パートナーセレクト10
☆
今日は大元君に迷惑をかけちゃったなぁ。
マネージャー科の人たちとの顔合わせが終わり、下校時刻になった私は大元君と出会った公園のブランコに座っていた。
椅子を支える鎖は錆び付いていて顔を近づけなくても鉄の匂いが鼻腔をくすぐった。
大元君と一緒に帰ろうかと悩んだけど、多目的ホールの出来事が頭をよぎり一人で帰ることにした。
顔をあげると空はどんよりと曇っている。
私は足を蹴り出してブランコを漕ぎ始める。
大元君、私のダンスを見て幻滅しちゃったかな。パートナーになってくれるって言ってたけど、呆れてやっぱりやめた、なんて言われてしまいそうだ。
私のせいで無意味に藤沢先生に怒られもしてしまったし、あわせる顔がないよ。
私はダンスを踊るのが苦手だ。大元君には人前だと上がって踊れなくなると話していたけど、本質は違う。
私は人前で踊ると恐怖から頭が真っ白になってしまうのだ。
理由は過去に遡る。
子供の頃の私はそれなりに活発な少女だった。
今と比べたら想像できないほど明るく男の子にも負けないくらい気の強い女子だったと記憶している。
私のママはダンス教室の先生で、物心を着いた頃から私はダンスをやらされていた。
最初の方はただ自分が思うがままに踊りを純粋に楽しんでいたと思う。
ただ、ママが私に才能があると騒ぎ始めてからは、途端にダンスが嫌いになった。
日夜ダンス漬けの日々に、優しかったママが教室だけじゃなくて家のなかまで私に厳しくなってしまった。
ダンスのせいでママが変わってしまった。幼い私はそう考えてダンスが嫌いになった。
私は好きだったダンスが嫌いになってしまったけど、ママの期待に答えようと必死に頑張った。
大会で優勝した時だけママは優しく私を褒めてくれたし、それがなにより嬉しかったから。
けれど、ある日を境に私は人前でダンスが踊れなくなった。
とある大会中に振り付けを忘れてしまって、動きを止めてしまったのだ。
勿論その大会では勝つことができなかった。ママは私を激しく叱りつけて最終的に暴力を振るわれてしまった。
それが原因で人前でダンスを踊る時になると、また失敗してしまうんじゃないかと、恐怖に陥るようになる。
ダンスが始まると頭が真っ白になるようになり、曲の音も聞こえなくなってリズムが一切取れなくなった。
それを何度も繰り返す度にママに怒られて、益々踊れなくなることに拍車をかけていくことになる。
しまいにはママは私に呆れてしまって、口すら聞いてくれなくなってしまった。
私はどんどんとダンスが踊れなくなって、次第に自分に自信がなくなり塞ぎ込んでしまっていった。
人前に出るのも怖くなり、他者とのコミニケーションまで恐るようになってしまう。
唯一まともに踊れるのは『輝石学園生』の曲だけ。なおかつ一人じゃないと無理だ。
だから、大元君に見られたときは本当に混乱してしまった。
「……このままじゃアイドル失格だよね」
アイドル科に受かれたのは涙が出るくらいに喜びがある。
このままでは私は転科させられてしまうだろう。
大元君がいてくれれば踊れるような気がした。
でも、私に根付いた恐怖心はそれすらも凌駕してしまうらしい。
パートナーセレクト。やっぱり大元君を指名するのやめようかな。
私のせいで大元君はマネージャー科にいられなくなってしまう。
折角いい人なのに私と一緒になったがために道が閉ざされるのは耐えられない。
「学校外でもアイドルたれー」
ふと、おっとりとした声が聞こえてきた。私は音のした方に振り向いてみる。
そこには帰宅中なのか鞄を肩に下げた藤沢先生が立っていた。
私は心臓を掴まれたような感覚に襲われて思わず立ち上がってしまう。
「常に見られているんだよー。アイドルがそんな暗い顔していいのー?」
「だ、ダメだと思います……」
「うんうん。じゃあ、なんでわかっているのにそんな顔してたのかなー。ねぇ、馬鹿なのー?」
いつものようにグサリグサリと私に鋭い言の葉を突き刺してくる。
よりにもよって藤沢先生が現れるとは思ってもみなかった。
「今日のこと考えてたのー?」
「そ、そうですね……」
「あれだけボロボロだったのによく教室にいられたよねー。私てっきりトイレでずっと泣いているものだと思ってたよー」
泣きたい気持ちはあった。でも、逃げたところでしょうがないので必死に堪えていた。
「……ねぇ。試験の日に言ってた応援してくる人って大元君でしょー」
私はドキリとしてしまう。どうしてわかったのだろうか。あの日の出来事は私と大元君くらいしか知らないはずなのに。
「ど、どうして……」
「女の勘かなー。後は彼をパートナーにしようかと考えているでしょー」
またしてもズバリ的中している。私は段々と恐怖を感じるようになっていった。この人は占い師としての才能もあるのかな。
「一応そうやって考えていたんですけど……私じゃ足を引っ張ってしまうので……」
「確かにやめたほうがいいかもねー」
藤沢先生は私が座っていたブランコの隣に腰を下ろした。
私は一瞬戸惑ってしまうが、ずっと立っているのも逆に失礼かな、と同じようにブランコに座った。
「だって大元君、マネ科の試験を通過できなかったら路頭に迷っちゃうんだからー」
大元君が路頭に迷ってしまう? それはどういう意味だろうか。
マネージャー科の試験はアイドル科同様に年三回行われてそれに通過できれなければ転科か退学になってしまう。
でも、転科を選択すれば高校は卒業できるんだし、路頭に迷うことはないはずだよね。
「彼はねー。チーフ……神谷さんに仕事を紹介してもらってるのー」
「仕事、ですか……? 学生なのに?」
大元君は神谷由伸さんにこのマネージャー科に来ないかと誘われたと話していた。
神谷由伸さんとは面識があるし、仕事を紹介してもらっという話には
藤沢先生の言っているのは嘘ではなさそう。
「彼のお母さんが病気で働けなくてねー。本当は中学出たら働かなきゃいけなかったらしいよー。でも、そこを神谷さんに拾われたってわけだー」
大元君のお母さんが病気で働けない。昨日はそんなこと一つも言っていなかった。家庭的に複雑な問題だから私には話さなかったのかな。
『夢を追いかけたくても追いかけられない人間が目の前にいるんだぞ! 夢を目指したくても目指せられないんだよ』
大元君はこんなことを言っていた気がする。それは家庭の事情で働かなくちゃいけなくて、夢を追いかけたくても追いかけられなくなってしまったって意味だったんだ。
「でもねー。在学中に仕事を続ける条件が、マネ科で生き残り続けることなんだよー。だから試験を落ちれば即無職、即退学。そうなったら彼の人生はほとんど終わってしまったも同然だよねー」
「え……?」
大元君はマネージャー科に居続けなければ仕事をクビになってしまうってことでいいんだよね。
しかも学園にもいられなくなってしまう。
仕事先も失い、高校も卒業出来なくなってしまう。その後大元君に待っているのは苦しい日々だろう。
となれば、選ぶパートナーは自分の将来を担うとても大切な存在になる。
それを私に任せるというのだろうか。大元君はもっと現実的に考えたほうがいい気がする。
私なんかじゃなくてナイトレイさんとかのほうが無難だと思う。どうして私なんかに。
あの人は私に自信を持てと言ってくれた。でも、それとこれとは話が別。
誰が見ても私が周りに比べて能力が劣っているのは明白。
私に誰か一人の将来を一緒に背負うほどのアイドルとしての才能はない。
「重いよねー無理だよねー。あなたが一つ間違えれば彼は裸で闇に放り込まれちゃうんだからー」
「……」
「……それでいいのー?」
「……?」
「彼はあなたを応援してくれたんでしょー。大元君がいたから試験を乗り越えられた。今日も芽衣ちゃんを庇ってくれた。君は助けられてばかりだねー」
「……そうですね。私は助けられてばかりです」
「だったら今度は君が彼を助ける番だよ」
いつもはニコニコとして、どこか腹の中では暗いものを隠してそうな藤沢先生が真摯に私の瞳を見つめた。
「私が……大元君を助ける……?」
「そうだよー。恩を感じているのであれば、芽衣ちゃん自らが体を張って彼を守ってあげないとー。それともー、他の人に彼を任せるー?」
大元君が他の人に……。私は胸にチクリとしたものを感じた。思わず片目を瞑ってしまう。なんていうか。言葉にするのは難しいけど、それは嫌だな。
私はろくにダンスを踊れないような人間だけど、他の人に大元君を取られるくらいなら自分が、とは思う。
恩を感じているなら自らが体を張る、か。私にそれが出来るかな。
理想と現実は違う。私にできるとは到底考えられない。
「なんだか殻に閉じこもっているみたいだけどさー。それを破らないとアイドルにはなれないよー。ってなわけでー、ここまで言ったんだから後はしーらない」
ブランコから飛ぶようにして立ち上がると、藤沢先生は私を見ずに歩いていってしまった。
藤沢先生はわざわざ私のために時間を割いてくれたようだけど、ますます大元君の近くにいていいのかわからなくなってしまった。
私の存在は大元君を闇に突き落としてしまうんじゃないか。
でも、彼がパートナーであるなら私はとても嬉しい。
私の思考はふわふわしていてどっち付かずになってしまっている。
なんとかすぐに答えを出さなければ。早めに出せれば大元君だって別の人を探せる時間がその分伸びる。
翌日の朝は一人で登校することになった。
昨夜から大元君の家から気配がなかったから、たぶん家にはいない。
私としては少し気まずかったしちょうどよかった。
学校での授業は一般科目の授業やアイドル科のボイスレッスンなどがスタートして本当に忙しい一日となった。
昼休みの時間などで大元君を見掛けたが、話かけるのはやめておいた。
まとまらない今の思考で大元君と会話はなるべく避けたい。
今後どうしようか授業中に必死に考えた。彼をパートナーに指名すべきなのかそうじゃないのか。
私は一つの決断をした。やっぱり大元君に私はふさわしくない。確かに大元君に恩は返したいけど、それとこれとは話が別だよ。
私一人のせいで大元君の人生をめちゃくちゃにはしたくない。私は大元君に恩義を感じているからこそ、別の人間がパートナーになるべきだと考えた。
大元君はきっと私じゃなくても大丈夫だ。他の人に対しても大元君は優しいだろうし、私と同じように応援して期待するはずだよね。
放課後になって私は大元君を非常階段に携帯で呼び出してそれを伝えることにした。
大元君は承諾してくれて、私は非常階段へと足を運んだ。
あの人はなんていうのかな。きっと私を思って色々言ってくれるに違いない。
でも、これは私なりに大元君を思ってだした結論。曲げるつもりはなかった。
非常階段にやってくると、誰かが話している声が聞こえる。
「ねぇ……私のマネージャーになってよぉ」
非常階段の下の空間を覗き込んでみると、そこには大元君に抱きつくようにしている一人の女の子がいた。
私はその子を見て目を丸くしてしまう。動悸が激しくなるのを感じた。
なんであの人が大元君に……
そこにいたのは
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