第7話 懇談


 正午までかかった沖縄県知事との会談は平行線で、結果棚上げとされた。午後も多忙なスケジュールをこなし、岡山は頭を悩ませながら夜、官邸に戻った。流れのまま地下の内閣危機管理センターに向かう。岡山が入ると相変わらず、各所で職員や、各省庁から出向してきた隊員らが忙しく動いていた。会議席には大山防衛大臣を始めとして、関係閣僚が座り議論していた。正面の大型スクリーンには北朝鮮の衛星画像が表示されていた。一見、今日の未明に呼び出された時と、何ら違いは感じなかったが、大山防衛大臣の緊迫した顏を見た時、状況が変化していることが窺えた。

「総理。緊急事態です。」

大山が何の前振りもなく、いきなり告げてきた。

「北朝鮮プンゲリの核関連と思しき施設が破壊されている事が、先程の衛星写真から判明しました。今、総理に連絡を取ろうとしていた所でした。」

続けるように言い、報告書を手渡してきた。

「放射能漏れは?」

報告書を軽く通読し、問い掛けた。

「韓国軍によりますと、放射能漏れは確認されていないとの事です。小松基地から飛ばした情報収集機からもそのように報告が挙がってきました。」

大山の隣の席に腰を降ろしていた迷彩服姿の男が立ち上がり、そう報告してきた。岡山はその男を見、すぐに統幕長だと理解した。統幕長とは自衛隊制服組トップで、北朝鮮情勢の急激な変化を受けて、官邸に出向してきたのだった。

「すると、事故か?」

総理大臣と指定された座席に腰を降ろし、問い掛けた。

「不明です。米軍が調査していると先程連絡がありましたので、報告待ちだと思います。」

防衛大臣の向かい側の席に座っていた本山外務大臣がそう口を開いた。岡山はその返答に頷き、

「福島の件はどうなっている?有識者からの見解は?」

「有識者会議を何度も開いているのですが、依然原因は分かっていません。」

総理の問い掛けに、近くにいた原子力規制庁の職員がそう応えた。

「推論でもいい。分かり次第すぐに報告を頼む。」

そう言い、その場を後にしようと席を立つ。直後、数人が総理の周りに付き、エレベーターまで誘導する。他の閣僚は席を立ち、総理が出るのを見送る姿勢をとった。その時、外務省職員が小走りで本山外務大臣に近付いてきた。そして耳打ちをする。

「総理!お話があります!」

エレベーターに乗り込み、ドアが閉まる直前、本山が叫ぶように呼び止めた。それを聞き、岡山は素早くエレベーターから降りる。

「米国防省から政府に要請が来ました。」

岡山が会議席の近くに来るのを待ち、本山がそう口を開いた。そして報告してきた外務省職員に説明を求めた。職員は緊張気味に姿勢を正し、

「はい。在日米軍の訓練で、日本政府管轄の無人島を使用させて欲しいとの要請が先程、外交ルートを通じてこちらに連絡がありました。至急に返答が欲しいとのことでここまで情報が上がってきました。」

一連の流れを事務的な口調で話す。

「なんでウチじゃないんだ・・・。」

大山の後ろに立っている防衛省職員が呟く。

「無人島?どこのだ?」

今まで口を閉ざしていた斎藤国交大臣が話に入ってきた。

「北海道沖の渡島大島です。」

外務省職員は即答し続けるようにして、

「日本最大級の無人島で、本土から五〇キロ程離れています。」

と、補足を付け足した。周囲に沈黙が広がる。

「訓練でって、いったい何の?聞いてないのか?」

大山が問い質す。

「兵員を上陸させるとだけは言ってきましたが、詳細は不明です。」

閣僚らの表情が険しくなる。岡山も曖昧な内容の要請に渋っていた。

「合同演習の一環か?」

統幕長の近くにいた制服姿の幹部自衛官数名がそう呟き始めた。統幕長が振り返り、静かにするよう口頭で注意する。

「国防省としては、早急に使用許可を出して貰いたいとのことですが。」

外務省職員の言葉に閣僚らは黙ったままだった。この返答を急いで欲しいというアメリカの要望に困り切っていたのだった。仮に政府がここで許可したとしても現地の自治体が許す訳が無く抗議活動が始まるのは目に見えていた。それに訓練内容が分からない事には住民への説明も充分には出来ず、今回の要請には無理があった。岡山は数分悩んだ末に、

「詳細な訓練内容とその意図。そして正式な訓練計画書の提出を私が確認次第、無人島の使用許可を出す。尚、これが完了しない限り、無人島の使用は一切認められない。そう伝えてくれ。」

岡山総理のアメリカに対する強い姿勢に、閣僚達は思わず息を呑んでいた。指示を受けた外務省職員は一礼しその場から離れて行った。その職員の背中を見つめつつ、岡山は大きなため息をついた。






 「航空自衛隊一等空尉中村です。宜しくお願いします。」

政府要人が行きつけると言われる高級料亭。その個室に飯山は通されていた。個室に入ると空自の制服に身を包んだ小柄で細身な男性が座敷に座っており、目が合うとその男性から挨拶をしてきた。飯山も挨拶を返し、中村と名乗った男性の向かい側に腰を降ろす。目の前には既に料理が並べられていた。

「バディの対面が済んだみたいですね。」

少し遅れて白石が個室に入ってきた。中村がその場で会釈する。

「早速ですが、おふた方には明日から横田基地及びその周辺で諜報活動に従事して頂きます。」

白石も腰を降ろしつつ言い、諜報活動の概要が書かれた計画書を二人に手渡した。

二人はお互い話すどころか、その計画書に目を通し始めた。個室にページをめくる音が響く。

「先程、新たな動きがありまして、渡島大島という無人島を、米軍が訓練で使用したいとの要請が政府にあったということです。」

読み始めてから五分弱。その沈黙を破るように白石が口を開いた。

「渡島大島?訓練内容は?」

飯山は計画書を閉じ、そう問い質した。中村も読むのを止め、白石に目を向ける。

「訓練内容等は通知されていませんでした。なので、総理はこの要請を却下したと。」

その返答に中村は失笑してしまっていた。

「アメリカの要請を蹴ったんですか・・・。」

「蹴ったというより、計画書を出して貰えれば使用許可を出すと伝えたそうです。」

中村の言葉に白石は冷静な口調で返した。

「まぁ、使わせて欲しいのに、用途を明らかにしないのはおかしいですね。」

飯山はそう言い、目の前のコップに口を付けた。

「はい。なのでそこも含めて調査をお願いしたいと思いましてですね。」

白石はそう言い、目の前の料理に手を付けた。それを見、二人も口にし始める。

「多分、全部一つの線で結ばれてる気がします。」

中村がそう口を開くと、飯山もそれに同意するかのように頷く。

「自分の推論ですと、テロリストが放射能吸収装置みたなヤツをアメリカから奪い、福島の放射能を取り、日本海に移動。国内に吸収した放射能をばら撒かれたくないアメリカは渡島大島でテロリストとの交渉に応じたいと思っている。そう考えられませんかね。」

白石の推論に二人は黙り込んだ。わりかし有り得る話だったからだ。一見するとあまりにもSFチック過ぎて信じようもない話だが、この現状を見た時、百パーセント否定できる要素はなかった。

「放射能吸収装置ねぇ。」

飯山が呟くように言う。

「NASAなら開発してもおかしくはありませんがね。」

中村の言葉に飯山は失笑した。

「どこまで映画じみてんだよ。」

そう突っ込みを入れたが、脳裏ではやはりこれも有り得なくない話だなと思っていた。自分達が今直面している問題は、どれ位の規模なのか考えるだけでも身震いする程だった。明日から始まる未経験の任務に、緊張しぱなっしだった。それは飯山に限らず中村も同様であり、自分に務まるぼかと考えてしまっていた。アメリカの裏に迫れると考えると、興味をそそられる任務であったが、いざ自分が受け持ってみると、その重大さははかりしれなかった。そう考え込んでいると、個室には再び沈黙が広がっていた。

「まぁ、今日は食べてください!」

白石は労いの言葉を二人に掛けたが、それを聞いても頷くだけだった。

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