陰陽師の末裔で理系学生な彼氏に妙薬を盛られました

土御門 響

第1話

 雪野美緒ゆきのみおはリア充だ。

 高校時代から彼氏がいる。

 彼とは数学の授業で知り合って、そのまま意気投合して付き合い始めた。

 彼は面白い人だ。話していて飽きないし、ちょっと子供っぽいところが可愛らしい。

 彼は理系で、私は文理系。大学受験の時は、同じ受験科目だった数学を互いに教えあって乗り越えたものだ。

 受験で男女関係が破綻するという話も、私たちには関係なかった。

 大学の進学先は別々になったものの、それでも繋がりは切れず仲良くやってきている。

 進学して会える回数が少なくなったものの、連絡は定期的に取っていたし、お互い片方が忙しいときには配慮する気遣いもちゃんとできていたから、擦れ違いで破局することもなかった。たまにデートをしたときに、普段会えないぶん、互いに甘え合うといったところ。

 ごくごく普通な、どこにでもいるカップル。それが私たち。

 ……けれど、彼には一つ問題があった。

 私は一応、それに慣れたものの、いまだに翻弄されることがある。


 彼は、悪戯が大好きなのだ。


 ***


「……」

「美緒」

「……」

「美緒?」

「……」

「美緒? 美緒さん? 雪野さーん?」


 出会った頃のように、苗字に“さん”付けをされたところで、美緒は事態を呑み込んだ。

 そして、叫ぶ。

 思い切り。この上なく。最大限に。

 この意味不明な理不尽に異議を申し立てる。

 それが無駄だとわかっていても、叫ばずにはいられなかった。


「にゃんじゃこりゃあああああああああああああ!?」


 それも当然。

 美緒の頭からは柔らかそうな黒い猫耳が生え、尻からは耳と同じ色合いの尻尾が生えていたのだから。


 ***


 時間を三時間ほど遡る。

 今日は彼氏の家に行くことになっていた。彼のご両親にご挨拶とか、そういう意味合いではなく、単に会いたいから来てくれと呼び出されたのだ。

 美緒自身、講義もバイトもなかったので、素直に応じて彼の家に向かった。

 彼の家は一言で言い表せば、豪邸だ。

 彼は実家暮らしで、広い敷地の自宅で暮らしている。

 なんでも、彼の先祖はかなり偉い身分だったそうで。今も、その名残が色濃く残っているそうだ。

 彼のご両親には、まだ会ったことがない。毎日仕事で家を出ているらしく、美緒が訪ねて行っても、応対するのはいつもお手伝いさんだった。

 今日も、インターフォンを鳴らして出てきたのは初老の女性。この家のお手伝いさんだ。


「よくいらっしゃいました、雪野様。敬人たかと様が奥でお待ちですよ」


 玄関で靴を脱ぎ、お手伝いさんの先導で長い廊下を進む。

 内装の印象は武家屋敷。総本家。由緒正しい日本家屋。初めて来たときは度肝を抜かれたものだが、何回か来るうちに慣れてしまった。

 部屋に着くと、中で待っていた彼――日野敬人は目を輝かせて立ち上がった。


「美緒、いらっしゃい」

「それでは、私はこれで」

「ああ。ありがと、望月さん」


 お手伝いさんが下がり、部屋には二人が残る。

 敬人は立ちっぱなしの美緒に座布団を勧めた。外観の印象そのままに、部屋はすべて和室なのだ。

 美緒が敬人と向き合う形で座布団に座る。


「どうしたの? 呼び出すなんて」

「彼女と会うのに理由が要るか?」

「そういうことじゃなくて……」


 きらきらと目を光らせている敬人に、美緒は嫌な予感しかしない。

 敬人は面白くて可愛げのある、いい彼氏だ。しかし、この顔をするときは何かを企んでいる。何か悪戯を考えている。

 敬人の唯一の欠点。悪戯好き。

 しかも、持ち前の頭脳とで、普通のレベルを超えた悪戯を仕掛けてくるから、たちが悪い。


「敬人。また私に変なおふだ使うつもり?」

「まさか! もうフダには懲りたよ。散々お前に叱られたしな」


 敬人の先祖は陰陽師なのだ。

 敬人は隔世遺伝によって、陰陽師の強い素質を持っている。

 ゆえに、呪術といった現代じゃ信じられないような芸当ができるのだ。そして、その才能を、しょうもない悪戯に使う。面倒なことこの上ない。

 敬人は実験と言うが、現実は悪戯だ。オブラートに包んで言ったって、そんなもの美緒がびりびりに破く。

 今までの敬人がやらかしてきた悪戯を全部挙げていたらキリがないから、全部は言わないが、少し例を挙げてみる。

 敬人が蔵から見つけ出した札で美緒が幼児化。敬人が気配を消す術にハマって美緒に悪戯をしまくった。敬人が力を暴走させて裏山に大穴を作った。……最後のは、悪戯というより事故か。

 とにかく、敬人は定期的に何か仕出かす奴なのだ。


「そんな信用のない目で見ないでくれって……俺に嫌気がさしたのか?」

「うっ、ち、違うけど……」


 そして、敬人は美緒が自分に惚れ込んでいることをよくわかっている。ありとあらゆることに対する匙加減が絶妙だから、美緒は叱ったり少し怒ったりしても、敬人のことを嫌いにはなれなかった。この絶妙な加減。器用さの使いどころを大きく間違えている。


「あ。お茶も出してなかったか。ごめんごめん」

「あ、お構いなく……」


 そのとき美緒は気づけなかった。

 いつも茶菓子は、お手伝いさんが出していたということに。


「はい」

「ありがと」


 出された茶を啜って、美緒は意識を失った。


「美緒!?」


 敬人の動揺した声を聞きながら、美緒は一時的に意識を失い、そしてすぐ目覚めた。

 冒頭に戻る、といったところである。

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