仮面の下 4
俺達は今日行うパーティーの材料を買うためにスーパーを
俺は参加しないのでただ付き添いだ。
その間も袖浦の顔色が優れずにナイトレイが家に上がるのを嫌がっているのがわかった。
ただそれを言い出せない小心者な袖浦。
お菓子や飲み物などを大量にカゴの中に入れて食べ切れるのか疑いたくなった。ナイトレイ
「日本のお菓子は美味しいからいくらでも食べれるわ!」
ということらしい。それでこの引っ込むところは引っ込んで出ているとことは出ているからすごいよな。
だが、それを買うだけならよかった。このスーパーには一応衣類なども販売されていてナイトレイは下着売り場にも足を運んだのだ。
俺はさすがにそこに行くの躊躇われたので、売り場の近くでボーっとしていると、ナイトレイが突然、ニコニコしながら俺の目の前に現れた。
その手には二つの下着が掲げられていて、俺に見せてきた。
「ねぇ見てよ! 意外と可愛いものも置いてるのよ! あなたならどっちが似合うと思う?」
聞かれた刹那、どこからともなく現れた神谷愛の指が俺の両目に入っていた。
俺が目を抑えて悶絶していると、神谷愛とナイトレイが口論する声だけが耳に入ってきた。
理不尽だ。俺は心配してくれる袖浦に癒されながらそう思った。
ナイトレイは男子に対しても女子に対しても壁のない奴らしい。
育ちの違いから生じているものなのかはわからないが、こちらとしてはたまったものではない。
買い物カゴをレジに持っていくと、俺の目ん玉が飛び出るぐらいの額だったが、金持ちらしくナイトレイはカードで支払いを済ました。
ブルジョワめ。
スーパーを出た俺は袖浦達一行とは真逆の方向に帰宅すると見せかけた。
袖浦はその際にすごく不安そうにしていたがこればかりは仕方がない。
ナイトレイがぺちゃくちゃ喋ってそれに戸惑いながら返答している袖浦に、人間味を感じさせない顔の神谷愛が付き添う姿が容易に想像できる。
慣れていない人と喋るのが苦手な袖浦には酷かもしれないが頑張ってもらわないと。
しばらく公園で時間を潰していた俺は息を潜めて自宅へと戻った。
リビングに入った俺はとりあえず袖浦にチャットを飛ばした。
『そっちの声は聞こえるから、俺がお前の家に入ってる証拠が見つかりそうになったら俺がフォローする』
ここで壁が薄いのが生きたな。すぐさま返信が来た。
『わかったよ。後は見知らぬ人と喋るときのコツをおしえてください先生。神谷さん全然私と会話してくれなくて怖いよ』
『気合で話せ』
俺は和室にやってくると壁に耳を当てて隣の話声に集中する。
なんだか隣人をストーカーしている人間みたいだな。
ちょうどこの隣は袖浦の家のリビングと壁が繋がっている。
このまま何事もなくお泊まり会が終了して欲しい。
とりあえず俺がおとなしくしている分には隣人が俺であるとバレることはないだろう。
俺が袖浦の家を行き来している証拠を見つけらない限り、だがな。
『わお――これがイグサ――ってやつね!』
『あ、あの――匂い嗅が――と恥ず――……』
どうやらお目当ての和室で話しているようだな。
多少距離があるためか拾える言葉には限りがあるがなんとなく内容が理解できるほどなので問題ない
『あ――飲み物冷蔵庫に入れてもいいかしら』
『うん……いいよ』
リビングにやってきたのかより鮮明に声が聞こえるようになった。
家に戻ってきたことで疲労がどっと来て、収まっていた眠気が一気に襲ってきたが、ここは雪山同様で眠ってしまったら死んでしまうかもしれないから我慢だ。
『……この棚にある『輝石学園生』の本やDVD全部あなたが揃えたのですか?』
『は、はい……』
この声は神谷愛か。クラスでは俺以外の人間とは一言も喋らないのによく口を開いたな。
袖浦がアイドル科の人間だからなのだろうか。
『驚異的ですね。この写真集なんて一〇年前に発売して絶版しているものじゃないですか』
『そう、そうなの! ネットでも全然出回ってなくて自分の足で探してやっと手に入れたときは泣きそうだったの!』
人が変わったようにハキハキと喋っている袖浦。
耳を当てなくてもその声はこちらに届いている。
神谷愛の面食らった顔が想像できるな。
いや、あいつの場合はきっと袖浦が豹変しても無表情だろうな。
『あ……これはあれですね。確か三年前に峯谷さんのニューシングルが発売した時に、予約者の中から抽選で当たるボイス入りの目覚まし時計』
『これが当たった時は狂喜乱舞しすぎてお父さんに怒られちゃったんだよね……』
『確かにこれが当たるのは相当すご――袖浦芽衣さん。一つ気になるのですが、ベランダで干している男性用の下着はあなたのですか?』
俺はその発言を聞いてハッとした。そういえば袖浦に洗濯物を頼んでいたっけ。
仕事や課題の提出で忙しかった俺の家事は袖浦が代わりにやってくれたりしていた。
最初は下着を出すのに抵抗があったし、うっかり渡したときは袖浦も恥ずかしがってたから自重していた。
ただ時間が経つと二人共感覚がマヒしてきて俺も普通に出すようになったし、袖浦もそれに対してなにも思っていない様子だった。
まさか今日それが自分の首を絞めるなんてな。やはり楽をするものではない。
『防犯用と答えておけ』
俺はすかさず袖浦に指示を出した。
『ぼ、ぼ、防犯用!』
『いや、でもワイシャツとか……』
『下着一つじゃ誤魔化せないから! リアリティを追求しようと……!』
『……なるほど。一人暮らしの女性はそれが有効だとどこかの記事で読んだことがあります。なにかと物騒ですしリアリティを追求するのも大切ですね。そういった意識もアイドルには必要ですし。ただスキャンダルの元にもなるかもしれないので注意はしておいたほうがいいかもしれませんね』
どうやら納得してくれたようだな。神谷愛だからなにか勘ぐってくるかと思ったが、
『すみません。手を洗いに行きたいんですけど、借りても大丈夫でしょうか?』
『う、うん……大丈夫だよ』
ギシギシと神谷愛が歩く音が聞こえてきた。とりあえず一安心だな。
『ねぇ……これってメイのエプロン?』
安心したのも束の間だった。
神谷愛がリビングを離れたということはおそらくナイトレイの声だろう。
俺はエプロンという単語で一つのことを思い出した。
そういえば袖浦に料理を教えていてたまたまエプロンをあいつの家に忘れていたような。
『メイと比べれば随分ビックサイズね。具体的には身長百八十後半くらいの男が使うようなものに見えるけど……」
なんでそこまで正確に分かるんだよ。
高校に入ってさらに身長が伸び新調したエプロンを使っている俺は確かに俺の身長は百八十後半だ。
俺はスマホの画面にすぐさま文字を打ち込んだ。
『父が心配で様子を見にこっちに来ていて料理を作ってくれたからだよ!』
『いいパパじゃない! 懐かしいわー。私も向こうじゃよくパパと料理したものよ』
『あはは、じゃあ一緒だね』
とりあえず
これが何度も続くとなると胃が痛くなるな。
段々と壁に耳を当てるのが辛くなってきたし。
そこからは何度も際どい物的証拠を目ざとく見つけられてしまっていた。
袖浦が俺にプレゼントしてくれた整髪料やたまたま置いていた俺の歯ブラシなんかをこれでもかというくらい発見していった。
俺も必死で袖浦に指示を送っていると、眠気が吹っ飛んでいった。
しばらくすると、三人の共通の話題である『輝石学園生』について盛り上がってようやっと落ち着いてくれた。
そこからしばらくすると、俺も聞き耳を立てるのをやめてシャワーなどを浴びた。これ以上は無粋だと判断したからだ。
袖浦の楽しそうに喋る声を聞くたびに今日は苦難の一日だったが、悪くないと思えた。
あんなに不安そうにしてたのに蓋を開けてみると楽しく出来ているじゃないか。
袖浦はもっともっと色んな人と関わるべきだ。
それにやっぱりアイドルなんだし男とずっといるよりかは女子といたほうがいいだろう。
これをきっかけにあの二人と仲良くなってくれたらいいな。
夜も遅くなってくると段々と話声が聞こえなくなり、完全に寝静まった。
俺はというと学校であんなに眠かったのに妙に冴えていた。なので、神谷さんから借りていた映画の消化に勤しんでいた。
その映画の一つに星空を見上げるシーンがあり、俺もなんとなくベランダに出て眺めていた。
今日は快晴で星がよく見える。都会の星は遠く感じるが確かな輝きはそこにはあった。
今日は大変な一日であったけど、充実していたのかもしれない。
俺はただ普通に就職していたら、仕事をしては帰ってきて、それを何度も繰り返すだけの日常だっただろう。
そんな日常にならなかったのは袖浦のおかげであり、なにより神谷さんの存在が大きい。
あの人が俺のために出資してくれなければこうはならなかった。その期待に俺は答えなければならない。
今のところなんの成果もあげられていないのは確かだが。
「……今度のアイドルと一緒にやる試験ではいいとこ見せないとな。でないと神谷さんの顔を立てられないし」
「こんばんわ」
全く気付かなかった。俺の隣は当然、袖浦の部屋と繋がっているベランダが存在する。
そこには寝静まったはずの学園のジャージ姿の神谷愛が立っていた。
なんだよ、寝静まったんじゃなかったのか。
俺が驚いて目を丸くしているのに対して神谷愛は至って冷静だ。
どうしよう。俺と袖浦が隣人同士だとバレてしまった。思わずあたふたとしてしまう。
「神谷さん……というのは神谷由伸。私の父で合ってますか?」
「は……?」
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