手伝ってくれる?

 気付くと、スガとはぐれていた。

 一度隊室に戻って時間をったためか、一般人の避難の混乱にはあまり遭遇していない。それなのに、いつの間にかスガの姿がなかった。


「まあ…僕が心配する必要もないか」


 むしろ、自分自身を心配すべきだ。ふところにウタをかかえたまま、ルカは苦笑した。

 とりあえず、外に出てしまおう。ソウヤやリツと合流できない以上、一人でうろついても邪魔になるだけだ。   


「あのぉ」

「…はい?」


 一階のロビーに降りようとしていたところでかけられた声は、明らかに幼かった。

 少なくとも、同僚や上司ではないと思わせる。かといって、学校を卒業したばかりの一年だけの後輩でもない。

 ぎこちなく振り向いたルカは、予想を裏切られなかったことに慌てた。

 十歳前後の女の子。春向きの明るいワンピースを着て、薄色の髪は軽くカールしている。

 リツを傷つけた、数ヶ月前の出来事を思い出す。一般人が多くいたため、封鎖は行われていない。それは、少女を妖異かどうか見極みきわめるわかりやすい基準がないということだ。

 耳の近くに心臓が移ったかと思うほどに、脈の音がうるさい。


「ぴぃ」

「鳥?」


 ウタの声に、少女の不思議そうな声に、脈拍が遠ざかる。ああ、と、ルカは一度目を閉じた。


「放送は聞こえたかな。訓練に協力してもらいたいんだ、外に出ようか」

「だめなの」

「え?」


 少女は、懸命に背伸びをしてルカに話しかける。

 目線をあわせるために膝をつきたいところだが、少女が妖異でないとしても、何かあったときの動作が遅れそうでできない。

 片耳に押し込んだままの受信機から聞こえる情報では、残る妖異は三体のみのようで、ルカとスガの閉じ込めたものが含まれていなければたった二体だが、油断していいものでもない。

 よくよく考えれば、逃げた妖異のどれにも該当せず、人のはずの少女を、首を傾げて見下ろす。少女は、困った顔をした。


「弟とはぐれちゃったの。だから、いっしょに探してほしいの」

「ええと…僕は、キラ・ルカ。君と弟君の名前は?」

「ハヤミ・アイル。弟は、キリト。ねえ、手伝ってくれる?」

「うん。外にいるかもしれないから、とりあえず行ってみよう」


 避難していれば問題はないが、中に残っていれば厄介だ。笑顔を崩さず歩きながらアイルからキリトの特徴を聞き出しつつ、参ったなとのため息を飲み込む。

 しかし、外に出ればどこかの隊が避難を仕切っているだろうから、班長あたりをつかまえて任せてしまえばいい。

 悩むのは、その後のおのれの行動だ。外に、ソウヤかリツがいればいいのだが。

 もう随分とった気もするが、捕らえた妖異の報告がまだだ。スガが既にしてくれているだろうか。

 とにかく、誰でもいいから上役うわやくをつかまえて状況報告をしようと決める。ルカは、良くも悪くもしたでしかない。


「ねえ、お兄ちゃん。さっきの鳥の声、何だったの?」

「ああ…ちょっとここに、友達をかくまっててね」

「え? 鳥と友達なの? どうしてそんなとこに? どんなコ?」


 アイルが、きらきらと目を輝かせる。

 この状況で弟とはぐれてもあまり不安そうに見えないのは、まさか妖異がいるとは思っていないからだろう。

 迷子とかくれんぼを混同している子どもを、ルカは何人も知っている。

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