3-7

「さあ、キックオフの合図だ」


 由一ゆういちが引きしぼっていた弓をひょうと放つと、短い矢が風を切って飛び、幕を突きやぶった。下から炎が噴きあがる。がいが1体、だるになって飛びだしてきた。踊り狂い、やがて膝を突いて倒れる。


「行くぜェ、突撃ィ!」


 沙也さやが大剣を振りまわしながら斜面を駆けおりていく。られた笹が跳ね飛ぶ。後続のふたりが彼女の作った道を突進する。


 幕の下から出てきた魔骸に沙也が襲いかかった。彼女は相手を大剣で腰のあたりからまっぷたつに斬る。


 後続の女はむちを使った。しならせ、魔骸を打つと、肉がえぐられる。もうひとりの男はてのひらから小さな弾丸を無数に発射した。食らった魔骸は胸に大きな穴を空けて倒れる。


 遠くの方でも戦いがはじまっていた。たけびが木々の間に響く。魔骸が逃げまどう。


「あんた行かないの?」


 ハルカがそうを見る。


「俺は様子見」


「協調性ないよね」


「よくいわれる」


 蒼の目には、いま戦っている者たちの力が自分のそれよりずっと優れて見える。複数を相手にしても充分に戦えている。蒼は1対1でしか力を発揮できない。だからみもりを見殺しにしてしまった。


「近くに1匹! こっちに来る!」


 くにが金切り声をあげる。


 一番手前にある幕の下から魔骸が飛びだしてきた。仲間が次々に殺される現場を一度ふりかえり、走りだす。斜面をのぼってこちらに向かってくる。


「そいつはそっちで何とかして!」


 剣を振りまわしながら沙也が叫ぶ。


 由一がふたたび矢を弓につがえる。


鹿じか、『カスケード・シールド』で自分と三国を守れ」


「あいつは俺がやる」


 蒼は立ちあがった。由一の反応も確かめずに斜面を駆けおりる。笹の葉が脚を打つ。


 魔骸が向かってくる。蒼の姿をみとめ、光る棒を出してきた。


 蒼は右手にやりを生成する。勢いにまかせて突きかかろうかと考えたが、リーチでは不利だ。


 相手はどう出てくるだろう。斜面を駆けのぼっているので上体や腕を大きく使うことはできないはずだ。ならば奴の選択肢は突き――これしかない。


 相手が腕を伸ばして繰りだす突きを蒼は立てた槍で外に払った。すかさず槍を爆発させる。爆風で相手はバランスを崩し、斜面にいつくばった。


 蒼はすでに左手に新たな槍を発現させていた。


「くたばれ」


 首のうしろに槍を突きたてると、相手の体はびくりと痙攣けいれんした。その反射的な、生命に直結した動きが気に食わず、蒼は即座に槍を爆発させた。魔骸の上半身が吹きとぶ。


 生命の活動は消えた。動くものは血を浴びた笹の葉から落ちるしずくのみだった。


「派手だね」


 岩陰からハルカが顔を出す。


 蒼は飛びちった肉片と血に濡れたやぶを見おろした。


「また山を汚してしまった」


「山を守る一族か何かか?」


 下の方で沙也が手を振っていた。


「おーい、終わったみたいよー」


 幕の上で燃えていた炎が消えた。由一が姿を現す。


「おまえのファイトスタイルえぐいな。正直引くわ」


 魔骸の死体と血を横目に見てそんなことをいう。蒼は何も答えなかった。


 三国が由一を追って斜面をおり、足を滑らせて尻餅をついた。


「右の方にもう1匹いる!」


 蒼は林の中に目を走らせた。木々の間に魔骸のシルエットがある。投げ槍を生成して投げつけようとしたそのとき、視界に巨大なブーメランが飛びこんできた。


 地面と水平に飛んできたブーメランは、魔骸の首を斬りとばすと物理法則を無視して垂直に跳ねあがり、元来た方へもどっていった。


ざわの『サイトカイン・ストーム』だな。ありゃ強いぞ」


 由一がつぶやく。


 あんには血と肉の焦げた臭いが立ちこめていた。散開して戦っていた者たちが集まってくる。その顔は晴れやかで、周囲の悪臭に似つかわしくない。


 沙也が剣の切先きっさきを地面に突いて立っていた。肩で息をしている。防護服は血にまみれていた。剣には血の染みひとつない。刃の表面に粘度の高い透明な液体が流れつづけている。血を吸ってえきを垂らしているかのようだと蒼は思った。


「こちらの損害は?」


 由一の問いかけに、鞭を持った女が答える。


「ゼロ。全員無事」


「アレは?」


「確保した」


「よし」


 ふたりはうなずきあう。


って何だ?」


 蒼がたずねても由一は答えない。


 野沢がやってきて蒼の服を指差した。


「血、すごいな。だいじょうぶ?」


「全部返り血」


 蒼は相手の服を見た。「そっちはきれいだな」


「飛び道具だからね」


 野沢は肩のブーメランを担ぎなおした。スノーボードくらいの大きさで、病による力のことがなければこれを遠くまで投げるなんて信じられなかっただろう。


「これで魔骸は全滅?」


 蒼の問いに野沢は一度背後をふりかえった。


「いや、ひとつとなりの山に木の倒れた跡がある。そっちが本拠地じゃないかな」


「じゃあこれからそっちに行くのか」


「いや、俺たちは――」


「おい野沢」


 由一が話に割って入ってきた。蒼を横目に見たあとで野沢をにらみつける。


「余計なことしゃべってんじゃねえぞ。こいつは部外者だ」


 野沢は肩をすくめた。由一はもう一度蒼に冷たい視線をくれて立ちさった。


「あいつ最初に会ったときからやたら偉そうだったんだよな」


 由一の背中を見送りながら野沢がつぶやく。


「前からの知りあいじゃないのか?」


「はじめて会ったのは病気になってから。病院でいきなり『高校どこだ?』っていうからさ、答えて、あっちの高校聞いて俺が『滑りどめで受けて受かったけど行かなかったとこだ』っていったら、すぐどっか行っちゃったな」


 野沢が笑い、蒼も笑った。蒼以外にも由一の態度に反感を抱いている者はいるようだ。


 別動隊の者たちがもどってくる。その光景に蒼は違和感をおぼえた。さっきより人数が増えている気がする。


「おい……そいつ何だ?」


 昨夜青姦アオカンしていたぶちともうひとりの男が、2体の魔骸を挟んで歩いてくる。どちらも胸を赤と青に光らせて、しきりにまばたきをする。人間のまぶたはちがい、薄い膜が下から出て黒目がちの目をおおう。


 人間たちの輪に入ることをためらって、魔骸は足を止めた。その背中を小渕が小突く。


「ずいぶんおとなしいな」


 由一がいうと小渕は笑った。


「ビビってんだろ。目の前で仲間殺されてるからな」


「とにかく無事確保できてよかった。まちがって殺しちゃってたら、これまでの苦労が水の泡だ」


 蒼は困惑していた。彼らは蒼とはちがう目標を持ってここまで来ている。そして蒼の知らないことを知っている。


「いったいどういうことなんだ。おまえたちの目的は何だ」


 集団の視線が蒼に集まる。彼の問いかけに答える者はない。


 彼らとはことばが通じない、と蒼は感じた。人間に取りかこまれたこの蜥蜴とかげの化け物たちもいま同じことを思っているだろう。


 ハルカが口を開いた。


「私たちはこいつらを生きたまま連れて帰るために集められた」


 集団の目が今度は彼女に注がれる。彼女は周囲の者を逆ににらみまわしてから蒼の方を見た。


 蒼は彼女を見つめた。


って……誰にだよ」


 彼がたずねると彼女は目をらす。


「部外者には関係ねえだろ」


 由一が冷たくいいはなつ。


 と蒼は思った。あの町でずっと暮らして、何もかもを失って、災厄さいやくの中心にいた自分がなぜこんな扱いを受けなければならないのか。自分が部外者だというのなら、この世の生者はみな部外者だ。


「なあ、これ両方連れてくのか?」


 小渕がいう。由一は腕を組んだ。


「1匹だけでいい。小さい方にしよう。万が一でかい方に暴れられたりしたら困る」


「じゃあこっちは殺すか」


 1人の男が進みでて、大きい方の魔骸の胸に掌を当てる。さっきの戦闘で手から小さな弾丸を発射していた奴だ。


「俺の能力『スターバースト』は相手に食らわせると星型の傷ができるからこの名前になったんだ。至近距離からならきれいな星になるからさ、見ててくれ」


 魔骸はいまから自分を殺そうという男の顔をじっと見ている。意味がわかっていないのか。


 そこに小さい方の魔骸が身を寄せる。大きい方が小さい方の手をさぐり、きつく握りしめる。


 蒼は息がつまる思いがした。こいつらの手には人がいなくなった家の中をさぐったり、武器を使ったり、死体をつかみあげたりする以外にも使い道がある。人間と同じだ。


「待て。なんで殺すんだ?」


 彼は背後から男の肩に手を置いた。相手はふりかえり、彼をげんそうな目で見る。


「いまさら何だよ。おまえもさんざんこいつら殺してきたんだろ?」


 男は蒼の手を振りはらう。彼は何と答えたらよいのかわからなかった。確かに、目の前にいる魔骸とこれまでに殺してきた魔骸と、何がちがうのか説明できない。ただ何となく、殺す気になれない。


 もう一度男の肩に手をかけようとしたとき、逆にうしろから肩をひっぱられ、無理矢理ふりむかされた。


 由一が蒼の襟元えりもとをつかみ、顔を近づけてくる。


「何甘えたことぬかしてんだ。テメエどっちの味方だ」


 相手の息の臭いがして蒼は顔をしかめた。


「すくなくともおまえの味方ではない」


 まわりの者が集まってきてふたりを引きはなした。由一は仲間の手を振りほどいて蒼に背を向ける。蒼も体に絡みつく手から解放された。乱れた襟を手で直す。


 次の瞬間、ふりむきざまのパンチを顔に食らって蒼はよろめいた。さらに体当たりされて地面に押したおされる。由一が蒼の体に馬乗りになってこぶしを振りあげる。


 とっさに蒼はブリッジで彼をねとばした。地面を這い、逆にのしかかる。


 顔面を1発殴ってやると、相手は顔を背け、蒼の下から逃れようとした。だが彼はそれを許さない。髪をつかんで顔を地面に押しつけ、耳のあたりをもう1発殴る。


 殺してやろうかと思う。首にでも槍を突きたててやればビクビクと痙攣してすぐに息の根が止まるだろう。


 由一は両手で頭を抱え、体を丸める。それを見た蒼の殺意はがれた。こんな奴を殺したって槍が汚れるだけだ。


 相手の背中に手を突いて立ちあがろうとしたとき、衝撃に襲われた。正面から突風のようなものがぶつかってきて、尻餅をついてしまう。


 何が起こったのかわからず、まわりを見た。杉の林が揺れてきしんでいる。葉や枝が落ちて雨の降るような音がする。


 他の者も地面に倒れていた。


「何だァ、いまの」


「びっくりした~」


 みな口々にいい、顔を見合わせてなぜか笑う。蒼は自分の体に触れて、異状がないのを確かめた。いまのは何だったのか。ふつうの風ともちがう。空気が急に硬さを増したようだった。


「ねえ、あれ見て」


 ハルカが湖の方を指す。


 とてつもなく巨大なものが空を覆っていた。地上におろせば津久見つくみ湖にふたができそうなほど大きい。だからというのではないが、蒼はフライパンの蓋に形が似ていると思った。色は黒っぽく、端の方は雲に溶けて青みがかって見える。


 巨大なのに何の音もなく空に浮いているというのが不気味だ。


 の取っ手のような部分が赤と青に光り、点滅した。


 この感じには見おぼえがある。


「やばいよ。やばすぎる。こんなでかいの出てくるなんて、事前の話と全然ちがうじゃん」


 ことばとは裏腹に沙也はその場で軽やかにジャンプし、肩を揺すってみせる。


「この世の終わりだ。正しき人々もちまたの人々もみんな死ぬんだ」


 ハルカが胸の前で手を合わせ、「おやとことおかせるつみ、ことおやとおかせるつみ」と呪文のようなものを唱えはじめた。

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