パートナーセレクト15

 多目的ホールにやってくると、俺らが最後なのかアイドル科を含めた全員がそこに集まっていた。


 マネージャー科の人間は列を作り、アイドル科の人間は学校指定のジャージ姿でばらばらに散ってダンスを踊る者や発生練習をしている者と様々だった。


 ナイトレイや星宮の姿も確認できる。余裕綽々なのか落ち着いた様子だった。


 そこには袖浦もいて周りが準備をしているのに関わらず、ただ黙って体育座りをしていた。


 客観的に見れば一周回って諦めているように見える。


 だが、俺には神経を研ぎ澄ましているというか、集中しているように思えた。


 今日の袖浦はいつもとはどこか違う。今の袖浦の出で立ちは試合前の選手のようだ。


 俺と会わないようにしていた一ヶ月でなにがあったのだろうか。


 多目的ホールは最初にダンスを見せられた時とは変わって、様々な音響機械が設置されている。


 『輝石学園生劇場』で似たようなものをいくつか見ていた。


 随分と本格的にやるんだな。


「そろそろ始まるぞ。早く列に加われ」


 後ろから天野先生が声をかけてきた。その隣には藤沢先生が立っている。


 と、始業を告げるチャイムが鳴り始めた。


 それを合図に散らばっていたアイドル科の人間たちがすぐさま列を成した。その素早さはまるで軍隊のようだった。藤沢先生は満足そうに頷くと生徒たちの前に立つ。


 この人がこうなるように訓練をしたんだな。


「はーい。ではマネ科、ドル科の合同授業を始めますー」


「パートナーセレクトにおける最後のアピールの場だ。アイドル科の人間は最大限自分を魅せて、マネージャー科の人間はしっかりとそれを見届けるように」


「じゃあ、マイクを配っていくねー」


 先生たちは音響機材の近くに置かれていたアタッシュケースを開くと、アイドル科の人間たちに次々とマイクを手渡していく。


 受け渡されたアイドル達は自分のポジションがあるのか配置についていった。


 ナイトレイを中心にその横を星宮や他の生徒で固めている。


 袖浦の後列に回っていた。あまり目立たない所だな。


「これよりアイドル科の人間には一時間ノンストップで歌って踊ってもらう。辛いだろうが、『輝石学園生』のライブだったらこのくらいはざらにある。正所属になりたいのであればこのくらいはらくに踊ってもらわないと困るな」


 天野先生の発言に俺はびっくりしてしまう。一時間踊って歌うのかよ。


 インターバルなしで動き続けるって相当辛いぞ。


 よく部活で一時間永遠と自分のペースで走り続けるというのをやっていたが、何度も死にそうになっていた。


 これはかなり過酷になりそうだ。袖浦は大丈夫だろうか。


 そんな俺の心配はよそに袖浦は落ち着き払っていた。ここまでくるとむしろ期待できるのかもしれない。


 藤沢先生が機材に繋いだパソコンを操作していると、突然音楽が鳴り始めた。


 『輝石学園生』の曲に合わせてアイドル科の人間たちが踊りだす。


 確か歌詞のほとんどが英語でアメリカとかで人気の曲だったと思う。


 入学当初から息の合ったダンスを全員でこなしていたが、今はさらに洗練されている。


 まるで全員が一体の生き物のように寸分たがわずに動いていた。


 センターに陣取っているナイトレイは飛び切りの笑顔を見せながら金色に輝く髪をなびかせている。


 やはりそれだけでこいつは目立つ存在だ。


 隣にいる星宮は負けじと応戦しているようにも見えるが、やはりナイトレイに視線がいってしまう。


 ナイトレイが生まれた時点で持っている才能や容姿の違いがそこには歴然と出ていた。


 ただ、ナイトレイにはオーラを感じない。あの『輝石学園生劇場』の舞台に立っていた人間に比べればまだまだのように思える。


 神谷さんが話していたが、何度もステージに立ち、人の目にさらされ仲間と研鑽し合えばナイトレイにも身につくものなんだろう。


「ん……?」


 袖浦に視線を向けてみると、明らかに前回と違う点があった。


 袖浦のやつしっかり踊れているじゃないか。全体の規律を乱すことなく踊っている。


 いや、しっかり踊れているなんてものじゃない。周りに比べて素人目からみてもわかるくらいレベルの違いを見せつけていた。


 一つ一つの振りがとても丁寧で大きく指先から足元の先まで全てにしっかりと意識が向けられている。


 まだまだ序盤だが、最初に見せられた頃にはなかった笑顔も袖浦からこぼれている。


 歌い始めてからも袖浦の踊りに乱れはない。むしろ、周りは歌に意識を取られすぎて少しだけ動きが雑になっているように思えた。


 これだよ。俺が林で見かけたときの袖浦がそこにはいた。


 やれば出来るじゃないか。俺の心配なんて杞憂に過ぎなかったってわけか。


 マネージャー科の面子も後ろにいる袖浦の動きが気になり始めたのか注視するものが増えてきた。


 天野先生も驚いたように袖浦を見つめている。


 それはそうだろう。あの全く踊れていなかった女子がここまで変わっているのだから。


 双子の姉妹で入れ替わっているんじゃないかと疑いたくなるはずだ。


 曲が終わると、ナイトレイはセンターの位置から流動的にずれて今度は星宮がそのポジションに入った。


 すぐさま新しい曲が流れて動きは止まらない。


 今度はスローテンポで俺でもやれそうなほどダンスの難易度は低い曲だが、可愛い振り付けの曲だった。


 星宮はあざとさ全快でこちらに愛想を振りまいてくる。


 内面を知っている俺は険しい顔をしてしまう。隣にいる田中は大盛り上がりだ。


 そこでも袖浦は圧倒的な存在感を示した。恥ずかしがらずに愛らしいポーズを次々と決めている。


 曲が終わるたびに何度も何度もセンターが変わっていって、アイドル科の人間たちは歌い踊り続けた。


 三十分もしてくると段々と変化が生まれてくる。やはりというか、体力が持たないのだ。


 半数近くの生徒は額に大粒の汗を浮かべて、無理して口元を緩めている。


 踊りもキレがなくなり、人によっては音と振りがズレ始めている。歌声も途切れ途切れになりとても辛そうだ。


 ナイトレイも星宮も徐々にだが疲れの色を見せ始めている。ただ、そこでも元気だったのは袖浦だった。


 曲が始まった頃となんら変わらないものを見せつけている。むしろギアが上がり始めているように思えた。


 幸せそうな笑みを浮かべながら、それでも丁寧でダイナミックに踊っている。


「さすがに私もこれは見抜けなかったなーって」


 いつの間にか隣に来ていた藤沢先生が俺に話しかけてきた。

「芽衣ちゃんだけ周りとレベルが違うからーダンスレッスンはプロの講師じゃなくて私が見ててあげたんだけどねー。ある日を境に嘘みたいに徐々に上手くなって私としてもびっくりしてるんだよねー」


「嘘みたいっていうか元々袖浦はダンス上手いんすよ」


「あー、そうだったんだー」

 ただ袖浦は問題を抱えていたはずだ。


 人前で踊れない……とあいつは話していたが、その問題を解決できたのだろうか。


 いや、今こうしてやってるのを見るにあいつは自力でなんとかしたんだろう。


 なんていうか、あいつは思ったよりすごいやつだよな。全部自分でなんとかしてしまうんだから。


「でもねー。芽衣ちゃんの真価はここからだよー」


 袖浦の真価? まさに発揮されていると思う。これ以上ないものを袖浦は出しているはずだ。


 もうそろそろ一時間が経ちそうになると、半数以上の人間が歌えなくなっていた。


 せめてダンスだけはと必死に食らいつこうとするが、今すぐにでも倒れそうだった。


 星宮も余裕がなくなっているのか声がほとんど出ていない。


 あのナイトレイですら呼吸を乱している。やはり過酷なものなんだな。


 そんな中でもやはり袖浦は頑張っていた。衰えを知らずにがむしゃらに踊り続けている。


 アイドル科の人間たちは化物を見るような目で袖裏に視線を送っていた。


 そんな袖浦も土砂降りの雨の中にいたかのように髪が汗で濡れている。


 動くたびに汗が地面に飛び散るが、袖浦は笑みを崩さない。


 ようやっと袖浦の番がやってくる。掛かり始めた曲に聞き覚えがあった。これは劇場で峯谷が歌っていた曲。確か

『アップアップ』ってソロ曲で袖浦が好きだったものだ。


 そうなると、歌うのは袖浦だけになる。後のメンバーはダンスに集中することが出来るし、圧倒的に袖浦が不利だ。


さっきまでは全体で歌う曲ばかりだったのにどうして。


「これ……かなりやばいっすね」


「そうだねー。芽衣ちゃんも限界っぽいしー」


「限界? まだまだ踊れそうな気がしますけど……」


 確かに大量の汗をかいてはいるが、まだまだ体は余裕そうだった。


「ふふー。これが彼女の真価だよー」


「……どういう意味っすか?」

「追い込まれても追い込まれても必死に耐えて頑張る、壊れない心だよ」


 藤沢先生はいつもの細めている目を開いて袖浦をしっかりと見つめている。


「アイドルはとても過酷なものでねー。どんなに容姿がよくてもどんなに才能があってもその過酷さに耐えられなければ意味がない。結局最後にものをいうのは根性なんだよー」


「袖浦にはそれがある、ってことですよね?」


「うん。でもそれはねー。彼女一人では引き出せないみたい」


「というと?」


「君がいるから芽衣ちゃんはどんなに辛くても頑張れるんだよー」 


 俺がいるから袖浦は頑張れる。いや、そんなことはないはずだ。すると、袖浦がこっちに視線を送っていることに気づいた。踊りつつも決して俺から目を離さない。


 その瞳には私を見て欲しいと書かれているように思えた。


 あの受験の日に俺に向けてくれた曇りのない、いい目をしている。


「たぶんその頑張りが人を惹きつける引力に変わるんだろうねー。私が芽衣ちゃんに惹かれたように」


 藤沢先生は記憶を辿るような顔をしながら発言した。


 と、そこから袖浦が歌い始めた。


『君はまだ坂を登り始めた途中――』


 峯谷ユリカとは違い、幼さを感じさせる声。


『この坂は舗装のない悪路――らくはできないよ――』


 もう一時間近く踊って歌っているのに袖浦の声はブレない。


『だけどめげないでその坂の頂上では――』


 苦しいはずだが決して笑顔を絶やさない。


『君が求めていたモノが必ずあるから――』


 一つ一つの言葉にはしっかりと意思が込められていて、聞いた人間の心にすっと入ってくる。


『アップアップ――土砂降りでも大雪でも足を止めないで――』


 サビに入るとそこからは袖浦の独壇場だった。周りで踊っている人間が視界に入らない。


 ただただ袖浦芽衣という一人の少女に視線がいって周りはただの背景となった。

 

 これが引力ってやつか。

 

 エマ・ナイトレイも星宮も今はただ袖浦を引き立てる素材の一つでしかなくなった。


 マネージャー科の人間も全員が袖浦に釘付けになっている。


『一人じゃ進めないなら私が隣にいるよ――』


 その袖裏はただ一点俺を見つめている。


 ああ、そうか。そいうことだったのか。


『周りの雑音なんて気にしない――私がかき消してあげる――」


 袖浦、この一ヶ月顔をあわせてこなかったけどちゃんとお前の思い。届いているぞ。


『一緒に見ようね――この坂の頂上でどこまでも続く景色を――』


 ああ、そうだな。一緒に行こう。お前が俺の手を取って坂の上を目指してくれるなら頑張ってくれるなら、俺もまたお前のために頑張るさ。


 袖浦が俺がいて強くなれるならいくらでもそばにいてやる。


 先程まで袖浦が俺を見捨てるんじゃないかと考えていたのが恥ずかしくなる。たぶん袖浦はここ一ヶ月で俺に隠れて努力してきたのだろう。


 サビが終わってからも袖浦のパフォーマンスは圧倒的だった。ただダンスが上手いだけじゃない。


 なにかを必死に伝えるその姿は綺麗だった。


 俺だけじゃなく周りの人間を魅了してしまうほどに。


 最後の振りが終わって曲が停止した。それと同時に周りの人間たちが限界だと地面に座り込んだ。


 俯き加減で静止した袖浦だけがその場に立っている。その顔はよく見えない。


 マネージャー科の人間たちから割れんばかりの拍手が上がった。


 天野先生すらも控えめに両手を叩いている。


 その賞賛の音はほぼ全て袖浦に向けられたものだろう。


 今ここで袖浦の評価は覆った。入学時では冴えない一人の少女でダンスも踊れない人前では喋れない。


 全員が気にも止めない存在だった。でも、これを見た人間でそれを思っている人間はもういないだろう。


 間違いなく袖浦に対して未来を見たはずだ。大舞台に立つあいつの姿を。


「まぁ、よくやれたほうかなー。課題はまだまだ多いみたいだけど」


 藤沢先生がポツリと呟くと、立っていた袖浦が受身も取らずに前に倒れてしまった。床から俺の足に振動が伝わると俺は慌てて駆け出した。


「袖浦!」


「はぁ……はぁ……ご、ごめんね……なんか……体……動かない」


 限界を突破して倒れるくらい踊って歌ってたってことかよ。


 俺が呼吸をしやすいように体を動かしてやろうとすると、天野先生が叫んだ。


「触るな! もしかしたら危険な状況かもしれない。下手に動かして病状が悪化したらどうする。神谷は保健室に行って先生を呼んで来い」


 俺は袖浦に差し伸べた手を引っ込めた。天野先生の言うとおりだ。下手に手を出したらかえって危険かもしれない。


 養護教論がやってくると、とりあえず生命の危機はないのがわかった。


 担架を使って保健室へと運ぶことになり俺と天野先生でその役割を担った。


 藤沢先生もついていくことになり、ほかの生徒は教室に戻るよう指示が出る。


 保健室に連れてきた袖浦をベッドに寝かせると、後は養護教論に任せて天野先生と教室へと足を向けた。


 その場に残りたい気持ちもあったが次の授業が迫っていた。もどかし感情がぐるぐると腹の中で回る。


 袖浦のやつ、大丈夫だろうか。

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