第5話 核(1)

「米国防省から伝達。北朝鮮プンゲリ付近において核実験行使の可能性有り。本日中には行われるかもしれないということです。」

飯山が一人の空自幹部と個室で打ち合わせしている中、空自の制服を着た隊員がそう告げてきた。それを聞き、空自幹部の男は、

「小松のT4に放射能測定器を取り付けさせろ。いつでも離陸できるようにな。」

そう指示し、退室をその隊員に促した。指示を受け取った隊員は一礼して部屋を後にした。

ドアが閉まるのを確認し、飯山は、

「空幕長はどうした?お前の指揮権なのか?」

そう問い掛け、少し椅子にもたれかかった。

「北朝鮮の情報収集については俺が担当してるからな。T4を飛ばす命令を出すのは空幕長だがな。」

そう話し深いため息をついた。彼は北朝鮮情勢担当になったばかりにここ三日、ろくに寝れていなかった。飯山は失笑しつつ、労いの言葉を掛けた。彼の制服を見たらよれよれになっていた。着替えを持ってくるのを忘れたと話していたが、その疲労度は見て分かる程だった。飯山は大方の話が済んだと思い、席を立とうとしたが次の言葉に動きを止めざるを得なかった。

「飯山。ここだけの話だが、在日米軍の行動が異様なんだ。」

耳打ちするように告げてきた。

「合同演習の一環じゃないのか?」

一瞬、不審に思ったが合同演習中だと思い出し、そう返した。

「合同演習の一環で、自衛隊の連絡官が米軍施設に立ち入れないってことがあるか?」

その言葉に耳を疑った。北朝鮮情勢が緊迫の度合いを増す中、米軍との情報共有は不可欠であり、防衛省としては米軍の情報は生命線と言っても過言ではなく、この状況で失ってはならないものだった。

「このタイミングで、何故だ?」

少し混乱の様相を見せながらも飯山はそう返した。

「俺が一番知りたいさ。しかし不思議なことに北朝鮮に関する情報は逐一きてる。原因は他にあると上は考えてるらしいが、一向に掴めん。」

冷静な姿勢で空自幹部はそう言い、ポケットから小さく折りたためられた用紙を、飯山に手渡してきた。

「俺はこれだと睨んでる。」

用紙を広げるのを見つつそう続けた。用紙は海自舞鶴地方隊からの報告書だった。中身を黙読すると飯山も納得できた。

「空母の緊急寄港か。」

「あぁ。海自からの情報によるとこの時、黄海に中国の空母艦隊が牽制のために出張ってたらしい。今の第七艦隊司令は慎重派だから空母を下げはしたが、司令部としては日米安保の建前上、このことを公に知られたくない。その結果だと俺は考えているが。」

舞鶴への緊急寄港からここまで推論を立てられるとは。半ば驚きながらも推論を現実として受け止めている自分がいた。しかし、

「見事な推論だな。しかしこの緊迫した中、米軍がそこまで意地を張るとは思えんけどな。」

空自幹部の推論を否定するわけではなかったが、自衛隊の連絡官が米軍施設に入れないとまでいくのだろうか。そこだけ引っ掛かっていた。

「まぁな。俺もそこだけは説明がつかん。戦争が始まる前だったりしてな。」

空自幹部は失笑しつつ、そう口にした。

「勘弁してくれよ・・・。」

笑えない冗談に飯山はその言葉しか返せなかった。

「ま!俺じゃなくて、軸は幕僚達が立てたもんだけどな。色々不安要素はあるが、関係者の中じゃ、この推論が浸透してる。」

空自幹部は重い空気になるのを避けようと、口元を緩ませ、口を開いた。

「まぁ、推論ってことで頭には入れとくわ。」

軽く頷きつつそう言い、会議室を後にした。午後から官邸に向かう予定が、懇談する政府関係者の都合で夜に変更された。時計を見ると午後五時を指しており、官邸に向かうことにした。北朝鮮情勢が緊迫の度合いを増し、政府の動向も気になっていた。アメリカの姿勢も空自幹部の話を聞いてから、一層注視せざるを得なくなった。早く政府の動きを知りたいという焦りからか飯山は早足になっていた。すれ違う自衛官らが敬礼するのを見、軽い答礼で返す。そして飯山は防衛省を後にした。






 「極東のミリタリーバランスを崩しかねない異常事態です。巨大生物の対応について大統領の考えをお聞かせ願いたい。」

(ペンタゴンからの報告で、ヤツは放射能をエネルギーにしている可能性がある。日本政府は内密にコトを進めているが、福島の放射能も吸収しているとのことだ。昨日、衛星が福島沖を遊泳しているのを捉えた。北朝鮮の核施設がヤツに襲われるのは時間の問題だ。)

巨大生物の存在を確認した後、クーパーは大統領と電話会議をしていた。

「放射能を餌に?しかし体長は五十メートル前後。絵に書いたような怪獣です。都市部に上陸されたら甚大な被害が出るのは明白です。私としては早急な殺処分を進言します。」

極東担当の米軍司令官としては当然の考えだった。まだ直接的な危害行動を受けた訳ではないが、放射能を餌とする生物の行動は未知数であり、今すぐ対処するべきだと考えていた。

(殺処分?君はもう少し政治を理解した方が今後のためだぞ。放射能を吸収してくれる生物ほど有り難い存在はない。我が国の管理下におけば、福島の再来など有り得ない。大統領として殺処分ではなく、捕獲を命ずる。)

自国優先主義で原発推進派の大統領はそう告げた。原発関係者との癒着が一部で囁かれる彼ではあったが、未だ議会から不信任案は出されず、どうにか大統領という職に就けていた。しかし原発事故を一番に恐れており、その対応策には試行錯誤していた。国内で福島原発事故のような事態が起これば大統領という職を離れざるを得なくなる。それを避けたい大統領からしたら、放射能を吸収してくれる生物の発見は朗報だった。そして喉から手が出るほど、自らの管理下に置きたいと考えていた。

(在日米軍の全戦力を使っても構わない。必要ならば空母も送る。なんとしてでもあの生物を捕獲しろ。期待してるぞ。)

クーパーの返答を待たずして、大統領は一方的に電話を切った。直後、電話を掛けた自分を呪った。一部始終を隣から見ていたエリック少将は顔を窺いつつ、

「どうされますか?」

と、問い掛けた。クーパーは唇を噛みしめ、

「放射能集合体を日本海の無人島に誘い込む。餌となる核弾頭を横田に運び入れろ。」

非核三原則という日本政府の方針が彼の頭をよぎったが、もうやけくそになっていた。とりあえずヤツを誘い込んで包囲すればどうにかなると考えた。最悪、殺処分にすれば全て終わるとも思っており、どちらかと言えば殺す方で作戦をたてようとしていた。

「了解しました。しかし無人島に誘い込んでからの作戦は?」

その問いを聞き、返答に詰まったが、

「局部を撃ち、弱らせてから網で仕留めればいいだろう。放射能吸収能力さえ残っていれば大統領は何も言わんよ。」

深く溜息をつき、そう言った。

「了解しました。そのように作戦立案を進めます。」

エリックはそれだけ返し、クーパーの元から離れた。

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