第六章 遺産のこと

どの課がへましたのか知らねーけどよ

「なあこれもういっそ、厄払いに本部移転とかした方がいーんじゃねーの?」

「んなこた後で提案してください。今言ってる場合ですか」

「いやだってよ。どーしろってんだコレ?」


 真っ暗闇でもリツとソウヤの声はいつも通りで、気抜けする反面、落ちつきもする。

 だが、非常事態には違いない。すべてが真っ黒だ。

 ほんのついさっきまで、夜の広がる窓の外はネオンの光が見えていたのにそれもなくなり、突然の停電としても暗すぎる。まるで、暗幕を張った小箱の中に放り込まれたかのようだ。


「ルカ、サクラ、ちゃんといるかー?」

「はい」

「元のまま、席にいます」

「あ、僕もです」


 それぞれの位置はこの闇に飲まれる前と変わらないだろうとは思うのだが、視覚を封じられただけで距離感が狂う。

 たしか、ルカとヒシカワは各自の席で帰宅の準備を整え、この数日をぼんやりと過ごしていたリツは、放棄していた書類の片付けに追われていた。

 つまりリツも自席で、ソウヤは決裁された書類の確認のためにそのかたわらにいた。

 スガだけが、昼間の応援の報告書の提出に隊室を出ている。


「何だろーなコレ。ってかさー、最近一部おかしくないか? そこまで人手足りてなかったっけ?」

「リツ隊長は、一部のところの妖異とお考えですか?」


 ヒシカワの声が、落ち着いてみればたしかに斜め向かいから聞こえるような気がする。リツの声も、その席の位置から。

 だが、目が慣れることはない。


「だって、コレがどっかから迷い込んできたんだったら情けなさすぎだろ。ここ仮にも兵団本部だぜ? どの課がへましたのか知らねーけどよ。一般人の出入りの減った時間ってのが不幸中の幸いってーか。お、放送だ」


 放送が入る前のかすかなノイズ音がして、しかしすぐには始まらず、わざめきだけが伝わってきた。

 マイクの向こうでも何も見えていないようで、入ってるのか、どこだ、といった声さえ乱れ飛んでいる。


『――各隊員は、指示があるまでその場で待機してください。なお、えー…直接害のある妖異ではありませんので、攻撃は行わないでください。繰り返します――』

「…で、結局何かってことは言ってねーじゃん」

「こんなことができる妖異なんているんですか、リツ隊長」

「光の妖異だよ、サクラちゃん」


 え、と三人が声を揃える。

 ソウヤの声は、何かを思い出しながら言葉にするようにゆっくりとつむがれる。


「まだ噂段階で、しかもつい先日耳にしたばかりだけどね。一部三の中に、妖異の合成を研究してるところがあるらしい、って。十隊の末裔だよ。直接繋がりがあるのかどうかは知らないけどね。当時の隊員は、ほぼ退団しているし」


 みしりと、ルカのどこかがきしんだ気がした。

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