パートナーセレクト 9

 ソファの目の前には俺の膝下くらいのローテーブルがあるのだが、その上は悲惨にも本やお菓子のゴミで溢れかえっている。


 そこには電子レンジなんかも置かれていて生活感をかもし出していた。


 さらにその後ろには本来資料を閲覧するため机があった。


 しかし、その机の上には据え置きのパソコンと七十インチ以上の頭がおかしいくらい大きなテレビが置かれている。もうそこは本来の機能を失っていた。


 はっきりといってここは不衛生だ。しばらく掃除機もかけていない。ゴミも処理していない。


 地下だというのがあいまってこの空間はとても息苦しい。仕事じゃなくても今すぐにでも大掃除をしたい気分に駆られるが今は我慢だ。


 神谷さんからはこいつの許可が出なければ手を出してはいけないと言われている。


 俺は仏頂面で蓮の隣に座った。


「それでなにが聞きたいんだよ。連絡した通りだぞ」


『その同級生の女子とやらの特徴とくちょうを教えてクレメンス』


 教えてくれ、ということでいいのだろうか。


「んー、とにかく小さいやつだな。それで目が大きくて、小動物っぽくて……」


『ロリっいいね! 顔写真はよ!』


 蓮はぐいっと体を寄せてくる。やめろ。今日のお前の面だと恐怖を感じるから。


「顔写真なんてあるわけないだろ。てか、知り合って間もないし」


『エロゲーの主人公かなにかかな? んで、空はヤったの?』


「ヤらねーよ! いくらなんでも電光石火過ぎるだろ!」


『今時出会って五秒で合体しないゲームなんて売れないゾ』


「全国のゲームメーカーの人に謝れ!」


『……確かに今の発言には誤解があるな。エロがなくても面白いゲームはたくさんある』


 蓮はそう言うと、テレビに繋げられたゲーム機のスイッチを入れる。この流れは今日はゲームなのか。


 無駄に画質のいいテレビがゲームの映像を映し出す。


 テーブルの上をゴソゴソと漁ると俺にコントローラーを渡してきた。俺はそれを受け取る。


 蓮とは今日で六回目くらいの顔合わせだ。


 毎回俺はこいつとゲームかアニメを見ている。


 正直ゲームもアニメもよくわからないが、こいつを満足させるためなら仕方がない。

 

 タイトル画面が表示されて蓮が慣れた手付きで操作していく。すると、キャラクター選択画面へと移行した。これは格ゲーってやつだな。これとは別のやつを一昨日くらいにやっている。


 俺はコントローラーを確認しながら、軍服を着た筋肉がとても目立つキャラを選択した。対する蓮は巫女装束の女性キャラを選んだ。


『このキャラ凄い海外人気あるんだよね』


「ふーん。なにか理由でもあるのか?」


『巫女キャラだからじゃね? 向こうだと珍しいんだろ。ちなみに元はエロゲです』


 結局エロなのかよ。と、バトル画面に移動した。俺はなんとなくボタンを連打してみるが、蓮の動きの方が素早くすぐに身動きがとれなくなってしまった。


 蓮の連打が続きみるみるうちに体力が削られて、気が付けば負けていた。相変わらず強すぎるんですけど。


『雑魚すぎワロタ』


「ゲームあんまりやったことないんだよ。許せ」


『こんなんじゃ俺は満足できねーぞ』


「わかってるって」


 そこから何度やっても蓮に勝てることはなかった。その度に蓮が俺を煽るようにちょっかいを出してきて、本気でぶ

っ飛ばそうと何回か考えた。


 ただ、こうやって時間を忘れてゲームをするというのはなかなかに楽しい。これでお金をもらっているというのはとても心苦しくはあるが。


 しばらくすると、終業時間が近づいてきた。俺は腕時計を確認する。時刻は九時半。十八歳未満が十時を超えて働いてはいけない決まりがあるらしく、俺はそろそろ帰らなければならなくなった。


『そろそろ帰るか?』


「んー」


 とは言っても、ちょうど盛り上がり始めたところだ。もう少しだけここにいたい気もする。


「タイムカード切ったらまた戻ってくるな」


『……昨日は休みだから来ねー、とか言ってたくせに今日はどういう風の吹き回しだよ。そこまでしてここの掃除をしたいのか?』


「それはしたいだろう。ここめちゃくちゃ不衛生だし、俺が初めて任された仕事だ。ちゃんとやりたい」


『点数稼ぎ乙』


「何とでも言えよ。まぁあとは……なんとなく楽しいからだな」


 途端に蓮の指が止まった。俺の顔を伺うようにひょっとこがこちらを見ている。


「小学生のときは家事で忙しかったし、中学生も部活で忙しかったから、こうやって遊んだ経験が数えるくらいしかないんだよ。だから、新鮮でな」


 俺は照れくさくて頬をかいた。なんだかんだ言いつつもこの時間は楽しいものだ。蓮は口が悪く変わった奴で頭に来ることもあるが、気を使わなくていいし、一緒にいて疲れなかった。


 出会ってまだ間もないが、古い友人のような。そんな親しみやすさを感じる。


 こちらを見ている蓮はお面で表情は見て取れない。ただ、俺をジッと見てなにかを考えているようだった。


 しばらくすると、スマホを持つ蓮の指が動いた。


『……変わったやつ。俺なんかと付き合っててなにがいいんだか』


「さぁな。それから変わってるのはお前な」


『……ここに泊まるんだったらこれやるから下着と俺のご飯買ってこい。シャワーは会社のやつ使えばいいからな』


 そう言ってジャージのポケットから一万円を取り出すと、俺に渡す。そんな大金を渡されても困るな。


 いや、それより待て。こいつ今、泊まるとか言ってなかったか。


「え……泊まるなんて一言も言ってないんだけど……」


『なに言ってんだよ。今日は神アニメと名高い『ガラナド』を朝まで全話視聴するからな。それに未成年を夜遅い時間に帰せないし』


 途端に常識的な発言を繰り出す蓮。いや、この時間帯に高校生をパシリに使ってる時点で非常識な奴だよな。普通に考えて。


 明日は学校だが、制服や鞄は一式ロッカーに閉まってある。一応なんとかなると言えばなんとかなるか。


 俺は溜息を吐いてから一万円を受け取った。ここに残ると言ったのは俺だししょうがないか。


 タイムカードを切ってシャワーを浴びて買い出しと済ませると、アニメ鑑賞会が始まった。最初はありえないキャラの目の大きさや髪色、言動などに戸惑ってしまったが、これがなかなかどうして面白い。


 最終話はまさかの展開で、これがまた泣けた。俺と蓮はお互いが隣にいるのにも関わらず鼻をすすりながら泣いてしまった。


 アニメを一気に見終わっても熱が冷めずに蓮と二人でソファに体を預けながら感想を言い合っていた。だが、しばらくすると、眠気がやってきて気が付けば夢の中だった。


 俺がパッと起きたのは朝の7時半だった。隣にいたはずの蓮はもういなくなっていて俺だけが取り残されていた。なんだよあいつ起こしてくれなかったのか。


 急いで荷物をまとめて会社を出ても学校に間に合うかどうか微妙な時間だった。俺は慌てて準備して会社を飛び出すと、朝から息を切らして駅に向かった。


 なんとか、間に合いそうな電車に滑り込むようにして乗り込んだ。


 これに乗ってしまえば一安心。そのタイミングで蓮から連絡が飛んできた。


『昨日はなかなか楽しかった。だが、まだまだ足りないからな』


 俺は苦笑いしてしまう。あれでもだめなのか。俺的には結構満足した時間だったんだけどな。


 俺が満足したところでしょうがない話ではある。


 続けて通知がやってきた。


『けど、俺からいいアドバイスをしてやるよ。直近にあるパートナーセレクト。たまに強引に迫ってくるやつがいるから気をつけろよ。特に空の特別な事情を知れば寄ってくるアイドルは多いからな』


 強引に迫って来るやつか。具体的にはどう強引なのかはわからないが、蓮のアドバイスは心に留めておくか。


 蓮の素性は全く知らされていないが、この発言を考えるに『輝石学園生』の関係部署にいる人間なんだろうな。


 それでいてあんな資料室を私物化するのが許される人物。俺の中ではそれが許されそうなのは神谷さんくらいのものだと思う。


 蓮について考えても仕方がないか。おいおいわかってくるだろう。

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