第10話 侵攻(2)
その頃、神奈川県から津波及び巨大生物上陸の報告を受けた官邸はパニック状態と化していた。津波発生の報を受け、緊急対策室が設置され、対処に動き出していた矢先、巨大生物上陸の報を受けた。直後、緊急対策室から内閣危機管理センターに管轄は移され、岡山総理以下、関係閣僚は対応を協議していた。
「上陸時は甚大な被害を受けましたが、現在は早急な避難行動により被害者は出ていません。通過後の被災地では救助活動を全力で行っております。」
内閣府と背中に書かれた服を着た職員が閣僚らの前で報告する。数人が頷き報告書に目を向けた。その中、
「環境省としては、生物の調査を行いたいと考えております。」
小林環境大臣が職員から上がってきた報告書を見ながらそう述べた。
「神奈川県知事は生物の早期駆除を求めています。既に猟友会が動き出し、駆除の方向で進んでいます。」
柿沼経産大臣が否定的な口調で返し、続けるようにして、
「それにこれ以上の被害は経済にも多大な損害をもたらします。猟友会でも自衛隊でもいいからサッサと駆除して貰いたいのですが。」
そう言い、危機管理センターのメインスクリーンに目を移す。そこには自衛隊の観測ヘリからの空撮映像が映し出されていた。まだ夜が明けていない時間帯だったため、映像は緑がかった暗視映像だったが、充分なほどの情報がそこから得ることが出来た。住宅街を無心で突き進む直立二足歩行の生物、一体どこに向かって歩いているのか誰も検討すらつけられなかった。
時々、火の手が上がりその度に数人が声をあげる。被害は計り知れなかった。
「防衛省としましては命令があればいつでも出せます。」
大山防衛大臣は自信満々に口を開いた。隣の席に座っていた統幕長もそれに頷く。全体の流れは殺処分に傾いていた。岡山総理は全体の意見をまとめ、自衛隊に害獣駆除の名目で出動させるよう指示した。しかし外務大臣の言葉がそれを止めた。
「総理!アメリカから緊急声明です。本国は巨大生物の捕獲を強く希望する。よって生物への攻撃は容認出来ない。とのことです。」
外務省職員が小走りで文書を手渡し、外務大臣が素早く読み上げた。それを聞いた周囲は沈黙した。岡山総理も突然のアメリカ介入に言葉を失った。
「何故、このタイミングでアメリカが?」
大山が一人呟く。
「アメリカはこの生物の存在を知っていたということだな。」
国交大臣がそう口を開くと、周りが一気に騒めき始める。岡山に集中砲火が浴びせられる。しかしどれも個人の主張に偏ったものばかりであった。
「総理。後々アメリカの支援が必要となります。私としては捕獲の方向で動いても宜しいかと。」
外交を重視した外務大臣がそう進言してきた。それを聞き環境大臣は身を乗り出すような形で、
「環境省としても、日本独自の固有種として保護するべきです。そのためには今は捕獲を進言します。今なら日米共同での管理が可能です。」
その意見に岡山は頷きたかったが、被害状況を映したスクリーンを見た時、容易に首を縦にふれなかった。破壊された住宅街がズームで映されていた。我々の決断が遅れているこの間にも日常生活を奪われている人々がいる。そう考えると、この生物を生かしておくべきなのか。脳内を駆け巡る。そして、
「自衛隊に害獣駆除を命令する!」
の一声をあげた。直後、大山は大きく頷き、統幕長に指示を出した。
「了解しました!直ちに実施可能な作戦プランを立案します!」
統幕長はそう言い立ち上がった。他の閣僚らも指示を受け個々に動き始めた。その時、
(巨大生物!厚木基地に到達!進行を停止しました!」
危機管理センター内にその報告が響き渡る。全員が動きを止めた。スクリーンに目線が集中する。そして、そこでの映像にその場の者は目を見張った。
巨大生物上陸の知らせを受け、クーパーは言葉を失っていた。日本政府がどのような対応を取るかは未知数であったが、すぐに攻撃という選択肢を取らない事は明白だったため、部下に米軍独自での作戦立案をさせていた。しかし在日米軍の殆どの戦力は米韓合同軍事演習と合わせ、日本海にあり防衛戦を展開するにも人員がいなかった。
「厚木に保管している核弾頭が狙いでしょうね。」
横田基地のオペレーションセンターで警報が鳴り響く中、エリック副官が耳打ちしてきた。
言われずとも分かっていたが、クーパーは今の状況を呑みこめていなかった。まさか、日本海から核弾頭を狙って上陸してくるとは思いもしなかったからだった。
「司令官。攻撃命令をお願いします!何もせず核弾頭が奪われるのを見ていることは出来ません!」
陸軍中佐がそう進言してくる。核弾頭警備のため、厚木基地には小規模ながら戦力はあった。しかしテロリスト等を想定した装備品で部隊は編成されており、充分とは言えなかった。それに第一、大統領から攻撃許可は下りておらず、命令違反をする訳にはいかなかった。
「核弾頭の近くで戦闘勃発など、誘爆したらどうするんだ!」
クーパーがそう考えている横でエリックが陸軍中佐に叱咤する。
「飛ばせるヘリはあるか?」
その中、クーパーは唐突に近くにいた空軍大佐に問い掛けた。
「はっ、ブラックホークなら五分で離陸出来ます。」
困惑気味にそう返す。
「画面越しではなく、直接ヤツを見たい。エリック、ついてきてくれるか?」
その言葉に周囲の士官は一斉に止めに入った。しかしエリックは少し考えた後、
「了解しました。お供します。」
「よし、厚木の隊員は一人残らず避難だぞ、くれぐれもヤツに銃口なんか向けるなよ。徹底させろ!」
周囲の引き留めをよそに、二人は空軍兵の誘導に従いオペレーションセンターを後にした。
クーパーの指示を受け横田基地のエプロンにはブラックホーク一機が離陸態勢で待機していた。その後ろにはアパッチと呼ばれる攻撃ヘリが二機、低空飛行しており護衛についていた。
ローター音が響き渡る中、機上整備員に手を引かれ、二人はブラックホークに搭乗した。
それから数分、機器の安全確認が終わったブラックホークはその機体を空に浮かし、エンジンの強まる音と共に高度を上げ、厚木に向かって飛行していった。
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