第11話 生物と核

巨大生物が数十分にも渡って居座る形になった厚木基地周辺は極度のパニック状態になっていた。県警の機動隊が猟友会の組員と共に、広範囲に渡って展開。米軍の厚木基地は海上自衛隊厚木航空基地と隣接しているため、基地内においては海自の基地警備隊が銃口を巨大生物に向けていた。それに対し米軍は、司令官指示のもと、基地外への避難を始めており、日本の有事の際、アメリカは何もしてくれないということを絵に書いたような、そんな光景が広がっていた。巨大生物は立ち尽くしながらも周囲を見渡している。時折唸り声を挙げ、その顔は憎悪に満ちていた。その姿を観測する自衛官らも、その顔を恐怖から直視することは出来なかった。

「指揮所。こちら地上観測班。現在の所生物に動きなし。送れ。」

厚木飛行場で数人の陸自隊員が小銃を担いつつ警戒していた。その中双眼鏡で一人が報告を飛ばす。

(地上観測班。こちら指揮所。了解、引き続き警戒実施。送れ。)

指揮所への定時報告。生物が進行を停止してから同じやり取りしかしておらず、緊張感がなくなりつつあった。その時、

「生物に動き有り!繰り返す動き有り!送れぇ!」

巨大生物は何の前触れもなく、いきなり素早い動きで格納庫を破壊し始めた。咆哮を挙げ再び歩を進める。完全に基地内に入ったその生物は、管制塔を長い尻尾でなぎ倒し、横一列に並んだ格納庫を蹴とばすように壊し始めた。そして、身を屈めたかと思うとある物を手に取った。







 「司令官!ヤツ、核弾頭を手に!」

厚木基地上空に到達したクーパーらを乗せたブラックホーク。その機上でエリックが窓越しに声を荒げた。パイロットも基地上空を旋回しつつ、その光景に唖然としていた。

(クーガ1、クーガ2。攻撃態勢に移行。)

直後、その無線が聞こえ同時に、後ろを飛行していたアパッチ二機が大きく身を翻す。

「射撃は認めんぞ!」

クーパーはヘリの動きを見、機上整備員に叱咤する。

「念のためです!司令官自らここにいらっしゃるんですから、これぐらいさせて下さい!」

ヘリのエンジン音が耳をざわつかせる中、機上整備員は声を張りそう返した

それを聞き、小さく頷く。そして視線を生物に向けた。

「背びれが発光している・・・」

エリックが呟いた。クーパーが目を向けると確かに発光していた。小刻みに白く光る背びれに不快感を覚えた。何故かは分からなかったが見ていて心地のいい光ではなかった。

「司令官。これ以上現空域に居座るのは危険です!横田に帰還しましょう!」

副操縦士がそう告げる。クーパーは生物から視線を外すことなく、声にならない声で帰還することを了承した。それを聞き、機長は一気に機体をくねらせた。直後、今まで経験したことがない振動が彼らを襲った。







 厚木基地上空で閃光が起こった。

「地上観測班より指揮所!米軍ヘリが自衛隊観測ヘリと接触!飛行場内に落下!送れ」

観測班を指揮していた小沢一曹は青ざめた。巨大生物の動向監視が任務で安全地帯から状況を逐次報告していたが、巨大生物の近くに二機とも墜落した。

「班長!救助を!」

部隊に配属されて間もない狭間士長は叫ぶような口調で進言してきた。他の部下も指示を待っていた。墜落現場を見ると激しく炎上しており、一見すると生存者は皆無に思えた。視線を巨大生物に向けると、生物も墜落する姿に目を向けたものの、動きがない今になっては興味がなく、依然小刻みに背びれを発光させていた。

直線距離で八百メートル。小沢一曹は悩んだ末、双眼鏡を置き、小銃を手にした。

(指揮所より観測班。救助可能であれば速やかに実施!送れ。)

遅れて指揮所からその命令が届く。

「観測班了解。人命救助実施する。終わり。」

班の無線士がそう返し、被害を受けていない海自施設周辺に目を向けた。すると同じく警戒任務に当たっていた海自基地警備隊も救助態勢に入っていた。

「これより我が班は、海自と共同し、人命救助を行う。掛かれ!」

小沢もその姿を見た後、班員全員の顔を確認し、そう言い放った。そして墜落現場に向けて走り出した。


(指揮所より各部隊。墜落現場に向かう救助隊を援護。生物の動きによっては火器の使用を許可する。)

その命令が、厚木基地周辺に展開する陸自部隊内に流れた。その指示を受け、近くの公園広場に射撃陣地を構築していた120ミリ重迫撃砲中隊が動き始めた。

「重迫射撃命令!面制圧射撃、目標巨大生物脚部。弾頭については煙幕使用!斉射!各砲座発射弾数一発!装填待て。」

広場に展開する複数の重迫撃砲。その光景は異様そのものであった。その中で中隊長が指示を出す。煙幕を巨大生物の周囲に撒くことで救助部隊を掩護しようとしていた。

「中隊長!斉射用意良し!」

「半装填!」

「半装填良し!」

弾頭が砲の中に入る。中隊長は大きく息を吐き出し、

「中隊効力射!って!」

の一声を絞らせた。直後、砲弾が火柱をあげ上空に放たれた。鈍い発射音と共にきな臭いにおいが周囲を包む。

(中隊長、こちら前進観測班!目標周囲に煙幕を確認!救助部隊、墜落現場に到達を確認。送れ!)

射撃に伴い、弾着地域を観測する班員からの報告を受け、中隊長は安堵した。他の隊員らも溜息混じりに束の間の笑顔を見せる。

(数人の自衛官及び米兵が救助された模様!尚、生物については進路を変更。相模川に向け移動を開始。別名あるまで待機する。)

続報が入りその内容に再び笑みがこぼれたが、生物の移動を聞き自分達の任務が変わったことを示唆していた。

「中隊!陣地変換!」

中隊の全隊員に聞こえるよう怒鳴るように言い放った。隊員らはそれを聞き忙しく動き出した。それを見、中隊長も指揮所に連絡を取るため、無線機があるジープに向かった。



重迫撃砲中隊の援護もあり、自衛官と米兵合わせて五名を救助することが出来た。

救助隊指揮官となった小沢一曹は疲れを滲ませた表情を隠しつつ、墜落現場から距離を取るため隊全員を走らせていた。時折生物を見るとこちらには危害を加えるような素振りはなく安堵はしていたが、この場から早く離れたかった。隊員らの酷い息遣いが聞こえ、限界に近いことを暗示していた。意識がもうろうとしてくる中、ヘリのローター音が聞こえ、思わずその音が聞こえる方に手を伸ばした。

 「もう大丈夫です!皆さんもうひと踏ん張りです!」

気付くと目の前にはヘリの機上整備員がおり、その向こうにはCH47輸送ヘリが降着していた。数人の小銃を携えた隊員がこちらに走ってくる。よく見ると全員防護マスクを装着していた。不思議に思ったが問い掛ける元気もなく、その場に倒れ込んだ。他の隊員らもバタバタと倒れた。


「指揮所。こちら救助班。全員収容完了。多量の放射能を浴びており危険なため、三宿駐屯地の医療施設へ搬送する。尚、在日米軍司令官も放射能を浴びてはいるが生存は確認。送れ」

防護マスク越しに、その部隊の隊長と思しき人物が無線に言った。縦長のヘリ内には担架に乗せられた隊員らが二列になって横たわっている。その中にエリックの姿はなかった。

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