…時々厭な奴だな

「出たり入ったり、ごめん、ウタ。離れて」

「おい、どうするんだ?!」

「スガ君、代わって。あれが入ってきたら、すぐに閉めるんだ。頼む」


 ルカの強い言葉に押されるように、スガが動いた。入れ替わりに、ルカは扉の真向かいに少し距離を置いておりを置く。

 檻は、ウタのように小型の大人しいものであれば特には手間も気も必要ないが、部屋の外にいる大型のものに対しては別だ。ちらりと見ただけだが、大きさだけを取っても、ルカやスガを上回る。

 一度、目をつぶって深呼吸をする。

 妖異の体当たりの音に焦りそうになるが、檻の展開も何度となく練習を繰り返している。

 試験の時だってちゃんとできた。大丈夫、と、ルカは自分に言い聞かせた。落ちつきさえすれば、上手くいく。


「――開」


 スガの背よりも高く、檻が大きくなる。部屋に置かれた机などを押しのけてしまっているが、このくらいは勘弁してもらおう。

 ルカは、短く安堵の息を吐くと、先程よりも落ち着いて腰の剣を引き抜いた。


「霧月、七の式」


 充分に霧が満ちるのを待ち、スガに呼びかける。

 ただの霧ではなく、気配をかく乱させるためのものだ。絶え間なく聞こえる体当たりの音から考えるとそのままの勢いで飛び込んで来るだろうが、念のためだ。

 スガの返事と戸の開く音、檻にぶつかる音は、連続して聞こえた。そうして、檻の閉まる音。


「キラ、やったぞ!」


 檻を閉めたのはルカではなくスガだった。

 嬉しそうな声を聞いてようやく、そういえば檻を閉めることを考えていなかったと気付いて、ルカはへなへなと座り込んだ。


「術をけよ、もういいだろう?」

「え。あ――うん」


 言われてようやく、気を解く。放っておけば、倒れるまで霧を出し続けるところだった。

 刀をさやに戻していると、ウタが頭にとまった。入り口にいたはずのスガが、気付けば隣にいる。

 檻の中には、なおも体当たりを続ける肉の塊のような妖異が一体。


「凄いぞ、キラ、凄い!」

「うん。お疲れ様」

「何を言ってるんだ、俺は何もしてない。凄いのはお前だけだ、キラ」


 ついさっきまでのはしゃぎぶりが嘘のように、スガはむっつりと口をげる。ルカは驚いて、まばたきをした。

 ルカからすれば何もしていないことはないのだが、学生時代のスガなら、そのまま受け流していたのではないか。 

 ルカは、瞬きを繰り返してから、首をふった。


「檻、閉めること考えてなかった。檻も持ってなかったし。スガ君がいなかったら、何もできなかったと思う」

「無理に言うことはない」     

「いや、本当に。ありがとう」

「…時々厭な奴だな、キラは」

「え」


 思いがけない言葉に何も言えずにいると、スガはふいと目をらした。


「隊長を探してくる」

「僕も行くよ」

「その鳥はどうするつもりだ。攻撃されてもいいのか」

「ぴ」


 いささか怒ったように鳴いたウタを、てのひらに移す。小鳥は、嬉しげに目を細めた。


「まさか。ウタ、窮屈だけど服の中にいてくれるね?」

「ぴ」

「そんなことをしたら、下手をしたらお前ごと攻撃されるぞ」

「その方が守れる」


 スガは、ぽかんと口を開けた。ルカはようやく立ち上がり、そんなスガの肩を叩く。

 受信機の情報では半分ほどが片付いているようだが、のんびりしていていいはずもない。檻の中の妖異のことも伝えなくては。

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