第2話 体を手に入れたと思ったら、持ち主がいた。


 荒涼とした――というよりも、あたり一帯、冷え固まったマグマしか見当たらない、殺伐とした土地。

 そこに西洋甲冑を着た赤髪の少女と、ヒトダマのような、フワフワした物体が漂っていた。

 ヒトダマらしきものは、タカシ赤髪の少女の周りをせわしなく飛び回っていおり、タカシは腕を組み、ときおり、うんうんと頷いている。



「……ようするに、だ」



 タカシがきゅっと結ばれていた口を開いた。



「ヒトダマクンはこの体……つまり、俺が今憑依している体の、本来の持ち主で、いますぐにこの体を返してほしい、ってことであってるんだよな」



 タカシの視線は、ヒトダマのどの部分に合わせてよいのかわからず、フワフワと右往左往していた。



『そう! そうですよ! そういうことなんですよ! さっすがもうひとりのわたし! よかった、うまく伝わったみたいで! まったくもう、敵将に槍でどてっ腹を刺されたと思ったら、次の瞬間になんかふわふわしてて、わたしの体が目の前にあったり、周りに誰もいなかったり、溶岩地帯に連れてこられたりで、頭が混乱したりで……』



 タカシの問いかけに、ヒトダマが早口でまくしたてはじめた。



『なにか伝えようとしても声がでないし、身振り手振りで伝えようにも、そもそも身も手もないし、まったくなにがなにやらチンプンカンプンで……、それであなた……って、この場合はわたしですね。気付いたらわたしがわたしをおいて、勝手に動き回ってたりしてて、それで試しに話しかけてみたら、普通に話が通じちゃってて……、だから、わたしがわたしに気づいてくれたときは、どれほど嬉しかったか……!』


「そ、そうか。なんというか、それは災難だったな……」


『ええ、もうホントに! 一時はどうなることかと思いましたよ……って、いまも絶賛どうかなってる最中なんですけどね。決して現状を楽観視できる状態ではないですけど、なんとか一息ついたって感じでしょうか。えへへへ。ですけど、それで安心するだけじゃなくて、ここでこれからのことを――』


「よくしゃべるな……」


『でも、なんでこうなったんでしょうね? わたし、てっきり召されちゃったと思ってたんですけどね、天に。実際、天使さんぽいのもいましたし、けど、天使さんに手を引かれてる途中で、思い切り、なにかに足を引っ張られる感覚になって、気が付いたら、このフワフワした姿になってて……気が付いたら、天使さんの手だけ持ってきちゃってて……』


 ヒトダマはそう言うと、どこからか、子どもの腕と見られる物体を取りだした。


「な!? か、返してきなさい! だれが最終的に餌をあげて、糞の世話するとおもってんの!」


『あ、はい』


 ヒトダマはその腕をポイっと、溶岩地帯の中へと放り込んだ。

 腕はジュウと煙を巻き上げながら、蒸発していった。


「……話を戻そう。ヒトダマクンの疑問に、オレの見解を推測を交えた、答えのようなものを述べさせてもらうと、ヒトダマクンがまだ完全に死んでいないところに――厳密にいえば、魂と肉体が分離しかけていたところに、オレの魂が無理やり入り込んだ。そして、その後オレが通常では考えられないほどの回復力をもった、回復魔法をヒトダマクンの死体に流し込んだ。それによってヒトダマクンの死んでいた体と、ヒトダマクンの昇天しかけていた魂の両方が息をふき返した。やがてヒトダマクンの魂は元鞘である、ヒトダマクンが体に戻ろうとした。だけど、すでにオレの魂がヒトダマクンの肉体に憑依してあったから、ヒトダマクンの魂は元の肉体に戻ることができずに、こういう感じで漂――」


『よくしゃべりますね……』


「え?」


『あ、も、もう大丈夫です。大体の仕組みはわかりましたから!』


「そうか? まあ、これ以上ヒトダマくんがいらないって言うのなら、説明する意味もないけどさ」


『はい! 詳細まではアレですが……、つまりアレコレといろんなことがあって、今日もご飯はおいしいっ! ……てわけですよね?』


「はは……まあな」



 タカシは半ば諦めにも似た表情を浮かべ、遠くのほうを見た。



『さあ、というわけでさっそく、そのわたしの体を返していただけませんか?』


「おい、やっぱり話を聞いてなかったのか……。言っておくけど、この体は返せないよ」


『へ?』


「いや、ちがうな、これだと言い方が悪いか。まだ無理だって意味ね。……たぶんだけど」


『でょ、でょういうことでしゅか……?』


「いや、なんだ。誤解はしないでほしいんだけどさ。べつにオレだって、好き好んでうら若き乙女の肉体をほしいままにしよう……ってわけじゃないんだぞ?」


『その言い方からすると全く信用ならないんですけど……、ていうかあなた? 今気づいたんですけど、あなた! ……いや、この場合はわたし? わたし呼び? わたしをわたし呼び? ああ、もう! めんどくさい! わたしのことはあなたって呼びますから!』


「お、お好きにどうぞ」


『あなたってその……、男の人、なんですか?』


「まあ、そうだな。まずはそこ自己紹介からだよな……、ウォッホン!」



 タカシはヒトダマの問いかけに対し、咳ばらいをひとつ。

 そして、少し間を空けてから口を開いた。



「えー、名はタカシ、姓は葛籠ツヅラ。どちらかというと、ついている・・・・・ほうだ!」



 タカシはハッキリとした口調で、それでいてとてもよく通る声で、ヒトダマに自分の正体を明かした。

 一陣の風が吹き、タカシの赤髪をパタパタとなびかせる。


 沈黙。


 タカシは口をキュッと結び、ヒトダマの表情を読み解こうと努めるが、眉をひそめて、困惑している。



「あ……や、厳密にいうと、『ついていた』ほう……だったな。そしてこの場合は、決して『運がある』という意味での『ついている』ではなく、それに限っていえば、『ついていない』ほうなんだけど――」


『いや』


「ん? 何か言ったか?」


『いやいやいやいや! なんでそんな堂々と、その……仁王立ちで、腕まで組んで、現在進行形でセクハラしてんですか! え? なに? 変態? もしかして、変態なんですか? あなた?』


「失礼な! だれが少女の体にだけ好んで憑りつく、ミスターハラスメントだ! だれが! 俺はれっきとしたミスタージェントルマンだ! 勘違いするな!」


『いますぐ返してください! わたしの体ですよ! マイボディですよ! スペアなんてないんですよ! オンリーワンにしてナンバーワンなんですよ! 被害届出しますよ! しかるべき処置をとらさせていただきますよ!』


「シャラァーップ!! ……まあ、まずは話を聞け、ヒトダマクンよ」


『大体なんなんですか、まったく! さっきからヒトを、ヒトダマクンヒトダマクンって! わたしの名前はヒトダマクンなんかじゃないです! わたしにはルーシーっていう立派な名前があるんですよ! バカにしないでください! 変態さん!』


「おま、ついに変態に『さん』をつけやがったな? ジェントルマンでも、怒るときは怒るぞ! ジェントルマンサンになるぞ!」


「意味が分かりませんよ! この、変態さん!」


「わかった。もう、怒りすぎて、一周して、逆にどうでもよくなったわ。……おまえ、さっきルーシーって言ったよな? でも、サルサソースとかなんとかって、あのゴツイおっさんから呼ばれてたよな?」


『サルサソースは……ほら、あれですよ。方便というか、甘く見られないための可憐な乙女の最低限の嗜み、御戯れ、お花摘みというか、なんていうか……それにあと、小さじ一杯分の、その場のノリ的な部分もあったりして……、と、とにかくわたしの名前はルーシ―です! ルーシーって、呼んでください!』


「ルーシー!!」


『はぁい!!』


「グッド! 清々しいほどに良い返事だ! ……だが、そんなに高速でオレの周りを飛び回るな。うっとうしくて仕方がない。ウザさにステータス極振りされた羽虫か、おまえは。顔の周りだけ重点的に攻めるな」


『はっはっは、やめませんからね、体を返してもらうまでは! ほら! ほらほら! どんどんウザくなっていきますよ! ブーンブーン!』


「だから聞けって! あのな、オレは別に、この体に一生住みつくわけじゃないんだ」


『ブーンブーンブー――へ?』


「出たくても出られないんだよ。さっきから何度か試してみてんだけど、プロテクト? みたいなのがかかってて、魂が肉体から離れることができないんだ」


『えっと、じゃあ要するに、今のこの状況は、タカシさんの故意ではない。ということですかね』


「そういうことになるな」


『そ、それは……あの……なんというか……、なんかごめんなさい。わたしてっきり、勘違――』


「それに、離れられるなら今すぐにでも、こんな未成熟なおこちゃまばでぃとはおさらばしたいんだよ! いいか、オレはもっと出るとこが出てて、引き締まるべきところは引き締まってる、メリハリバディがお好みなのでしてよ!? おわかり!?」


『き、聞き捨てならない言葉がありましたが……、いいでしょう。この際、身も心も「あだるてぃ」で、「せくしー」で「だいなまいつ」なわたしは、この寛容な心をもって、その侮辱的発言を隅にでも置いておきましょう。ええ、気にしませんとも、ええ』


「のみこみがよくてたすかるよ。おこちゃまばでぃ」


『むぐぐっ、あなたとは絶対に仲良くなれる気がしないです』


「こっちもだよ。そもそも、べつに仲良くなる気なんてないさ。こっちから願い下げだよ!」


『な、なにをぅ!? そんなこと言うなら、こっちのほうが、願い下げの願い下げですよ!』


「……それって、逆の意味になってねえか?」


『ハッ!? ……おほん。まあ、無駄で幼稚で不毛な言い合いも、もうここらで止めておきましょう。じゃあ、さっきあなたが言った一生住みつくわけじゃないとはどういうことですか? なにか解決方法でも思いついているということ、ですよね?』


「ああ、まだいろいろとオレにもわからないことがあるけど……、オレの仮説が正しければ体を乗り換えることができるとおもうんだ」


『乗り換える……?』


「そう、乗り換えだ。魂だけを違う体に乗り換える。ただし、生きている人間じゃダメだ。今回みたいなことの二の舞になりかねないからな。それにひとつの体にふたつの魂は重量オーバーだ。どんなリスクがあるのか、わかったもんじゃない」


『じゃあ、どうするんですか? ネコちゃんとかのからだに、乗り換えるとかですか?』


「ネコちゃんっておまえ……オレをどうしたいんだよ……。そうだな、手っ取り早いのは死体を使うのが一番だろーな。それも今回みたいな死にたてホカホカじゃなくて、そこそこ時間のたってるやつだ」


『それはどうしてですか? 趣味ですか?』


「アホか! ……アホか! 死にたてだと、余計なオプションまでついてきちまうからだろうが。今回みたいに」


『よけいな魂……ってもしかして、わたしのことですか!? ひどくないですか!? そんなこというなら、もうすぐにでもからだを返してもらいますよ!』


「おいおい、よく考えてみろって。オレはおまえを救った命の恩人でもあるんだぞ? そんなやつをつかまえて、あーだこーだいうのって、どうかとおもわないか? オレはどうかとおもう。なんだか悲しいよ、オレは。せっかく、救った命に憎まれ口たたかれるなんて……」


『そ、それは……、そうですよね。あなたの言う通りです。配慮が足りなかったというか、わたしも言い過ぎたというか……ごめんなさいです。あとその、ありがとうございます。命を救っていただいて……感謝はしているんですよ? でも、なんというか……』


「まあ、その恩人が次の宿主を見つけるまでだからな。それまでからだを借りていても、バチは当たらないだろ」


『……そうですね。でも、言っておきますけど、わたしのからだ、あまり乱暴に扱わないでくださいね? あと歯磨きは毎食後に、お風呂やトイレの時なんかは目をつむりながら――』


「さて、その次の体なんだけど、この近くに墓地とかそういうのってないのか?」


『墓地、ですか? ……んー、どうでしょう。ここのあたりの地形はわたしもあまり詳しくなくて……、て、ここ、どこなんですかね? エストリアの近くに活火山ってありましたっけ? あ、そうだ! さっきまで戦争があったので、すこし道徳的にはあれですけど、戦っていた戦死者とかなら相当数いるんじゃないですか?』


「ああ、それはダメだ」


『え? なんでですか?』


「見えないか? これが」



 タカシは言って、あたりをぐるりと見渡した。

 タカシを中心に周囲数十キロにわたり、冷え固まったマグマで覆いつくされている。



『溶岩……ですね……』


「あそこにいたやつらは生者死者関係なしに、ほとんど跡形もなく溶けてなくなったからな。……我ながら、少し引いたくらいだ。この状況じゃ回収なんて、とてもじゃないけど無理だよ」


『も、もしかしてこれって……あなたがやったんですか!? 敵味方もろともですか?』


「まだ判別する余裕も技量もなかったからな。そもそもどいつが味方で、どいつが敵なのかすらわからなかったし、見てわかるように魔法の範囲が範囲だったのもあるしな。とりあえず、無我夢中で魔法を放ってたらこうなってた」


『ななな、なんちゅーことをしてくれてんですか! あなたは!』


「は? いや、でも――」


『デモもシュプレヒコールもないですよ! こんなんじゃ、故郷に帰っても仲間殺しとかなんとか、その他諸々の罪でしょっ引かれて、打ち首獄門ですよ!? 野ざらしですよ?』


「うげ……、マジかよ。おまえんとこの国ってまだそんなことやってんの?」


『……あれ、どうなんでしょう? まあ、聞いたことも、ましてや見たこともないんですけどね』


「適当かよ!!」

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