ただの力不足です

「はい?」

「一体、おりに入れたんだって?」

「あ…。自分一人でやったわけではありません」

「それ、処分されたよ」


 笑顔でげられる。そうですか、と応えると、やはり笑顔で続けられた。


「君は、直接手をくだすのが嫌いなのかな?」

「ただの力不足です」

「でも、試験のときは違っただろう? 逃げと取られても仕方ないね」

「そうですね」


 ルカは、すうと心が冷えるのを感じた。

 男が試験のことを知っていることは気にならなかった。既に噂が駆け巡っているのかもしれないし、第三隊の隊長が話したのかもしれない。

 ただ、何を言われても傷付かないよう、温度を下げて鈍くする。学生時代には、頻繁にあったことだ。

 男は、ふうん、と息を漏らして笑顔を引っ込めた。


「馬鹿正直か手抜きか知らないけど、もうちょっとくらい自己弁護したほうがよくないかな」

「申し訳ありません」

「…なるほど、僕が信用にあたいしないか。だけどね、信用できない相手にほど、もっともな言い訳を用意しておいたほうがいいよ。それが、自分と仲間を守る初歩だ」


 真顔で、妙に芝居がかったことを言われ、戸惑とまどう。

 言っている内容はある程度は納得できるのだが、素直にうなずけないのは発言者の雰囲気のせいだろうか。どこか、空々しい。

 どうにか表情を押し殺すルカににこりと笑いかけ、男は、追い払うように手を振って見せた。


「とりあえず、つまらない怪我はしないようにね」


 無言で一礼し、ルカは、今度こそ階段を登りきった。

 その後は順調に各階を回ったが、行き会った隊員に訊いても、何箇所か見て回っても、子どもは見つからなかった。

 だが、通信機から聞こえるアナウンスでも、見つかったとの報告はない。


 やがて、残すは屋上のみとなり、そこでは妖異捕獲劇が繰り広げられていたはずで、まさかそこにはいないだろう、きっと外で迷っているんだと楽観的に、それでも一応はどうなったのかと足を向けたところで、ルカは厭なことに気付いた。

 耳に装着した受信機は、妖異の全捕獲を告げてはいない。


 ルカが兵団本部の建物内に戻ったときには、妖異は屋上にいると知れていた。当然、何人かの隊員が向かっていたはずだ。

 そしてルカは、見回っていた隊員の調べたところはほぼ省いたためにそう時間はかけていないつもりだが、それでも全階を探してから屋上のみを残している。

 それなりの時間がっているはずだった。

 それにもかかわらず、状態の進展が知らされていない。

 これが、後片付けに手間取っている、といっただけのことならいい。迂闊うかつにも、報告を上げ忘れているのなら、いい。


「――何か起きているんですか?」


 屋上の扉に張り付く数人の隊員の姿に、ルカは、間の抜けた問いを投げかけた。一応声はひそめていたが、険しい目つきで睨まれ、少しひるむ。

 そのうち、まだルカとそう年の変わらないだろう一人が、足音を消してルカの元にやって来て囁いた。

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