「エスコートさせてください」

『ルカたち戻ってるか』


 避難訓練の放送の入る少し前、かかってきた電話に出たソウヤの耳に飛び込んできたリツの声は、やや強張こわばっていた。

 ソウヤは、控えめながら興味津々といった様子で部屋の中を見ているマキに目をやり、半分背を向けた。


「ヒシカワは戻ってません。キラとスガは着替えに向かいました。残ってるのは、自分と客人だけです」

『客? 一般人か?』

「はい」


 舌打ちの音が聞こえた。


『妖異が逃げた。客を連れて外に出ろ。で、三隊と四隊が主にやってるから、手伝って避難誘導してくれ』

「了解」


 短いやり取りを終えると、待っていたかのように放送が入った。マキを見ると、怪訝けげんそうにみつめてくる。


「いつもは、事前告知がなかったかしら?」

「よく御存知で。…ま、疑問は後にしましょう。エスコートさせてください」

「あらありがとう」


 ダンスを申し込むように差し出した手を取り、マキはにっこりと微笑んだ。優雅な身のこなしに、旦那がいるなんて残念、と、心の中でだけ思っておく。

 兵団にも何かと関係のある会社の社長夫人ともなれば露出は多く、謎の女を気取られたところでソウヤにわからないはずがない。

 しかし、そんなことはげる必要のないことだ。


「歩きながらでいいから、質問に答えてもらえる?」

「答えられる範囲でなら、喜んで」


 くすり、とあでやかに笑う。眼福、と思いながら笑い返す。


「妖異が人に寄生したら、あなたたちはどうするの? そのあたり、一般人には正確に伝わってこないのよね」

「うーん、それは広報部の領域ですね、申し訳ありません」

「それじゃあ、妖異と人を分離する方法はあるの?」

「ありますよ」


 程度によってだが。

 例えば腕に寄生していれば、そこを切り落とせばいい。つまり、悪性腫瘍と同じような対処しかできないことになる。部位によっては、分離は死を意味することになる。

 それらは告げずにおいたのだが、マキは心細そうに黙り込んでしまった。ややあって開かれた口からは、暗い声がこぼれ落ちる。


「断定するわりに、妖異がらみでの生存率は低いわね」

「そうですか。現場ではデータなんてろくに見ないので、ちょっとわかりかねます」


 一般人の誘導で、一階は混雑していた。人込みにつぶされないよう、ソウヤはマキのエスコートを続けた。

 黙り込んで大人しく従ったマキは、だが、外に出て誘導班に身柄を預けようとしたところで、ソウヤの腕をつかんだ。

 必死な目にう。


「寄生されたのが仲間でも――攻撃するの?」


 見つめ返す。似た質問を受けたことがあると気付くが、答える声に影響はなかった。


「それを恐れるようであれば、兵団ではやっていけませんよ」  

「――そう。ありがとう、お仕事頑張って」


 無理に微笑んで、マキは離れていった。

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