なんてーか、兄弟なんだよなあ

「一佐、少将に隊服を貸して差し上げろ。予備があっただろ」

「…はい」


 あからさまに渋々と、ソウヤが立ち上がる。対して、フワは華やかに笑んでいる。背後に悪魔でも立っていそうだ。

 見るともなしに見送って、扉が閉じられるとため息が落ちた。ルカだけではなく、全員だ。


「ありがとよ、ミヤビ。花瓶に飾ってくれるか。どっか転がってんだろ」


 一番深々と息を吐いたリツが、差し出されたままの花束を前に口を開く。

 ぎくしゃくと肯き、それでも嬉しそうにスガが出て行く。

 ヒシカワは、それで思い出したように机の上の書類に手を伸ばした。もっともそういったものは粗方あらかたリツの謹慎期間中に片付けてしまっているはずなので、形だけだろう。

 リツが、頭をかきむしる。


「っとに、厄介なのよこしやがって。…あー、ルカ、サクラ、こういうことだけどお前らはあんま気にしなくていいぜ。あいつの、っつーか上がやりたいのは俺を、ひいては十一隊をつぶしたいってだけだ。いつも通りにしてりゃ、巻き添えも喰わねーだろ。何かまずそうだったら、自分のこと守ってろ。いいな」

「あの、それ…スガ君には?」


 ルカにはその言葉に従うつもりもないが、花瓶に水を入れに出て行ってしまったスガを気にして言ってみる。リツは、髪をたばね直しながら苦笑した。


「本人は嫌だろーが、あいつには後ろ盾があるからな。ある程度なら、ほっといてもどうにかなるさ。むしろ、下手に言った方がまずい」 

「彼なら、逆に突っ走るでしょうね」

「だろ? 今のミヤビであれに太刀打ちできるわけねーし」

「よくて返り討ち、悪くするとその前に叩き潰されそうですね」

「そーなんだよ。あーやだやだ、フワ兄なんて相手にしたくないってのに」

「兄弟なんですか」


 スガの行動が読まれているなと、半ば感心してリツとヒシカワの会話を聞いていたルカがつい呟いた台詞せりふに、え、と、女性陣二人が目を丸くした。

 リツはともかく、見たことのないヒシカワの表情に少し驚く。


「名字が同じだから、ご家族かご親戚だろうとは思ったんですが…」

「キラ君、本っ当に、うといのね」 

「はあ…」


 やたらと力を込められたが、反論をしようにも事実だ。


「サクラ、鍵かけとけ」

「はい」

「そもそもフワ兄単品で有名だったらしいんだけどな、その実力と昇進の速さで。で、数年遅れでソウヤが入団して、徐々ーっに、別の意味で有名になってったんだ。あんま具体的には覚えてねーんだけど…サクラ、何か知ってっか?」

「一番有名で裏でしか言われてないのが、食中毒騒ぎですね。大掛かりな出動のかかったフワ一佐を止めるために、食堂の料理に細工をしたとか。被害は数十人に及んで、数人は一般人でした。以来、フワ一佐は食堂では滅多に食事はされないそうで」

「あー、あれな。…まあそんな感じで、手段選ばず…ソウヤを危ないところから遠ざけようとすんだよ。除隊の画策もやってるらしいし。全部噂レベルで証拠がないのが、なんてーか、兄弟なんだよなあ」

「それは…嫌がらせ、ではないんですね…?」

「度の過ぎすぎた過保護」


 断言に、ため息を飲み込む。血縁皆無の子どもはそれはそれで大変だが、いてもいるで大変なようだ。


「そんなわけだから、しばらくソウヤの機嫌はよくないと思う。お前らに当たるこたないだろうけどな。せいぜい、ミヤビが絡まれるくらいか? あいつ、そーゆーとこ間が悪いんだよなあ」

「自業自得ですよ。鍵開けますね」

「ああ。ありがと、サクラ」

「――出迎えか?」

「…ホント、間がいいのか悪いのか」


 鍵を開けたのとほぼ同時にスガが戻り、二人は入り口で顔を付き合わせることになった。

 ヒシカワは無言で、開いたばかりの扉をぴしゃりと閉めた。

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