第4話 気が付いたら檻の中で監禁させられていた。
「う……ん……?」
『あ! タカシさん! 目、覚めましたか!?』
「どこだ、ここ……?」
『どうやら、牢屋……のようですね。タカシさんは矢で射られたあと、ここまで運ばれたんです。どうですか? 憶えてますか?』
「まじかよ……、ああ、そうだったな。チッ……オレはどれくらい寝てたんだ? 三日くらいか?」
『いえ、ほんの数分ですけど……』
「数分!?」
『ええ、運ばれて、身ぐるみはがされて、牢屋に入れられて、それからだいたい……十分も経ってないです』
「まじか。……って、身ぐるみ……って言っても、まだ素っ裸じゃねーじゃん。肌着はちゃんと着てるし」
『一緒ですよ! まだ誰にも見せたことない乙女の柔肌ですからね!? ボディラインがわかっちゃうだけでも、有罪ですから! なんなら、死罪ですから! てか、ホントに身ぐるみはがされてたらグーですよ、グー!』
「グーって……、ないじゃん」
『そりゃもう、魂の拳ですよ! 魂の! しゅっ! しゅしゅしゅっ!』
「わかったから、ハエみたいにブンブン飛び回るなってば」
『あ、ごめんなさい。興奮しちゃって……つい』
「それにしても……見事に、地面に対して直角だな」
『な!? だ、だれが九十度なんですか! だれの体に、遮るものがないんですか!? 誰がそこの辺の角度を求めろって言ったんですか!』
「そこまでは言ってねえよ……」
『まったくもう! まったくもうですよ、まったくもう!』
「てかあれ、刺さったのって、毒矢でよかったんだよな?」
『……そう、みたいですね。わたしはポイズン系には、あんまり詳しくはないですけど……』
「ポイズン系って……」
『というよりも、大丈夫なんですか? それ?』
「え? ……って、まだ抜けてねえじゃん!」
タカシは肩に刺さっていた矢をつかむと、強引にそれを引き抜いた。
矢は栓の役割もしていたため、引き抜かれたことにより、刺さっていた箇所から、ドクドクと血液が噴き出した。
「いっ……たァ!?」
『ああ! ちょ、ちょっと、そんな無茶しないでくださいよ! わたしの体ですよ!? 傷モノになったらどうするんですか! 責任取ってくれるんですか?』
「うるせ……っての!」
タカシは顔を歪めながら患部に手を当てると、魔法での治療を試みた。
緑の光が出血した箇所を包み込む。
矢傷はまたもや、逆再生するように傷が治っていった。
完全に傷が塞がると、タカシはパタンと、その場に仰向けになった。
「ふぅ……、スッとしたぜ」
『「スッとしたぜ」じゃなくて、シャンとしてくださいタカシさん! このままじゃわたしの体が、山賊にあんなことやこんなことを……ひぃぃ、考えるだけでもおぞましい……っ! すぐ出ましょう! いま出ましょう! 今すぐ出ましょう! こんなとこから!』
「……いやいや、オレの記憶が正しければ、おまえがあのとき邪魔しなかったら、こんなとこに連れてこられるどころか、毒矢さえくらわなかったと思うんだけど?」
『ご、ごめんなさい……。で、でもタカシさん! あのとき何しようとしてました?』
「なにってそりゃ……」
『またあの物騒な魔法を使おうとしてましたよね?』
「ま、まぁ……」
『ダメですよ! ダメなんですよ!』
「……なんでだよ」
『この森には珍しい動物や植物がいっぱいあって、全部エストリアで保護の対象になってるんですよ。それを焼き払ってしまおうなんて、とんでもない!』
「く、くだらねえ……ッ! そんなんで命の危険にさらされてたら、たまんねえよ!」
『それはその……、タカシさんならうまく切り抜けてくれるかと思って……』
「おまっ、あの矢な、すっげえ痛かったんだぞ! 気絶までしたしさ」
『だから……、ごめんなさいって言ってるじゃないですかっ』
「気持ちがこもってねえんだよなぁ……」
タカシはのそのそと立ち上がると、牢屋の中をグルっと見渡した。
牢屋は人工的に作られたというよりも、自然にできた天然の牢だった。
洞窟内にもともとあった、大きめの窪みに鉄格子をはめ込んだだけの簡素なつくり。
そのため、捕えられた者への配慮は全くと言っていいほどなかった。
ただ捕らえておいて、そこに置いておくだけ。
したがって、牢の中には山賊に忘れ去られたであろう、朽ち果てた遺骨などもあった。
「ん、あれって……」
タカシは遺骨のほかにも、誰かがいることに気づいた。
そして、その
「おい……あんた……も、捕まったのか?」
タカシはその人物に、声をかけた。
その人物は小刻みに震えながらも、顔だけはタカシを見上げて答えた。
「あ、あんた……も……か……?」
その人物の性別は男。
牢の暗がりに紛れてはいるが、髪は金色。
ルーシーよりも、歳はひとまわりほど離れていた青年だった。
ただ、その顔からは生気がなく、かなりと言っていいほどやつれていた。
「ん? まあな。オレ……っていうより、宿主さんに邪魔されてヘマやらかした」
『う……根に持つタイプですか。タカシさんは』
「んで、あんたは?」
「オレはエストリアの兵士……だった……」
「だった……って、なんで過去形なんだよ」
「過去の話だからさ。……戦争に行って、大事なこと任されて、そっから逃げたんだよ。それでひとりで帰ろうとしてたところで捕まっちまって、このザマだよ」
『んあー! この人!』
「うるっせぇな、ルーシー! なんだよ、いきなり!」
『この人、わたしたちをおいて、戦場から逃げ出した人です!』
「は?」
『えっと、じつはさっきの戦争で――』
ルーシーは目の前の男のことについて、タカシに簡単に説明した。
「なるほど、とりあえず顔は知らないけど、知り合いみたいな感じってことか」
『そうそう! そういうことです!』
「……なあ、あんたさっきから誰と話してるんだ?」
「ああ……、えっと、見えてないんだ?」
「へ? なにが?」
男の返事を聞くと、タカシは頭上で漂っていたルーシーに視線を送った。
『や、なんとなく変だとは思ってましたよ。タカシさんが連れ去られたとき、山賊の人たちをいくら殴っても、効かないんですから。もちろん、魂の拳でも』
「……そのネタ、もうウケてねーから……」
「は?」
「いや、なんでもない。独り言だよ」
タカシはルーシーに返事をすることなく、話を続けることにした。
「そ、そうなんだ……」
「それよりもさ、オレもエストリアの兵士なんだよね、現役の」
「は? え? どういう……?」
「いまは鎧とか身分を証明できるもんはないけど、ちゃんとした兵士なんだよ」
「でも、エストリアの騎士って……」
「ああ、全員死んだんだぜ。オレ以外な」
「てことは、あんたはあそこから……?」
「生き延びたよ、一応ね」
「す、すげえな、どうやったんだ。あんな絶望的な状況から……」
「まあ、いろいろあったんだよ。大変だったんだからな? ただでさえ味方の兵士が少ないのに逃げ出すやつもいたしな」
「それは……本当にすまん。オレも死にたくなかったから必死で……」
「でもよ、その結果、山賊もどきに捕まってりゃ世話ねえわな。国に帰っても反逆者、このままここにいても、奴隷で売られるか、最悪殺される。みろよ、牢の隅の、あのガイコツ」
「く……っ」
『ちょっと、タカシさんそれは――』
「そこでなんだけどさ、ちょっと取引しねえか」
「取引……? オレと、あんたでか?」
「そうだ。うまくいけば、あんたはここから解放されて、エストリアに帰っても、裁かれることはないだろう」
「ほ、本当か!?」
「本当だ。……オレの鎧と剣を取り返してくれたらな」
「それって、あの山賊からか? どこにあるかわかんないんだけど」
「オレもだよ。だからこその取引じゃねえか。オレはどうでもいいんだけど、宿主さんがこの格好じゃ恥ずかしいってんでな」
「宿主?」
「そこは気にしなくていいんだよ。それにオレって潜入任務っていうか、誰にもバレずにこそこそやるのって得意じゃないんだよ」
「お、オレだって得意じゃねえよ」
「……まあ、やるやらないは最終的にお前の判断だ。だけど、おまえがやらないってんなら、オレのほうにも、おまえを助ける義理はなくなるわな。一回おまえはオレを見捨ててるわけだし」
「そんなこといっても、そもそもオレらが助かる保証もねえだろ。……そんなんじゃ取引もなんもねえよ」
「まあ、そうだな。こんなナリじゃ不安だわな」
タカシはそう呟くと立ち上がり、牢の鉄柵のほうまで歩いていった。
そして鉄の棒を握りしめると、男のほうを振り返った。
「おい、よく見とけよ」
タカシはグッと手に力を込める。
握られた鉄の棒は次第に赤みがかっていくと、最終的に、ドロドロに溶けていった。
「ところで、この鉄棒を見てくれ。こいつをどうおもう」
「すごく……、ドロドロです……!」
「そういうことだ。こっそりと、牢から逃げ出すこと自体は難しくないんだ。問題は、オレの私物を取り返せるかどうかなんだよ」
「……すこし、考える時間をくれないか?」
「おう、べつにいいけど、もう時間はないぞ」
「は? どういう意味だ?」
「そのままの意味だよ。あいつらが見回りとかに来たら、この檻を見てどうおもうよ?」
「あっ……! おまえ! そのために――」
「まあ怒るなって。タイムリミット設定してあったほうが、いろいろとハリが出るだろ?」
「だからっておまえ……!」
「ああ、それと。いいニュースもあるんだけど」
「なんだよ!」
「いまは多分、このアジトにいる山賊の数はそんなに多くないと思う」
「なんでそんな情報知ってるんだ?」
「さっき思い出してな。オレが捕まる直前、賊どもが言ってたんだよ。近くで戦争があったから、そこに物資漁りに行くって。だから、ほとんどの賊が出払っている今が、いろいろやれるチャンスだってことだよ」
「ほ、本当か……?」
「オレはこのまま牢から出る。それからこの山賊のアジトの入り口付近でおまえを待つ。わかるよな? おまえはべつにそのまま逃げてもいいし、オレの私物を取り返さなくてもいい。ただその時点でオレはおまえのことは見限る。そのあとのことは想像に任せるよ。……退路は断っておいた。あとはおまえ次第だ。難易度は……そこまで高くないんじゃないか?」
「クソッ! ああ、わかったよ! やるしかないんだろ?」
「ははは……いや? やりたくなかったら、べつにいいよ」
「……あんた、いい性格してるよな」
「よく言われるよ。……いまさらだけど、名前教えくれるか? あんたとかおまえとかじゃ不便だろ?」
「ヘンリーだ」
「ヘンリーか。オレはルーシ―だ。よろしくな」
タカシはそう名乗ると、自らの右手を差し出した。
ヘンリーは、差し出されたタカシの右手を掴もうとして、ピタッと止まった。
「……ルーシー? おまえがか?」
「おお、なんだ? オレのこと知ってんのかよ?」
「いや、なんでもないよ。人違いって可能性もある。……ていうか、あのルーシーだったら、鉄を溶かしたりできないだろうしな……」
「あ? なんかいったか?」
「いや、本当に何でもないよ。……ほどほどに、よろしくな」
ヘンリーは今度こそタカシの手を握り、互いに固く握手を交わした。
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