仮面の下 3

「ワァーソデウラジャンーキグウダナー」


「お、お、お、大元君こそこんなところでどうしたのー?」


 俺は腹話術ふくわじゅつの人形のようにカクカクと口を動かして、袖浦は油をさし忘れたロボットのような硬い動きで俺のもとまでやってくる。


 挙動不審な俺らの行動に神谷愛とナイトレイは怪しい目を向けてくる。


 頼む、偶然の遭遇だったと思い込んでくれ。


 神谷愛は俺と袖浦を交互に見る。


「お二人共、家がここらへんなんですか?」


「え!? あ、ああ。俺はそうだけど……」


「ぐ、偶然だね……! 実は私もこの辺で――」


「普段からお二人は一緒に登下校をしていますよね」


「そ、それがどうかしたのか……?」


 あ、明らかに勘ぐり始めているぞ。袖浦の額には嫌な汗まみれになっていた。


「そして家も近い…‥と。偶然ではなくここには私達同様一緒に来たのでは?」


 それを聞いた袖浦が図星を突かれたように体をピクリと反応させる。


 神谷愛がその動揺を見逃すはずがなく間違いなく黒だと思っている顔をしていた。


「……ああ、ばれちゃ仕方がないな」


 袖浦は言っちゃうの!? という顔をしていたが重要なのは一緒にいることではない。


 俺は生活の糧になる情報と経験を今日袖浦に与えようとしていた。なので理由もなく一緒にいるわけではない。


 神谷愛に追求されたところでいくらでも逃げ道はある。

 

 家が隣同士で行き来しているという事実だけ隠せればそれでいい。


「下校後に一緒に買い物なんて仲良しなんですね。アイドルとマネージャーの関係の範疇を超えているのでは?」


「これには事情があってだな。袖浦がアパートで一人暮らしをしてて、生活費をちょっとでも抑えたいって話をしていて、俺がここを紹介したんだよ。だいたい、それを言ったらお前だってそうだろ」


 神谷愛の一言を華麗に受け流す。袖浦は両手を胸の前で握り締めてコクコクと頷く。


 俺と同じ立場である神谷愛はそれ以上の詮索はしてこなかった。


 マネージャー科の人間は女子も同様で理由もなくアイドルと外出するのは禁止されている。


 なんでも過去に女性同士でアイドルとマネージャーが愛し合ってしまった事例があったためらしい。


 そこまで徹底しなくてもいいとは思うが、事実起こってしまったので、対策せざるを得なかったのだろう。


 余談は置いておいて。


 よしよし、このままこの場は収めよう。適当にナイトレイに技っぽいものを教えて俺たちはここから消え去ろう。


「ええ!? メイって一人暮らししてたの!?」

 あ、ナイトレイが変なところに食いついてきたぞ。


「う、うん……」


「しかも日本のアパート! ねぇねぇ、畳とかってある?」


 袖浦に親しく話すナイトレイ。この二人仲良かったのか。下の名前で呼んでるし実は友達だったりとか。


 だが、袖浦が戸惑っている様子を見るとそうは考えられない。


 学園にいるときも袖浦は基本的に一人か、俺と一緒にいるか、そのどちらかだ。


 ナイトレイと一緒にいる姿なんて見たことがない。


「リビングは普通にフローリングで、私の部屋は和室だけど……」


 袖浦、その返答はよくない。間違いなくナイトレイの琴線に触れそうだ。


「わお! 決めたわ! マナ、メイの家に行くわよ!」


 袖浦の腕を取ると、そのまま引きずられてしまう。

 

 待ってくれと掴まれた腕を振りほどこうとするが、ひ弱な袖浦の力ではびくともしなかった。


 さすがに、これはまずいな。


 このまま袖浦の家に行ってしまうと家が隣同士なのを隠すのが難しくなる。というかほぼ確実にバレる。


 袖浦も助けてくれとばかりに俺に掴まれていない逆の腕を伸ばしている。


「お、おい。もうそろそろ次の商品のタイムセールが始まるけどいいのかよ」


「んー、もう飽きちゃったからいいわ。それより今はメイの家に早く行きたい!」


「待て待て待て。さっきまであんなに楽しそうにしてたのになぜそうなる」


「あら。自分の中で一番面白いと感じるものは常に変わっていくものよ。あ、そうよ! あなたも来なさいよ! 明日は土曜日なんだしお泊りパーティーは人が多い方が楽しいわ!」


「はぁ!? なんで俺もなんだよ!」


「と、泊まるの!?」


 袖浦は嫌がる素振りを見せた。それはそうだろう。突然家に来られるのは迷惑。それも親しくない人物なら余計だ。袖浦の性格を考えても今日初めて喋ったような人物を自分のプライベート空間には入れたくないはず。


 それにどうして俺まで参加しなければならない。俺は男だぞ。


 なにをされるものかわかったものじゃないだろう。


 ナイトレイにはそういった男女の境の認識が乏しいのだろうか。


「ナイトレイさん。もうちょっと頭を使ってください。袖浦芽衣さんと勝手にお泊まり会をするのは構いません。ただ私やゴミク……この人はマネージャーです。一緒に泊まりでもしたら問題になります」


 こいつ今俺のことをゴミクズって言おうとしたよな。


 しかも名前じゃなくこの人呼ばわり。相当俺を嫌っているんだな。


「校則を気にしているの?」


「もちろんそうです」


「校則は破るものって日本の漫画で読んだことがあるわ! だから大丈夫よ」


「なにが大丈夫なのかよくわかりません。とにかくダメです。あなたはもっと思慮しりょ深くなるべきです。自分の行動がどういった未来を引き起こすのか頭を使ってみるべきですよ」


「マナは頭を使いすぎなの。細かいこと考えてたらアマノ先生見たく皺だらけになるわよ?」


 一歩も引かないいナイトレイ。神谷愛は無表情ではあるが、言葉の端からごうを煮やしているのが伺える。


 神谷愛とナイトレイはまるで水と油だ。厳格な神谷愛と自由奔放じゆうほんぽうなナイトレイ。


 どうしてこの二人がパートナーになっているのか不思議でしょうがない。


 なにか特別な理由があるのだろう。


「はぁ……わかりました。ただしこのゴミはダメです。私はともかく男と一緒にお泊まりしたのが世間にばれたら面倒です」


 折れたのは神谷愛のほうだった。てか、いまさりげなく俺をゴミ呼ばわりしたよな。


「もうゴミ呼ばわりを隠す気なしかよ」


「あのー勝手に話が進んでますけど私の意見は……」


 か細い声で袖浦が抗議するが二人には聞こえていない。


「そうと決まれば早速行きましょう! あ、ここって下着とか売っているのかしら?」


 売り場をキョロキョロと見回すナイトレイ。


「ど、どうしてこんなことに……」


 袖浦はチラチラと俺を見てまたしても助け舟を求めてくる。


 ただ今の神谷愛とナイトレイのやり取りをみるに俺がなにを言っても気が変わることはないだろう。


 頼みの綱である神谷愛も折れてしまっている。


 神谷愛が苦労している理由がよくわかったな。


 こうなってしまっては仕方がない。ここは事の成り行きに身を任せるか。


 今すべきことはいかに家が隣同士だとバレずにお泊まり会というミッションをクリアするかどうかだ。


 タフなミッションになりそうだが、俺と袖浦なら上手くこなせるだろう。たぶん、おそらく、きっと。

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