輝石学園マネージャー科 8

                     ☆


 木目調の地面の板はワックスがかけられていて照明の光を反射させていた。


 ここはアイドル科の水着審査と面接を兼ねた試験会場の多目的室。


 私の前には長方形のテーブルがあり、その後ろでは数人の審査員が椅子に腰を下ろしていた。


 どの人も私に不快感を示すような顔をしている。


 パイプ椅子に腰を下ろした二十人の女の子たちも驚いたように私に注目している。


 当然だった。


 今の私は水着審査にも関わらず下着でいるから。


 私以外の人が見ればどうした、と心のなかで思っているはず。


 普段ならこの注目に耐え切れずあたふたとしてしまうだろう。でも、今は不思議と落ち着いている。


 私に残された手段は下着になることだった。これなら水着と同じように審査してもらえるかもと考えた。


 ただこの反応を見るにダメみたい。


「なんで……下着なのかなー?」


 長テーブルに肘をついて両手を開いて顎に乗せた女性が私に訪ねてくる。


 この人を私は知っている。


 十年前まで『輝石学園生』に所属していたアイドル。


 藤沢聖ふじさわひじりさんその人。


 『輝石学園生』の一時代を築き、人気投票では全体三位に食い込んだほどの実力者だった。


 引退してからは輝石学園の先生をやってるって聞いたけど、本当だったみたい。


「その……事情がありまして……」


「ふーん」


 私の全身を舐め回すように見る。


 おっとりした目にふわっとした栗色のショートの髪型。


 一見癒し系アイドルのようにも見えるけど、実際はその逆。この人はS系アイドルとして売り出されていた人だった。


 現役時代から発言が過激で、カメラの前でも笑顔で毒を吐くような人。


 どんな大物芸能人に対してもそのスタンスを崩さずに、物怖じしない姿はお茶の間ではとても人気だった。


「ねぇ……今は水着審査なんだよー。下着審査じゃない。わかっているよねー?」


「はい……」


「例えばこれがドラマのオーディションだったりするとしましょうー。先方はどう思うかなー? 指定されたものも持ってこれない子だな。撮影でも同じことやるだろうな。じゃあ、この子を選ぶのはやめようー。それだけで済めばいいよー? でも、『あの輝石学園生の』って言われちゃうんだ。君に悪気がなかったとしても今まで築いてきた『輝石学園生』に泥を塗ってしまうことに繋がる。わかるよねー?」


「……そう……ですね」


「認めるんだー。じゃあ、不合格ねー。オーディションは常に戦場です。銃を持っていない人間はすぐに死んじゃいますからー。あなたは今死にましたー。どうぞ帰ってください」


 語尾は伸びているけど、確実に私の心を折に来ようとする。テレビでの彼女の毒は笑わせるための毒だったことがわかる。


 今私に吐いている藤沢さんの毒は完全に私を殺そうとしているもの。


 普段だったらこの場で泣いて動けなくなっているだろう。でも、今はなにを言われても大丈夫だった。


 そっと、彼が握ってくれた両手を擦った。まだあの人の温もりが残っている。ここで引いたら大元さんに顔向けできない。


「帰れません……」


「んー? 聞こえないよー」


「帰れません。私、まだ審査してもらってません」


「だーかーらー。さっき言ったじゃーん。もう君は不合格ですよって。早く帰ってよー。次が迫ってるんだからー」


「水着を持って来なかったのはその……色々あって……でも……私は諦めるわけにはいかないんです……」


「諦められない理由があるのー?」


「はい……」


「なるほどねー。じゃあ、答えてみてー」


 私は両手を見つめる。とても怖い状況なのにまるで海のように心が穏やか。


 諦められない理由と今まで聞かれたら間違いなく『輝石学園生』が好きだから、と答える。


 ママとの仲が悪くなりながらも無理やりダンスをやらされていたとき。中学校に入っていじめをうけながらも耐えたとき。私の心を癒してくれたのはいつも輝石学園だった。


 初めて峯谷ユリカさんのライブを見たときは衝撃を受けた。世界にはこんなにも楽しそうな世界があるんだってワクワクした。


 憧れて、憧れて、憧れて。それはいつしか夢に変わっていた。絶対に叶わない夢。


 それでも私はこのアイドル科を受験した。


 でも、今はそれよりも合格するのを諦められない重要な理由がある。


ごつごつして大きな手を思い出す。まるで私のお父さんのように逞しくて優しい温もり。たぶん、年上だと思うけど、一生懸命に私を助けてくれた人。


 興味のない私の趣味の話に笑って付き合ってくれて、私に優しくしてくれた人。私に期待してくれた人。


 大元さんは私に言ってくれた。


「こんな駄目な私でも応援してくる人がいるからです」


 今まで経験のない本当に自然な笑みが出た。すると、肘をついていた藤沢さんが背筋を伸ばした。私を観察するようにじっくりと見る。


「……」


 しばらく無言で私と周りの水着の女の子たちを見比べ始めた。藤沢さん以外の審査員の人はどうかしたのかと藤沢さんを見つめている。


「ぷ」


 突然藤沢さんが笑いを堪えた息を吐いた。


「よくそのちんちくりんな体で下着になれたよねー」


 そこからは酷かった。体の未熟さを指摘されてから、顔のパーツが悪い。なぜ書類選考が通過できたのか。雰囲気が暗い。とてもアイドルとしては使い物にならない。


 途中からは私よりも後ろの席に座っていた人が泣き出してしまっていた。とても学校の試験のとは思えないほど罵詈雑言が飛ぶ。


 でも、私は淡々とそれを受け入れていた。藤沢さんが言っているのは正しいことだと思ったしわかりきったものばかりだった。


 どんなに打ちのめされようとも今の私は倒れない。


 私は大元さんが信じてくれた私を信じているから。どれだけ罵られようともこの場からは決して帰らなかった。

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