第3話 帰国しようとしたら毒を盛られた。


 タカシとルーシーは、冷え固まったマグマ帯を南に抜け、そこからさらに南下し、ルーシーの故郷である、エストリアを目指していた。

 ルーシーは相変わらずタカシの周りを、ふわふわと漂っていた。

 一方、タカシは顎に手を当て、考え事をしながら歩いていた。



「……なあ、こんなのはどう思う?」


『なんですか、やぶからぼうに』


「『急に空が暗くなったとおもったら、大きな影が上空を飛んでいたのですぅ! そしてぇ、その影をよく見てみると、それは巨大なドラゴンでぇ、つぎの瞬間、あたりは火の海に包まれていましたぁ! わたしはこわくって、こわくってぇ、その場から命からがら逃れたのですがぁ、他のみんなはもう……ふえーん、しくしくしくしく』――みたいなさ。不可抗力であったことを、全面的に主張しながらも、全身で悲壮感を醸し出していき、最終的に相手に罪に問うことをためらわせる……、みたいな作戦、どうよ。これで打ち首獄門にならずに済むんじゃねえの?」


『……あの……いろいろと言いたいことがあるんですが、まずそのヘンな身振り手振りはわたしの真似なんですか?』


「似てなかったか?」


『いいですか、タカシさん。わたしはそんなことしません! そもそも、わたしがその体で話しているとこ、見たことないじゃないですか!! バカにしてませんか? してますよね、絶対! 怒りますよ! わたし、怒ったらすごいんですからね! 凄まじいんですからね!』


「もう怒ってんじゃん」


『も、もっと怒るんですよ! 脱兎がごとく!』


「逃げ出してんじゃん」


『えっとえっと……』


「ちなみに、どんなふうに?」


『はえ? そ、そうですね……もっとこう、うおーってかんじじゃないでしょうか。いえ、なんていうか、どっせーい! オラオラオラオラオラオラ……みたいな?』


「まあ、どっせーいは置いておいてだな。それだよ。演出なんだよ。ミュージカルとかでもそうだろ。あえて表情や仕草を大きくすることで、感情移入することができるし、より伝わりやすくなるだろ?」


『なんなんですかそれ、バカにしてます? 話を逸らさないでください! 怒りますよ!』


「脱兎のごとく?」


『も、もう!』


「いやいや、ホントだって! ミュージカルの影響力はパナイんだから。前になんかの本で見た気がしないでもなくはないこともなくはない」


『えぇ……、大丈夫じゃないですよね、それ』


「まあ、ダメだったときはダメだったときだ。ほかにも作戦はあるって」


『あれ、他にもあるんですか? 例えば……?』


「うるせぇっ!」


『なにが!?』


「……そういえば、おまえの故郷……エストリアっていったっけ? そこってどんな国なんだ?」


『ちょ! なんなんですか! なんでそこで話の流れをぶった切るんですか! あまりに唐突過ぎて、ちがう人が乗り移っちゃったのかと思いましたよ! タカシさんが消えちゃったのかと思いましたよ! 答えてください! 作戦ってなんなんですか!』


「や、ちょっと、おまえの国のことが気になってな。これからしばらくの間、滞在することになるかもしれないだろ?」


『そんなこといって、絶対作戦とか考えてないですよね?』


「あるわ! あるけど……」


『あるけど……?』


「言ったら、俺の頭が爆発するんだよ」



『……ま、まじですか……!』


「ああ、マジもマジ。大マジのタカシくんとはオレの事さ」


『……はあ、まったくもう。エストリアですよね、エストリアは……、暮らしやすいですよ』


「だいぶざっくりとした、雑な説明だな。もうちょっと詳細を述べられんのか」


『ああ、いえ……わたし自身、エストリアで生まれてエストリアで育った生粋のエストリアっ子なもんですから、外国というものをあまり知らないんですよ。でも、税が重いとか王様が独裁者とか、そういう話は聞かなかったですね。そもそもわたし、実家暮らしなんで、税に関してはあまり詳しくはないですけどね」


「王政か……ちなみに、どんな王様なんだ?」


「王様ですか? 王様はとても気さくでいい人ですよ。国民からの人望もありますし。……直接会ったことはないですけどね』


「人望か……、そのわりにはさっきの国と、バチバチやり合ってたみたいだけど」


『戦争は仕方ないですよ。今回の戦争も、向こうから吹っかけてきたって聞いてますし……』


「ふーん、まあそこらへんは、いろんなことがあるんだろうけどさ、ルーシーみたいな女子まで、戦争に行ってるのって異常じゃないの? てか、何歳なんだよ」


『今年で十六です……でした。死んじゃいましたけどね』


「十六って、まだクソガキじゃねえか!」


『く、クソガキなんかじゃありませんよ! 仮にガキだったとしても、クソでは決してありません! ていうか、そういうタカシさんはどうなんですか! そのテキトーな感じから察するに、わたしと同い年か、それよりも下なんじゃないですか? なんなら、おねえちゃんって呼びますか? 呼ばせてあげますが? が?』


「お、オレのことはどうでもいいだろ。ただ、おまえよりもフツーに年上だわ」


『なーんか嘘っぽいですね』


「そんな嘘ついてどうすんだよ。べつにオレが得することもねえだろ」


『ん? ……そう言われてみれば、それもそうかもしれませんね!』



 タカシはルーシーに対し、憐憫の籠った眼差しを向けると、そのまま、ゆっくりと地面に落とした。



『どうかしましたか? ため息なんかついちゃって』


「いや……、すこし可哀そうなやつを見かけてな」


『ええ!? どこですか? それは放っておけないですよ!』


「ていうかさ、話は戻るけど、おまえの国のエストリアでは、女が戦争に行くって普通のことなのか?」


『いえ? 戦う女性の数は限りなく少ないですね。というよりも、わたしのようなしたっぱもしたっぱ、雑兵中の雑兵クラスとなると、わたし以外誰もいないんじゃないですかね?』


「なんだ。結局おまえが変態なだけか」


『もう! ホント失礼! やめてくださいよ! 人を変態呼ばわりしないでくださいます? そもそも、まだそこまで軽口叩けるほど仲良くないですよ、わたしたち! パーソナルスペース! 空間! 把握してください! もっと仲良くなってから――というか、友達とでも嫌ですよ、こんな罵り合い! わかりましたか!?』


「お、おう。なんかすまん。おまえと話してると、なんかイジリたくなるんだよ。ほら、アレだよ、好きな子をいじめたくなるのってあるじゃん」


『は、はぁ~? ちょ、いきなりなに言って……ちょ、やめ、やめてくださいよー! 嬉しくないですよー? そんなこと言われてもー? 自分の顔ですしー。それにわたしからすれば、わかってくれれば、それだけでいいんですよー。えへ、えへへへへ』


「……ちょろいヤツ」


『え? なんかいいました?』


「いや、結局のところ、ルーシーが兵に志願したのってなんでなんだろって気になってな。無理になる必要がないなら、こんな危ないことしなくてよかったろ。実際死んでるしさ」


『じつはですね……あ、すこし前の話になりますけど、まだわたしが子どもだったとき……、ほんと十一歳とかそんなときの話です。とある事件があって、例によって死にかけてたんですよ、今回みたいに。あ、実際死んだから、違うのかな』


「さっきから、ちょいちょい自虐まぜるのやめろって。そんなんだからイジられるんだぞ」


『あ、ごめんなさい。……クセになってんだ。自虐まぜるの』


「もう、そういうのいいから。それで? おまえが死にかけて、どうなったんだ?」


『そこでですね、わたしの命を救ってくれた人が、いまのわたしが所属している組織の騎士の人だったんです。当時、わたしはその人の戦っている姿にすっごく感動して、わたしもこういうふうにカッコよくなりたい! って思ったのが、騎士の志願理由ですね』


「清々しいほどに単純で明快だな。まあでも、それで実際なっちまうんだからスゲーよな」


『そ、そうですかね。照れちゃいますね。……でも実際は入隊できたものの、才能がなくて、ずっとしたっぱで、いいようにこき使われてたんですけどね……』


「うーん。こういうゴリゴリした仕事ってやっぱ男社会だと思うし、おまえもそれ覚悟で飛び込んできたんだろ? 第一、おまえが憧れてる騎士さまだって男なんだしさ」


『いえ? シノさんは女性ですよ』


「は? 女!? マジかよ」


『はい。出身はエストリアではないんですけど……、カタナっていう東方の剣を使うんです。それでその卓越した剣術を、エライ人に認めてもらって、そこからめきめきと頭角を現し、女性で初めて聖虹騎士団にまでのぼりつめたすごい人なんです! それに、とても綺麗な人なので、アイドル的な人気もあるんですよ!』


「アイドル云々は置いといて……、その、なんだ? 聖虹騎士団ってのは?」


『よくぞ聞いてくれました! 聖虹騎士団というのはですね、我が国、エストリアが誇る、エストリア騎士団の頂点に君臨する、七人の騎士で構成された団なのですよ!』


「へぇ、でもそんな大層な騎士団にも、外国人とかがホイホイ入れたりしてんのな」


『いえいえ、とんでもない! 確かな実力と実績がないと、聖虹騎士団にはとてもとても……!』


「……さっきの戦争でも負けそうになってたし、ほんとは見かけ倒しなんじゃねえの?」


『あー……、あの、それはですね……、さっきの戦争には聖虹騎士団の人はひとりもいませんでしたし……』


「おい……ちょっとまてよ。それって最初から負け戦――」


『いや、いやいやいや、先遣隊だからって、そんなただの使い捨て部隊なわけないじゃないですか! そもそも、そんなことする必要も……ねえ?』



 タカシは口から出かけていた言葉を嚙み潰すと、それ以上は何も言わなかった。

 それにより両者の間に、重い沈黙が横たわる。

 タカシは視線をルーシーから前へ戻すと、そのまま止まることなく、黙々と歩き続けた。


 やがて二人は千メートルほどの山に差し掛かった。

 普段からよく使われているのか、山道には、草の生えていない、肌色の一本道がスーと伸びていた。

 山とはいっても、それは登山するほどのものではなく、ハイキングといった、気楽に訪れることができるほどの山だった。

 タカシは山道の麓付近に差し掛かると、突然、そこで足を止めた。



『あれ? どうかしましたか? 目なんか細めて』


「なあ、ほんとにこの山を越えるのか?」


『はい、ここを越えるとエストリアはすぐそこですよ』


「ほかの道は?」


『あるにはありますけど、ものすごい遠回りですし、道も険しいです。あえて迂回してエストリアに行くってのも、おかしいくらいに、この道は順路ですよ』


「……そうか」


『え? ホントにどうかしたんですか? お腹でも痛いんですか? おしり拭く時は――』


「嫌な予感、というよりも絶対なにかいるよな」


『ふむ、クマさんとかですかね?』


「『クマさん』っておまえな――」



 タカシがいいかけて口を閉ざす。

 それに呼応するかのように、周りからゾロゾロと、小汚い身なりの男たちが現れた。

 それぞれの手には刃こぼれや、古い血液が付着した剣や斧、柄が手垢で汚れた槍などが握られている。

 それはタカシ達の置かれている状況が、のっぴきならないものであることを物語っていた。

 タカシは体を動かさず、眼球だけをキョロキョロと動かし、状況の把握につとめた。



「いち、にー、さん、しー……ちっ、何人いやがるんだ……」


「よう、ねーちゃん。こんなところで、どーしたのかな?」



 男たちの集団の中でも、とりわけ体格のいい男がタカシに声をかけた。

 臨戦態勢のタカシとは真逆で、男は武器も持たず、余裕綽々といった様子。

 男はタカシの、未成熟な肢体を舐めまわすように見ている。

 タカシは自分に向けられた劣情に対し、心底、不快感を顕わにしている。



「近くで戦争やってるから、なんか漁りに行こうとしたのに、これでふたり目かよ。どうなってんだ」


「あ? なんのことだよ」


「ん、なんでもねえよ。……ねーちゃん、いまから拉致ってやるからついてこいよ。抵抗しねえなら、楽しませてやるぜ? 天国に連れてってやるよ」


「チッ、もうすこしナンパの勉強してこいよ。そんな誘いかたじゃ一生童貞のままだぞ、ロリコン野郎」


『ちょ!? ロリコンってどういう意味ですか! わたしの体に発情する男は全員ロリコンなんですか? むかつくー!』


「……おまえは黙ってろ」


「はっはっは! 言うねえ! この状況でまだそんなこと言えるとはな。見上げた根性だよ、ねーちゃん。ますます遊んでヤリたくなったぜ」


「……とにかく、オレにはおまえら猿と遊ぶ趣味はねえからな。このまま行かせてもらう。どうしても遊びたいなら、そこらへんにいるイノシシとでもヤッとけ。発情してる猿とイノシシならお似合いだろ」


「がっはっはっは! いうねえ! ねーちゃん!」

「おいおい、自信満々だなぁ? こんなに囲まれてよぉ!」

「……もしかしてエストリアのカタナ使いって、ねーちゃんのことか?」


「はぁ? カタナ使い? それはオレの事じゃ――」



 タカシの後ろにいた男が、持っていた剣の柄で、タカシの頸椎を激しく殴打した。



「付いてくる気がないんなら、大人しく寝てろッ、クソアマ!」



 タカシは大男に力いっぱい殴打されたものの、少しよろけただけで、すぐに態勢を立て直した。



「チッ、猿どもが……。山と一緒に燃えて、あの世で後悔してろ……!」



 タカシが倒れなかったことに驚愕しているのか、男たちは目を丸くし、その場で棒立ちしている。

 タカシはその隙に、両手を地面に突っ込むと、さきほどの戦争で使用した魔法を唱えようとした。



「業焔滅却! メルト――」


『だ、ダメです! タカシさん! その魔法は使わないでください!』


「あ? なんで――」



 ルーシーの声にタカシは、魔法の詠唱を途中で止める。

 それと同時に、どこからか飛んできた矢が、タカシの右肩に突き刺さった。



「ぐっ……あっつ!?」



 タカシは痛みに顔を歪めながらも、咄嗟に刺さった矢を引き抜こうと試みる。

 しかし、タカシは矢を抜くことができず、その場に膝から、力なく倒れ込んでしまった。



「お、驚いた……やっと毒が回ったか。たく、毒矢まで使わせてんじゃねえよ、クマさんじゃねえんだからよ」


「クマ……さん……って、おま……えなあ……」


「心配すんな、致死量じゃねえからよ。ただ目が覚めるのはかなり先になりそうだがな……って、もう聞こえてねえか」



 タカシはそのまま動かなくなると、男のひとりに抱えられていった。

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