第2話

 猫耳と尻尾を生やした美緒はジトッと敬人を睨んでいる。


「これは事故だ! なんという事故だ! 自分の彼女がまさか猫耳女子になってしまうとは! これはきっと俺の血筋が齎した奇跡! けしからん! 早く打開策を見つけねば……」


 睨まれている敬人は、口では懸命に弁解(それすら怪しい)しているものの、残念だ。目が楽しそうにきらっきらしている。

 わざとだ。確信犯だ。元凶は、この男だ。

 身体は成人男性だというのに、中身は小学生男子か。

 聞くに堪えない言い訳にもなっていない敬人の言い訳を美緒は遮った。


「もういいから! 今回は、にゃにしたのよ」


 嗚呼、嫌でも口調が猫っぽくなってしまう。

 しかし、それでも美緒の目は真実を話さなければ本気で怒ると語っている。

 さすがの敬人もそろそろ真面目にならなきゃまずいと悟って、降参だとばかりに両手を上げながら説明を始めた。


「わかった。すまなかった。ちゃんと話す。……俺って、薬学部の学生だろ? で、先祖は陰陽師。だから」

「私のお茶に自作の薬盛ったの!?」

「ごめんなさい」


 ここまでの効果が出るとは思わなかった、と言われても参ったものだ。

 敬人は薬学部所属で、二年になった最近は専門科目の講義が楽しいと聞いてはいたが、まさかこんな形でその知識を使ってくるとは。薬学の知識と陰陽師の才覚の融合。とんでもないことをしたものだった。

 まぁ、そんなことは今は置いておいてもいい。それより美緒は一つだけ、きちんと確かめておきたいことがある。


「ねぇ、敬人」

「ん?」

「これ、元に戻れるのよね?」

「ああ。しばらくすれば戻ると思う」


 その答えに美緒はホッと胸を撫で下ろした。ずっとこのままは生活に支障しかない。


「美緒の体にあやかしを憑けるつもりはなかったんだが……やっぱ、実験と実力不足ってやつか」

「じゃあ、にゃにしようと思ってたのよ」


 これが失敗というなら、何を以て成功というのだ。


「本来なら、その辺にいる妖を一時的に見えるようにして驚かすつもりだったんだ。まさか一時的にとはいえ、猫の妖に憑かれるとはなぁ」


 失敗にしても想定外らしい。

 要するに、だ。

 美緒はひょんと尻尾を揺らして確認した。


「私は今、猫の妖もどきってこと?」

「そういうことだ」

「ふぅん。にゃるほどね」


 美緒の反応に合わせてピクリと耳が動く。

 敬人がそれを見て、フッと笑った。


「にゃ、にゃによ」

「いや。普通にしてるだけでも萌えるもんだなと」

「さらっと、にゃに言ってるのよ、バカ!」


 あまりこの姿を見られたくなくて、耳と尻尾を手で隠す。

 敬人は立ち上がって、美緒の脇に座り直した。


「ちょ、あんまり見にゃいで」

「目標と違う結果になったが、これもこれで結構気になるんだ。よく見せてくれよ」

「いや」

「痛いことはしないから」

「敬人が私に痛がるようにゃことをしにゃいってのは前から知ってるわよ。それでも、いやにゃの」

「なんで」

「だって……」


 美緒は視線を逸らして、頬を染めた。こんな姿をじっと見られていると恥ずかしくなってくる。

 敬人もそれをわかっていて、やっているのだろう。全く、こいつは。


「一応、視姦してるつもりではないんだけど?」

「視姦って自覚してるじゃにゃい! この変態!」

「仕方ないだろ。彼女がリアルに猫してるんだ。何も感じない方がおかしい」

「ふー!」

「おお、こりゃ猫っぽい。かなり妖に影響されてるな……」


 尻尾と耳、髪の毛を逆立てて威嚇すれば、敬人は反省するどころか感心している。

 もう! いい加減にして!

 敬人が美緒の頭に手を伸ばし、よしよしと宥めるように撫でた。


「悪かった、俺が悪かった。だから落ち着け」

「ぜんっぜん反省してにゃい! 私に触れられて得したみたいにゃ顔してる!」

「やべっ、顔に出てるか」

「今更表情引き締めたって遅い!」


 けど、こんな風に敬人とじゃれるのは久し振りだ。

 進学してからは、そうそう会えていないし。

 美緒は少し考えてから、スッと体を敬人に寄せた。


「……ツン猫がデレた」

「うっさい」

「そうだな。いつも俺の前じゃデレデレだもんな、お前」

「黙って」


 口では強がっていても、体はすりすりと敬人に甘えている。

 妖に憑かれている効果もあってか、甘えることに抵抗がない。

 敬人も美緒の髪の匂いを嗅いだり、猫耳を弄ってみたりとちょっかいを掛ける。


「うぐっ……敬人、耳は……っ」

「んー? やっぱり弱いんだな、耳」

「ちょっと、やめっ……」

「尻尾とか確か……」

「ひゃぁっ」

「あー……楽しすぎる」

「敬人ぉ!」


 羞恥に耐え切れなくなった美緒が敬人の頭に噛みつくまで、敬人の悪戯は続くのだった。




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