第15話 アメリカ(3)
「艦隊司令。プランが決まりました。」
エドワードが着任して一日が経過し、時刻は正午を過ぎた頃だった。CICで空軍との連携を打ち合わせしていた艦隊司令の元に、中佐の階級章を付けた海軍士官が報告にきた。手にしていた書類を手渡し、艦隊司令はそれを軽く通読する。
「原潜による誘き出しか。」
内容を見、詰まってしまった。現在艦隊には、シャイアンとコロンバスの二隻が追従しており、対潜戦闘の一躍を担っていた。確かに原潜を使えば確実に生物を誘き出し、監視の元に出来る。しかしリスクが高かった。潜水艦は衝突されたら終わり。乗組員の脱出もままらない現実があった。そのためすぐには首を縦にふれなかった。とはいえ、対潜哨戒機のみで確実な位置情報を獲得出来るという自信はなかった。潜水艦とは違い、自由気ままに遊泳する生物に規則性を見出す事は出来ず、原潜を使用した作戦プランは有効策だった。周囲の士官と相談を重ね、艦隊司令は渋々承諾した。
「エドワード司令官を呼んでくれ。」
作戦開始に伴い、通信兵にそう指示を出す。少ししてエドワードが入室してきた。
「始めるのか?」
「はい。原潜を使用し誘き出します。そして我が艦隊の監視圏内に置き、航空機及び艦船の持つ火力を活かし、ヤツの表皮を剥がしに掛かります。一枚や二枚、落として見せます。」
問い掛けに対し、艦隊司令は冷静な口調で返す。そして、
「作戦開始。」
の一声を絞らせた。各所で復唱が繰り返される。それと同時に士官や隊員らが忙しく動き始め、艦内にベルが鳴り響いた。
「シャイアン。艦隊を離脱。」
「戦闘攻撃隊。発艦始め。」
「全艦。戦闘配置。これは演習にあらず。」
通信兵らが一斉に受け持った指示を各所に飛ばす。それを受け、艦隊は戦闘態勢に移行した。
太陽が照り付ける空母の甲板上では忙しく発艦作業が行われていた。水蒸気による白い煙が巻き起こる中、カラフルな作業服に身を包んだ発艦作業員らは小走りで発艦前の最終チェックを開始する。パイロットもF18戦闘機のコックピットに駆け上がり、エンジンにスタートを掛けた。そして発艦作業員のハンドサインを受け、彼らは次々と機体を空に上げた。
「戦闘攻撃隊第一波。発艦。」
CICでは士官を始めとして総出で各艦と交信を行っていた。その中、一人の通信兵が報告を上げる。エドワードはそれを聞き、
「よし。目標を発見次第、射撃を許可する。」
艦隊司令の承諾を得ず、独断で指示を出した。艦隊司令はすかさず止めに入る。
「プランにありません。シャイアンを前に出した意味がなくなります!」
「シャイアンは父島近海で浮上。待機させろ。目標が姿を現すまで攻撃隊は周辺空域を旋回。第二次攻撃隊の発艦準備急がせろ。」
艦隊司令の言葉を無視しエドワードは続けた。艦隊の士官らが集まり出す。
「私の艦隊です。貴方の独断で部下を危険な目に晒す訳にはいきません。今の命令は撤回させて頂きます。」
艦隊司令は強く出た。しかし、
「生物の捕獲又は表皮の採取。その全権を大統領から委任されている。この艦隊の指揮権も、生物に対してであれば私にある。」
終始冷静な口調で反論する。艦隊司令は返す言葉がなかった。周囲の士官らはそれまでざわついていたが、それを聞き口を噤む。下士官らは指示を待っていた。それを見、
「これより、作戦指揮権をエドワーズ司令官へ一任する。」
艦隊司令は苦しながらにその一声を発し、耳にしたエドワーズは口元を緩ませた。
「懸命な判断に感謝する。」
彼の顔を見ることなく言い、続けるようにして、
「先程の指示。総員に厳命しろ。何としてでも成果をあげろよ。」
そう言い放ち、近くの椅子に腰掛けた。今まで最小限の交信のみで静まり返っていたCICが再び動き出す。艦隊司令はその光景に溜まらずCICを後にした。数人の士官がその後に続く。それを横目で見つつ、
「前衛の駆逐艦。シャイローとカーティス・ウィルバーだな。二艦先行させろ。」
更に指示を追加し、通信兵らは忙しく指示を飛ばす。その直後、空軍の迷彩服に身をまとった士官らが一斉にCICになだれ込んできた。エドワーズの指示を受けた面々だった。不思議そうな表情で一瞥する海軍兵らをよそに、彼らはモバイル式の電子機器を広げ始め、どこかと通信を始めた。
「司令官。シャイアンより緊急。目標発見。我が艦に近付きつつあり指示を求めています。」
その中、上等兵の階級章を付けた、まだ顔が幼い海軍兵が報告を飛ばしてきた。その内容にCICが一気に騒々しくなった。担当の士官が駆け付け事実確認の把握に入る。エドワーズはその士官の最終報告を待つことなく、
「通常魚雷による攻撃を許可する。上空待機中の攻撃隊は援護態勢。戦闘救難隊は甲板にて発艦待機。」
いっそのこと殺してしまおう。そう考え指示を出した。日本の海岸線から厚木基地まで、市街地を移動したというデータから生物の表皮は少なからず頑丈なことは分かっていた。通常であれば潜水艦の魚雷攻撃のみで充分だったが、念を押し艦載機にも攻撃命令を出した。殺してしまいさえすれば、後は死骸を回収。表皮を冷凍保存し本国に送ればいいだけ。彼は軽い笑みを浮かべた。
「目標!依然接近!距離450!」
同時刻、米海軍原子力潜水艦シャイアンの指揮所は騒々しく報告や指示が飛び交っていた。
命令とは言え、本艦が生物の餌として使われることになるとは、この艦の長に着任して3年目の大佐は冷や汗を掻いていた。生物接近の報を空母に知らせて二分。魚雷攻撃を許可する命令が下り、艦長はすぐに発射の指示を出した。
「魚雷発射管一番・二番装填。」
それを受けた砲雷長が叫ぶ。
「用意良し!」
担当の下士官が叫び返す。艦長はそれを聞き、砲雷長に大きく頷いて見せた。
「斉射!ってー!」
その指示から数秒。魚雷が発射された際に感じる振動が身構える彼らに伝わる。
「命中まで3・2・1・・・」
砲雷長がストップウオッチを持ちカウントする。そして少しの沈黙の後、命中を知らせる爆発音が耳に入った。思わず各所で声が漏れる。倒したか。艦長の緊張はピークに達していた。
「3・4番装填。発射準備で待機。」
ソナー員の報告を待ち、沈黙が広がる中、砲雷長が無線に素早く指示を入れた。直後、
「目標健在!微量のアクティブソナーを依然発信中!距離・・・」
ソナー員は振り返り報告を飛ばしてきた。しかしその報告の途中、凄まじい振動が彼らを襲った。
「目標海上に浮上!シャイアンを襲っています!」
その光景にF18パイロットは息を呑んだ。上空待機を下命され、シャイアンの周囲を旋回していたが、タイミングが悪く襲われる時に攻撃態勢のフォーメーションを組めていなかった。
生物はシャイアンを両手で鷲掴みにし、その鋭い爪で船体に穴を空けていた。それを見、パイロットは大きく機体を翻し、目標を射程に入れる。攻撃許可は下りていた。ロックオンを示す音が鳴り響く中、パイロットは躊躇することなく赤いボタンを押した。直後、翼下に取り付けられていたミサイルが放たれる。それを皮切りに他の機体からもミサイルが発射された。それを確認するとパイロットらは、フレアと呼ばれる回避用の兵装を機体下部から射出させ離脱行動に入った。戦闘機の編隊は、白い複数の閃光を空に残し雲の中に消えて行く。
「ミサイル全弾目標に命中。しかし効果なし!」
少し離れて観測を実施していた偵察機のパイロットは目を疑いつつ報告を飛ばした。発射位置が良かったため、ミサイルは原潜に命中することなく、見事生物の身体のみに当たっていた。
合計で6発が命中していたが、その生物は怯むどころか、怒り狂っているように思えた。その姿に恐怖を感じつつも、潜水艦乗組員の安否に目がいった。爪によって空けられた大きな穴から海水が大量に侵入しており、パイロットは何も出来ない自分を悔やんだ。まだ生きている兵士がいるかもしれない。そう希望を持ち、追加攻撃を空母に進言した。
巨大生物出現事案 RC @jsdf1954
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