第9話 侵攻

「分かった。政府への対応は頼む。自衛隊は?」

政府との連絡係を副知事に任せ、近くの県職員に自衛隊の動きについて尋ねた。

「現在武山駐屯地から連絡官二名がこちらに向かっています。また情報収集のため、付近の航空基地から回転翼及び固定翼機が離陸。現在上空で任務にあたっているとのことです。」

事態発生から二時間が経とうとしている中、その全貌はまだ把握出来ていなかった。自衛隊に災害派遣の要請すら出せていない現状で情報も全然入ってこず、知事は苦虫を噛み潰したような表情になっていた。

「先遣隊からの連絡で、現場一帯は混乱状態。主要な幹線道路は交通渋滞により使用不能で、陸路による救助部隊到着は時間を要するとの事です。」

消防隊員のその続報に知事は思わず舌打ちをした。

「一体、何が起こっているんだ!」

続けるようにして、周囲に集まっている職員に怒鳴る。直後我に返り、肩を竦めた。

職員らも知事の気持ちが痛いように分かっていたため、何も言えなかった。その中、県警本部長が部下数人とともに、ただならぬ顔で対策室に入ってきた。五十代前半で貫録ある彼は知事の前で足を止め、

「知事。非常に言いづらいのですが、避難誘導を行っている現場の隊員から巨大生物が内陸部に移動しているという確定情報が多数寄せられていまして、」

防災訓練などで見ている強気な彼の姿は微塵もなかった。この異常事態に顔面蒼白でそう告げてきた。その内容を裏付けるように、オープンになった警察無線が対策室内に流れ始めた。

(交機4より本部!情報にあった巨大生物を現在目視にて確認中!表皮は黒、直立二足歩行で、体長は目測五十メートル前後!尚も内陸へ向け移動中、指示を!)

(本部より交機4。引き続き巨大生物の動向監視にあたれ)

ほんの数分前までは津波と地震という自然災害で全員が動いていたのにも関わらず、ここにきて今後の動きに知事は戸惑った。連絡官として県庁に到着した自衛官二人組も、知事への報告を後回しに無線機で忙しくやり取りをしている。

「生物。ということになりますと、猟友会による駆除か、自衛隊による害獣駆除の二択となります。」

副知事が法律関係の書籍を凝視しつつ、口を開いた。

「体長五十メートルだぞ。警察の方で対処は出来ないのか?」

ここで知事は一度頭を整理した。海から新種の生物が上陸し内陸へ向け進行している。シロナガスクジラが上陸したんだ。地球上で既に確認されている生物を例えに考えると、落ち着いて状況を見ることが出来た。出来れば猟友会の力で駆除して欲しかったが、民間人を危険な目に遭わせる事は出来ず、警察での対処を望んだ。

「残念ながら、警察による害獣駆除。害獣に向けた発砲は認められていません。猟友会で駄目なら自衛隊に害獣駆除要請を出さねばなりません。」

県警本部長の返答を聞き、知事は下唇を噛みしめる。

「知事!総理よりお電話が入っています!」

一瞬の沈黙を裂くように県職員が叫んだ。

「猟友会には準備をさせろ。後、猟友会の護衛として銃器対策部隊の出動を。」

知事は咄嗟にそう決断し、指示を出した。このまま進行されたら神奈川県が負う被害は計り知れないものになる。そのため早い段階での殺処分が求められると考えた。相手が生物なら撃ち殺せばいい。環境保護や動物愛護団体から何かしらの反発があるかもと脳裏をかすめたが、気にしている余裕はなかった。指示を受け取った県警本部長や関係者はすぐさま行動に移した。

知事はそれを横目で見ながら受話器を手に取った。





 眠気が残る中、飯山は携帯の着信音で目を覚ました。隣のベットに寝ていた中村も同様、ほぼ同じタイミングで鳴った。目をこすりながら時刻を確認する。ベット横の時計は、赤色のデジタル表記で午前四時を示していた。在日米軍の動向調査の初日。飯山と中村は横田基地近くのビジネスホテルに宿泊していた。中村とも大分打ち解け、明日から本格的に調査を使用としていた中での電話。時間帯からして緊急事態を告げるものだと直感していた。意識をしっかりと戻し、電話に出る。

(お疲れ様です。内閣危機管理センターの宮内と申します。平塚市に巨大生物が上陸しました。詳細は不明ですが、米軍調査を中断し、中村一尉と官邸に来てください。車をそちらに回しました。)

いきなりのことに頭が混乱していた。

「巨大生物?平塚?官邸?」

傍から見ると馬鹿丸出しの光景だったが、無理もなかった。中村も隣で同じ状況になっていた。

(ホテルの正面玄関に車をまわしましたので、お願いします。)

宮内と名乗った人物は、そう言い残し、一方的に電話を切った。飯山は冷たい態度に腹がたったが、自分の置かれている状況を冷静に考え直した。中村も頭の整理が追いついていない様子だ。

「とりあえず官邸に。」

飯山はそう自分に言い聞かせ、急ぎ身支度を始めた。何が起こっているのか理解出来なかったが、迎えがくるから準備をしなければならないことだけは、はっきりしていた。制服を着込み鏡で素早く身なりを確認する。それを見、中村も遅れて身支度を始めた。自衛官としてベットを整えてから部屋を出たかったが、そんな暇はないと言い聞かせ、大きめのバックを片手に、中村とともに部屋を後にした。

「巨大生物って、ゾウとかですかね?」

足早に廊下を歩いている中、中村がそう切り出してきた。

「ゾウが暴れたからって、俺達が呼ばれるか?何か嫌な予感がするな。」

非常階段の厚いドアを開け、そう返した。エレベーターで降りても良かったのだが、時間が掛かると思い階段にしたのだった。階段の踊り場には蛍光灯が光り、階数を表示していた。3Fと書かれたのを見、急ぎ階段を下る。沈黙の中、男二人の靴音が騒々しく響き渡る。やがて正面玄関に到着するとスーツ姿の男性が数名待機していた。

「飯山三佐及び中村一尉ですね?」

二人の姿を確認した先頭の男性がそう告げてきた。飯山は軽く頷き足を前に進めた。

「お待ちしていました。官邸へお連れします。」

誘導され、黒のワンボックスカーに向かった。車の正面に目をやると自衛隊車両を表す桜のマークが記されており、スーツ姿の彼らが防衛省職員であることが分かり、警戒心を抱くことなく、ワンボックスカーに乗車した。そして全員が乗り込んだ事を確認した運転手は一気にアクセルを踏み込み、官邸へ向け発車した。

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