの敷地内に座りこんだ。「ナイトロ・エアリアル」の矢を元来た方角に放つ。


「ここで俺が奴らを食いとめる。おまえはあいつらといっしょに行け」


 蒼は彼を見おろした。座っているのもつらいのか、ひじを地面に突き、こうべを垂れている。


 国道に目をやると、彼の起こした炎で空気が揺らめき、敵の影のように映る。


「ここに置いてけっていうのか」


「ああ。俺はもう疲れた」


 由一は顔をあげた。腕にあった水脹みずぶくれが顔にもできている。輪郭が凸凹でこぼこになり、まぶたれて塞がる。表情というものが失われている。死相とはこういうものだろうかと蒼は思った。


 これまで魔骸を殺すため、生きのこるためにいくつもの選択をした。だが人を死なせるための選択はしたことがない。


「こんなことになっちまって、すまなかったな」


 由一がいう。地面に腰をおろし、肘を突いているので、蒼に対して膝を屈しているかのように見える。


 ガソリンスタンドのが風にはためき、せっまったような音を立てる。天蓋てんがいから垂れさがる給油ホースは風にも揺れず、通りかかる者をじっと待ちつづけている。奥にある事務所の窓ガラスにひびが入っている。


 死に場所として選ぶには寂しすぎる場所だ。


「来るぞ」


 由一がひとつ息を吐く。


 国道の上の炎が路面ごと吹きとばされる。爆弾を使ったのか。その向こうから魔骸たちが列をなして歩いてくる。


「もう行け」


 由一が矢を放つ。ふたたび道路が炎の壁にさえぎられる。


 蒼は歩きだした。お互い夢見たものはちがうが、夢を見るという点では一致していた。だからこそわかりあえる部分がある。夢見る者に説得など通じないということもわかる。


「おまえがうらやましかった」


 由一のことばに蒼はふりかえった。


「なら代わるか?」


 声をかけても相手はこちらを向かない。


「それは断る。あんな山奥には住めねえ」


 蒼に背を向けたまま手を振る。


 蒼は走った。腕を強く振り、脚を高くあげる。つながろうとすることば、留まろうとする心を振りきる。


 中学校の前を駆けぬける。校庭の土が掘りおこされている。その光景、あの夜の記憶を振りきる。


 くだり坂の途中で3人に追いついた。彼女たちはみな息を切らしている。


「大和田くんは?」


 沙也にたずねられ、蒼は来た道を一度ふりかえった。


「あいつは残った」


?」


 花蓮が眉根をひそめる。


「敵を足止めするって。あのガソリンスタンドのところで」


 蒼が答えると、花蓮と沙也は顔を見合わせた。ハルカは彼を見つめる。彼も彼女を見る。


 何かいってほしかった。由一を置いてきたことに対して非難のことばをぶつけてほしかった。


 だが彼女は黙っている。目を見開き、彼を見ている。いたわるようないつくしむような色がその瞳に浮かんでいる。彼はうつむき、唇をんだ。


「行こう」


 沙也のかけ声で彼らは移動を再開した。

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