ソウヤ先輩って、性格悪いですよね


「ルカ君、何か隠してるだろう」 


 囁きかけられ、咄嗟とっさにリツを見てしまった。

 だがこんな言い方では、リツが話したわけではないだろうし、そもそも口止めもしていない。

 ソウヤは、ふうん、と一人頷いたようだった。


「リッさんは知ってるんだね。それならいい、と言いたいところだけど…俺の兄の噂は聞いてるかな? 過保護がすぎて、いっそ俺に危害を加えるほどの馬鹿でね。年明けの入院、どうもその兄のせいだったらしくて。それも、ルカ君と関わらせないためだったんじゃないかと思うんだ」


 ずっと声量をしぼっているソウヤは、声にほとんど起伏はこめていない。だからルカには、ソウヤがどう思っているのかはわからなかった。

 ただ、すっと血が下がる。


「リッさんだけならすぐに逃げ出すと思ったのかな。それが、こうして居残ってくれた」

「何か――言われたんですか」

「いや、そういうわかりやすさは出してくれない人でね。ただ、君の隠し事は、君やリッさんが思っている以上に裏やしがらみのあるものなのかもしれない。気をつけな。前にも言ったけど、俺は君までは守れないだろうからね」

「何を隠しているかは、訊かないんですか」

「教えてくれるなら勿論知りたいよ。知ってるだけでも取れる手段が変わってくるからね」 


 ルカが迷ったのは一瞬だった。が、口を開く前にさえぎられた。元に戻した声量で、ソウヤが明るくげる。


「その気があるなら、今日飲みに行こうか」

「え」

「リッさんがこの調子なら、大きな応援には出られないからどうせ定時上がりだよ。たまには付き合ってくれてもいいだろう?」

「はあ…?」


 出端をくじかれた気分だが、話すことは決めたので、ルカに不都合があるわけではない。

 ソウヤは浮かれたように、止めていた書類の整理を再開させた。それにしても、数が多い。


「これを片付けたら、稽古をつけてあげるよ。ついでにあの二人も、練習してるのかどこかで青春してるのか知りたいところだしね」

「…ソウヤ先輩って、性格悪いですよね…」

「そんなこと、はじめから知ってるだろう?」


 笑いながら、ソウヤはまた囁いた。


「今は、盗聴器が仕掛けられてておかしくない、くらいに思っておいたほうがいいよ」


 ぎくりと顔を強張らせるルカに、ソウヤは苦笑を混ぜる。


「ただの用心だけどね。――どこに行こうか。ルカ君、お酒強い? ご飯がおいしいところの方がいいかな?」


 リツを見ると、まだ気の抜けた様子のまま座っている。

 これが本当に、ソウヤの言う通りに嵐の前の静けさであれば――そしてその嵐が、ルカの、あるいは壊滅した第十隊のことで起こるのなら。

 逃げるわけにはいかないのだと、それだけは覚悟を決めた。知った後でも迎え入れてくれたリツにも胸を張れるよう、しっかりしなくては。

 そこで、はっと気づく。


「…先輩」

「うん?」

「僕、今朝はまだウタを迎えに行ってないんです、行って来ていいですか」

「あー。うん、行って来な。そのまま練習室に行っていいよ、俺も終わらせたら行くから」

「はいっ」


 怒ってるだろうなあ、と思いつつ、ルカは駆け出した。

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