どうなるのかなあ

「妖異が、一般の子どもを人質に取ったんだ。で、膠着こうちゃくしてる。今、地下で隊長たちが作戦練ってる。悪いことは言わないから、とりあえず外に出とけ」

「子ども、って…」

「迷子が出てるって連絡あったろ。とにかく、新人には無理だ」

「待ってください」


 言うだけ言って背を向けた青年の腕をつかんだのは、考えてのことではなかった。だが、迷惑そうな目を、こうから見据みすえる。


「第十一隊のリツ隊長も、会議室ですか」

「お前、十一隊か?」


 あからさまに見下す視線を無視して、ルカは肯いた。あのリツが、おとなしく安全な場所での作戦会議に参加しているとは思えなかった。

 案の定、青年はちらりと屋上へ続く扉を見た。


「向こうで、妖異とにらみ合ってる」

「やっぱり」


 思わず呟いてから、ルカは、せめて様子だけでも見せてもらえないかと頼み込んだ。 

 渋々ながら扉の前に通してもらったルカは、元は扉の上方にはまっていたガラスの破片に注意しながら、そっと覗きこんだ。


 リツの姿があった。

 いつものように着崩した赤の隊服姿だが、ところどころに鋭い刃物で切られたかのような痕がある。

 ルカの位置からでは背中しか見えないが、いつでも駆け出せる体勢のリツが視線を向ける先は、どうにか見えた。

 緑色のつたが、屋上の手すりに絡み付いている。ひときわしげった中心から、小さな手とうつろな瞳がのぞく。ルカは、血が冷えるのを感じた。


 子ども――当たり前だ。アイルの、まだ十歳ほどの少女の弟だ。七歳だと言っていた。妖異には、そんなことは関係がない。


「――どのくらい」

「はぁ?」


 もういいだろう、と声をかけられ肩をつかまれた気がしたが、ルカは、少年の泣くことさえ置き去りにした瞳から目が逸らせない。


「彼がとらわれてから、どのくらいちましたか。地下の会議はどのくらいで決着がつきそうですか」

「オレたちが気付いたときには――」

「答える必要はない。戻れ」

「すみません」


 そう言いながらも笑っていることを自覚しながら、ルカは、視線を少年に釘付けにしたまま、ふところに手を入れた。

 そこでようやく、視線を引きはがす。懐から引き抜いた手にのる、小さなウタを見つめた。


「頼むよ、ウタ」 


 すうと、息を吸う。

 短いゆったりとした子守唄こもりうたにあわせて、ルカのてのひらから飛び立ったウタもうたう。

 ルカの至近距離でどさりと鈍い音がして、男たちが意識を手放したと判った。扉の向こうのリツも、膝をついて倒れている。


 ルカは、そもそも鍵のかかっていなかった扉を開け、屋上に降り立った。日差しを浴び、風にあおられながら、子守唄を口ずさみ続ける。

 手すりのしげみに膝をつくと、蔓をかき分け、少年の身体を引き上げた。まだ小さく、成長途上のルカでさえ、軽々と抱き上げられる。

 まだほんの、子ども。

 少年も眠っていて、虚ろだった瞳はまぶたの下に閉ざされている。目覚めたときにすべて忘れていたらいいが、そう上手くはいかないだろうか。


「ありがとう、ウタ」


 肩に舞い降りたウタにそう言って、とりあえずルカは、少年を抱えてリツのかたわらまで移動して座り込んだ。


「…この後、どうなるのかなあ」


 はああ、と盛大に落としたため息を追いかけるように頭をらし、ややあって顔を上げた。空が青い。

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