「――アンタですか」

「しかし派手だなあ。標的にしてくれと言わんばかりじゃないか?」


 共用倉庫の奥に突っ込んであった第十一隊の隊服を手に、フワ・アラタは笑った。

 ソウヤはついでに予備の隊服の数を確認し、それに集中している素振りでアラタには視線も向けない。

 アラタは、わざとらしくため息をついて首をふった。


「釣りの疑似餌ぎじえと同じだな。目立っておとりになって来い、生死問わずってことだろう? いやあ、平隊員はひたすらに気の毒だけど、隊長も嫌だね。さあ死んで来いって言わなくちゃいけないんだから。ああ、でも今の隊長は、周りが死んでくれたおかげでなれたんだったかな。それなら、さして心も痛まないのかな」

「誰もが自分と同じ考えで動いていると思わないほうがいいですよ。結果として、自分の低俗さを公言することになります。特に、あなたの場合」

「――どうしてお前は、実の兄よりもあんな小娘を大切にするのかな」


 一見笑顔だが、目が全く笑っていない。

 ソウヤは、そんな兄を真正面から見据え、にこりともせずに応える。


おのれの行いをかえりみてください」


 いかにも考える風に、アラタは腕を組み、わざわざ首まで傾げて見せた。


「俺の方がずっとお前を愛していると思うが?」

「アンタが愛と呼ぶそれは、ただの独占欲や間違った義務感だろ。親に恵まれなかったのはお互い運が悪かったしアンタがアンタなりに俺を気遣ってくれてるのはわかる。でもな。俺はもう泣いてるしかない子どもじゃない。あんたに守られる必要も意味もないんだ。いい加減、眼も耳もふさぐのはやめてくれ」


 ただ淡々と、ソウヤは言葉を並べる。何度となく繰り返した言葉は、だが、いつも素通りする。

 にっこりと、アラタは笑った。


「たった二人の兄弟だ。遠慮はいらないんだよ、ソウヤ」

「俺はただ、見聞きしたそのままを受け取ってほしいと言ってるだけだ。うちの隊服は赤いのに黒だと思い込もうとしてる。アンタがしてるのはそういうことだ」 

「黒、ね」


 昨日まで第三隊の紺の隊服に身を包んでいたアラタは、嘲笑あざわらうように呟いて、赤い隊服に視線を向けた。

 それが、どの隊にいようと第二隊の間諜じみた動きを見せるということへの、あてつけとわからないわけはない。諜報の第二隊の隊服は、黒だ。

 ソウヤは無言で、そんな兄を見つめる。


 不意に、アラタが顔を上げた。


「見舞いに行かなくて悪かったな」

「いつの話ですか」

「おいおい、そう昔のことじゃないだろう。階段を落ちて一月ほどだったか。見習いの配属が決まったばかりの、間の悪いときだった。キラ君といったか。お前も、彼とは顔を合わせたばかりだったんじゃないか?」


「――アンタですか」


 ソウヤ自身少し驚くくらいに低く押し殺した声に、アラタは崩れない形だけの微笑を返した。ソウヤが、じっとその目を睨みつける。


「あんたは何を知ってる。一体、俺を――俺だけを、何から遠ざけようとした」

「知ってるか、根拠のない憶測は妄想というんだ。少し休んだほうがいいんじゃないか?」


 ソウヤが視線を逸らしたのは、大分ってからだった。一度、倉庫内を見渡す素振りをする。


「そろそろ戻りましょうか」


 それきり、ソウヤはアラタには一瞥も向けなかった。

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