第8話 臨戦と上陸
大統領から命令が下り、三日が経過していた。朝の陽ざしが今日も横田基地の滑走路を照らし始め、それとともに誘導灯の光が見えにくくなる。格納庫付近では整備員らが忙しく業務に就き始めた。やがて、横田基地の駐機場には航空機が姿を現した。
そんな中、執務室ではクーパーの怒声が響き渡る。
「なに!却下!」
その声の大きさにエリックは一瞬ひるんでしまった。
「訓練内容の書類を求めているので、現在担当者に対応させています。しかし時間は要すると思われます。」
苦虫を噛んだような顔でそう応えた。
「しかし、作戦準備は整っているんだろ?」
自分の卓上に置いてあった作戦立案書を横目で見ながら、問い返した。
「はい。朝一で核弾頭が三発、グアムから厚木の保管施設に運び込まれました。日本政府の許可が下りることを見越して、部隊も全て日本海に展開させています。」
事務的な口調でエリックは言った。作戦立案から全て任された彼は、早々と無人島の選定と、それに並行して部隊を動かしていた。更に第七艦隊を主力として在日米軍のおよそ六割の戦力を日本海に展開させていた。核弾頭も太平洋空軍司令部からの了承を得て、今朝厚木基地に運び入れたのだった。しかし日本政府からの渡島大島の使用許可が下りず、核弾頭は一時、厚木の保管施設に置かれることになった。
「作戦参加部隊に即時待機を下令。核保管施設の警備を強化させろ。」
クーパーは肩を落としそう指示した。
「日本政府からの許可は遅くとも明日の午前には得られるよう、全力をあげます。」
エリックはそれだけ言い残し、執務室から退室した。クーパーはその姿を見送り、自身も無人島をいち早く使用させて貰えるよう、政府関係者にコンタクトをとるため身支度を始めた。
2
今日も相模湾の海面には、月明かりが映し出されていた。時刻は午前二時を回り、神奈川県平塚市の、相模川に面する防波堤には夜釣りを楽しむ面々が、小さな灯りを照らしながら釣り糸を海中に垂らしていた。沈黙を嫌う者の近くでは深夜ラジオの音声が辺りに響き渡る。その中、一人の中年男性が竿を振った。風を切る音がし、炭のような海面に赤い浮きが波とともに漂う。そして男性は深い溜息をつき、足元に置いていた缶コーヒーに手を伸ばした。暖かかった筈のコーヒーは既に冷めており苦さが増しているように思え、男性は海に吐き捨てた。同時に海の異変に気付いた。
「潮が引いている・・・」
津波の前兆と悟った男性は、すぐさま釣り道具一式を置き捨て、周囲の人々に避難を呼び掛けた。それを聞いた人々は忙しくその場から離れる準備を始めた。中には言わずとも津波だと感づいた者もおり、呼び掛けた時には車で走り去っていた。そんな身勝手な者達を横目に、その防波堤では一期一会の人達が助け合いながら避難を始めた。呼び掛けをした男性も自分の車に乗り込み、アクセルを踏むと同時に家族へ高台に避難するよう電話を掛ける。
しかし、自然と比べると人間の行動はいかにも遅いものであった。車を走らせて間もなく、ビル五階建てにも相当しうる津波が襲い掛かってきた。海岸線を通る国道一三四号線は寸断され、そこを走っていたあらゆる車両は飲み込まれた。住宅街も無論無事には済まず、一瞬の内に平塚市の海岸線は相模湾の一部と化した。
「平塚市にて津波の情報!被害等の詳細は不明!」
深夜三時を回った神奈川県庁の危機管理局で、受話器を片手に一人の職員が怒鳴った。
「海底地震か!」
咄嗟に別の職員が問い質す。
「現在確認中です!県警と消防が現地に向かっています!」
受話器を置き、報告した職員が続けるように言う。
「災害対策本部を至急設置。知事に緊急連絡。」
その場の責任者らしき職員が報告を聞き、そう指示を飛ばした。
「地方気象台より、ここ六時間、関東地方で地震等は確認されていないとのことです!」
当番となって残っていた数人の職員が忙しく動き回る中、一人の職員の報告に、周囲は耳を疑った。地震が無いのにも関わらず、津波が発生しているという異常事態を直ぐに理解出来る者はいなかった。
「地方気象台より続報!平塚市にて震度3の地震が連続的に発生。震源が移動しているのではないかという見解が来ています。」
またも理解不能な報告に周囲は騒めいた。連絡を受けた職員らが続々と集まってくる中、状況把握がしやすいようにホワイトボードに一人の職員が報告等を書き殴っていく。最初は違和感ない内容であったが、次第に意味不明なものに変わっていった。
やがて危機管理局から災害対策本部に場は移され、徐々に現状が明るみになってきた。県警や消防の連絡官が到着し、県の職員と情報共有をはかりだす。災害対策本部開設から三十分。知事が到着し、陣頭指揮を執りだした。
「状況を教えてくれ。」
防災服に身を包んだ知事は最初に危機管理局長に問い掛けた。
「はい。二時十五分に県警より第一報がありました。現在津波は引きつつあるとの事ですが、現在それに代わり、震度3の地震が連続的に発生しています。尚、震源は内陸部に移動しているとのことです。」
自分でも後半意味が分からないことを言っているのは重々承知していた。知事の顔が険しくなるのを横目で見つつ、最後まで言い切った。
「現地の状況は分からないのか?」
険しい表情を変えることなく、知事は冷静な口調で問い質した。
「現在、県警のヘリが現地に向かっています。間もなく映像が伝送されるものと思われます。」
県警職員が話に割って入り、そう報告してきた。
「現在までの被害状況は分かっていないのか?」
県警職員の話に頷きつつ周囲の人間にそう問い掛けた。
「今入った情報によりますと、国道一三四号線は平塚駅南口入口交差点から、高浜台交差点の間は完全に水没。松風町まで波が到達しているとのことです。」
報告書を片手に持った県職員がそう口を開いた。それを聞き、今まで冷静な姿勢を見せていた知事の顔は一瞬にして血の気が引いていた。自分が思っていた以上に深刻な事態だったからだ。昼間ならともかく、寝静まっている深夜にいきなり津波が押し寄せ、それも想像していたより内陸部にまで波が達していた。その被害は計り知れないものであった。
「救助活動は!」
思わずそう怒鳴った。その横ではホワイトボードに張り付けてあった平塚市の地図に赤ペンで斜線が引かれ始めていた。その斜線の範囲は言わずとも被害地域を指すものであり、言葉ではなく実際に目にしてみると焦る気持ちが増していた。
「現在救助隊が平塚駅に到着し、指揮所を設置しています。先遣隊は既に救助活動に着手している筈ですが、まだ報告があがってきていないため確認中です。」
消防の作業服に身を包んだ隊員が険しい表情で報告してきた。県警の機動隊員もその横におり、共同で任務にあたっていることを暗示させていた。
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