3-8

 由一ゆういちが起きあがり、がいを指差す。


「おい、そいつら押さえとけ。目を離すなよ」


 仲間に指示を出している間、そうの方は見ようともしない。


 蒼は空に浮かぶものを見あげた。とても高いところにあるので首が痛くなる。ハルカではないが、と思う。災厄さいやくがはっきりそれとわかる形を取って現れたのだ。病気などという目に見えぬやり方でなく、最初からこのようにわかりやすいものであったなら、自分はあらがったり戦ったりせず、これが運命だと受けいれていたのではないだろうか。


 遠くでそう除機じきをかけているような音がする。人工的な音は山の中だと遠くまで届くものだ。空の中の小さな点だったものが次第に大きくなる。魔骸の白い木馬が飛んできて蒼たちの上空で停まった。これまで見たものよりも大きい。


 木馬にまたがっていたのは3体の魔骸だった。空高いところにいるというのに、まるで自転車から降りるかのように空中に踏みだす。


 魔骸は宙に浮いた。木馬が浮くのと同じ仕組みらしく、キーンという甲高い音が倍加する。


 大きな2体が小さな1体を挟むかっこうで浮いていた。大きな方はこれまでの魔骸と同じくらいの背丈だ。真っ黒なよろいを着てヘルメットをかぶっているので、ロボットのように見える。


 中央の1体は人間サイズだった。両端のものと同じく黒い鎧を着ていて、かえって体格の小ささが目立つ。ヘルメットは顔の部分が前方に伸長し、わにだとかさめだとかの獰猛どうもうな生き物を思わせた。


「何かラスボス感ある奴来たな」


 沙也さやが空を見あげてマスクを着けなおす。


 空の魔骸に目をもどすと、小さな1体が消えていた。蒼は周囲を見まわした。


「危ない!」


 ハルカが叫ぶ。


 地面すれすれを魔骸が飛んでいた。土煙を立ててあんを横断してくる。


「スターバースト」の男に体ごとぶち当たり、そのまま上昇していく。彼の体はふたつ折りになっている。


 元の高さまで到達すると「鰐」は彼を放りすてた。糸の切れた人形のような体が地面に叩きつけられ、動かなくなる。くにが悲鳴をあげる。


「鰐」の手には光る三叉みつまたほこがあった。


「あの野郎……」


 由一が弓のつるを引きしぼり、放つ。空の「鰐」は滑るように動いて矢をかわし、仲間の方を向いた。鎧の胸部が赤と青に光る。大きな魔骸も胸を光らせた。腰から取りはずした棒を伸ばすと三叉の矛になる。


「来るぞ!」


 蒼は叫んだ。右手に投げやりを生成し、敵襲に備える。


 3体の魔骸が急降下してきた。地上から悲鳴があがる。ぶちが首を飛ばされる。むちの女が脳天をかちわられる。


「鰐」が一直線に蒼の方へ向かってきた。彼は引きつけておいて槍を投げつける。相手はひらりとかわし、そのまま急上昇していった。


 魔骸たちは上空から何度も襲いかかってくる。まるで水中の魚群につっこむ海鳥のようだ。地上の人間が1人ずつ狩られていく。斜面をのぼって逃げようとした者は球状の爆弾で吹きとばされた。


 蒼は槍を握りしめ、周囲を見まわした。空からの敵には太刀打ちできない。ならばどうする。逃げるか。だが来た道をもどれば、のぼりの途中で追いつかれる。ではくだりならば――


「おい、あの泡を出せ!」


 ハルカに指示を出し、そちらに走った。ハルカの「カスケード・シールド」が生成され、彼女の体がその中に浮かぶ。


「いいか、俺をするな!」


 そういって泡に体当たりする。予想よりも重く硬い。もう一度肩から当たる。くりかえしているとすこしずつ泡が転がりはじめた。


「何するつもり?」


 沙也にたずねられ、泡を指差す。


「おまえも中に入れ!」


 げんそうな顔をしていた彼女だったが、彼の意図に気づいたか、大剣を消し、防護服を脱ぎすてて泡に飛びこんだ。泡の中で内壁を駆けのぼる。ハムスターのかごにあるまわし車の要領で中から泡を転がす。


 蒼はふりかえった。ざわがひとり、魔骸にブーメランを投げつけている。


「おまえも来い!」


「あいつらに1発食らわせてからだ」


 野沢がふりかえらずにいう。


「そんなのいいから早く来いって!」


「あいつらちょこまか動いてかわしやがる。このまま逃げたんじゃ気が収まらない」


 いっこうに動こうとしないので、蒼は舌打ちし、彼のもとへ向かった。


 ブーメランは軌道を操れるのだが、魔骸はいずれも紙一重のところでかわしている。このまま自由に飛びまわらせていては、いつまでたってもこちらの攻撃は当たらないだろう。


 一瞬でいい。奴らの自由を奪えれば。


 ブーメランをかわした魔骸がそのまま野沢の背後にまわり、地をう軌道で飛んでくる。


「うしろ!」


 蒼は槍を生成し、投げつけた。


 魔骸はわずかに浮上して槍をかわす。


 その瞬間、蒼はと念じた。


 槍が爆発する。その爆風に魔骸の体がねとばされた。頭を下にしたまま飛んでいく。手足をばたつかせていて、飛行用の装置を制御できていないようだ。


「いまだ!」


 蒼は叫んだ。


 野沢のブーメランが弧を描いて飛ぶ。上空から魔骸に襲いかかり、首をねる。血を噴く体が地面に叩きつけられ、転がった。


「よし!」


 蒼はこぶしを握った。野沢が親指を立て、笑顔を向けてくる。


 まばたきする間にその笑顔が消えた。蒼は目を疑った。


「笑顔」は横に飛び、サッカーボールのように弾んだ。地面に転がっても笑顔は笑顔のままだった。


 頭を失った体から血が噴水のように吹きでる。その向こうに「鰐」が立っていた。野沢の首をりとばしたときのまま、矛を水平に保持している。


「鰐」のヘルメットに目はなかった。だが蒼は見られていると感じた。


「うっ……クソッ」


 彼は身をひるがえし、走った。


 目を離している間にハルカの泡はかなり先まで転がっていた。もうすぐくだり斜面に差しかかりそうだ。あそこを転がりはじめたらもう追いつけない。


 ふりかえると「鰐」が矛を構え、地面から浮上していた。


 蒼は前に向きなおって走る。泡との距離がひろがっている気がした。


「ああクソッ……クソックソッ」


 彼は両手に投げ槍を生成し、スキーのストックみたいなかっこうで地面に突き刺した。と念じて爆発させる。背中を爆風に押され、彼の体は浮きあがった。


「うおおおおああああ」


 走り幅跳びの世界記録よりも長い滞空時間で彼は先ほどまであった距離を飛びこえ、泡の中に頭から突っこんだ。


 内壁でぽんと跳ね、走っていた沙也を巻きこんで転ぶ。


ってえ!」


 沙也が悲鳴をあげる。泡の転がるのに従って蒼と沙也の体は絡まりあって持ちあげられ、また落ちる。まるで洗濯機に入れられた衣類のようだ。斜面に入り、回転がいっそう速くなった。


「私につかまって!」


 ハルカの声に蒼は手を伸ばした。彼女の脚に触れる。泡の内側を蹴ってそこにしがみついた。汗ばんだてのひらが生足に滑る。よじのぼって腰に抱きつくと、うしろから沙也ものしかかってきた。


 泡の中心に浮くハルカは泡が転がるにつれて縦に回転する。蒼は落ちないよう彼女の服をつかむ手に力をこめた。ほおの下でスカートがぐしゃっと潰れている。背中には沙也の乳房が押しつけられた。


 泡の外で天と地が目まぐるしく入れかわる。体が外側にひっぱられる。


「うおおおおおおおお」


「わああああああああ」


「ぎいいいいいいいい」


 泡は大きく跳ねて自由落下に入った。遠くにあった地面がぐっと迫ってきて蒼は目をつぶった。

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