第4話 前兆(4)
「空母ロナルド・レーガンの現状についてですが、艦体に軽微な損傷を受けただけに留まり、放射能漏れ及び乗組員への被害はなし。念のため、演習参加を中断して舞鶴港へ向かう、とのことです。」
そう告げると海軍士官は、ロナルド・レーガンから送られてきた報告書を手渡した。報告書には、現時点で判明している詳細な被害状況が記されており、漂流物と接触した座標も明記してあった。
「演習参加中断については、艦長の判断を追認する。舞鶴入港については日本の防衛省に連絡及び調整を頼む。」
険しい表情で詳細情報を通読しつつ、そう指示を出した。海軍士官はそれを聞き、一礼してその場を後にした。
「それで、その漂流物は?」
「現在、対潜哨戒演習という名目で竹島沖を中心として捜索しています。」
少佐の階級章を付けた陸軍士官がそう報告する。
「鯨じゃないのか?」
鯨と艦船の衝突や接触事故は過去数多く例があり、物体が急浮上し、艦体に損傷を与えたという経緯からしても、鯨が呼吸のために海面に出てきたことも充分に考えられた。と、いうより鯨以外の生物で今回の事案を説明するのには無理があった。他国の潜水艦との接触事故という可能性もあったが、接触したのであれば潜水艦側の損傷は激しく、とても再潜航出来るとは到底思えなかった。そのため潜水艦という選択肢は自然と消え、やはり鯨との接触事故で今回の件は処理しよう。と考えていた時だった。海軍中佐の言葉が彼の考えを打ち砕いた。
「漂流物はアクティブ・ソナーを発していました。現在の潜水艦でアクティブ・ソナーを常時使用している国は皆無に等しいです。それに、鯨がアクティブ・ソナーを発するとは到底考えられませんが。」
それを聞き、クーパーは事態の重さをようやく理解した。オペレーションセンターがいつにも増して騒々しいのも自分の中で説明がついた。
正体不明の海生生物との接触事故・・・。それが今の混乱を招いていたのだ。
「司令官。ペンタゴンから緊急。衛星からの情報によると、日本海で放射能の塊が移動しているとのことです。」
空軍大尉の報告に周囲は一斉にどよめいた。クーパーも例外ではなかった。
「放射能集合体。衛星情報によると、現在北朝鮮プンナム沖二十キロで確認されています。」
「韓国軍より報告。プンゲリにおいて核実験行使の公算大!本日中に実施される可能性大!」
連続して通信兵らが報告を飛ばす。それを聞き担当の士官が忙しく動き始める。
「司令官。太平洋空軍司令部より伝令。核実験行使については国防省経由で日本政府に伝達するため、在日米軍は行動するな、ということです。尚、放射能集合体の存在に関してはトップシークレットとして扱うとのことです。」
太平洋空軍司令部があるヒッカム基地。そこから送られてきた書類を隊員がクーパーに手渡す。それを見た在日米軍副司令官のエリック少将は、目を細めクーパーとともに見入る。
「偵察機を飛ばしますか?」
エリック副官が耳打ちで提案してきたが、首を軽く横に振った。
「動くなと言われている。余計な事は出来ない。」
自分に言い聞かせるように言い、北朝鮮情勢のみを表示しているスクリーンに目を移した。
「放射能集合体!プンナムに上陸!」
衛星担当の空軍士官がそう報告を飛ばしてきた。オペレーションセンターが一気に騒めいた。
直後、多数の報告が各所で上がり始め、エリック少将はその対応に追われ、北朝鮮の衛星画像を映し出しているスクリーンには、次々と情報が文字で表示され始めた。
「偵察衛星で、放射能集合体は確認できないのか?」
エリック少将はそう言い、衛星担当士官の元に駆け寄る。空軍の迷彩服に身を包んだ士官はその問い掛けに対し、
「詳細データの表示にはペンタゴンのアクセス許可が必要です。」
その返答にエリック少将は下唇を噛んだ。直後、
「構わん。私のアクセスコードを使え。出来る筈だ。」
クーパー大将の声が聞こえ、その内容に衛星担当士官は思わず、
「司令官自らなら問題ありませんが、これほどの人員がいる中で開くのは、問題になりますよ!」
クーパーの無茶ぶりな命令に、やめるよう促す。エリック少将も頷いていた。
「私は極東司令部の責任者だ。周辺で発生している事態を部下とともに理解出来なければ、適切な作戦すら立てられない。やってくれ。」
アクセスコードが書かれたカードを衛星担当士官に手渡す。それを静かに受け取り、機械に通した。あらゆる情報が開示されたページが表示される。次に北朝鮮上空を通過する偵察衛星のコンピュータにアクセスした。
「メインスクリーンに表示しろ。」
クーパーの指示を無言で受け取り操作する。プンナムを映し出した衛星映像が、オペレーションセンター正面の大型スクリーンに表示された。一斉に視線が集中する。緑が乏しい陸地を、内陸部へ向け進んでいく物体を捉えていた。そこにピントを合わせていく。やがて鮮明になり、オペレーションセンターにいた全員がその映像に息を呑んだ。黒い表皮に直立二足歩行の巨大生物がゆっくりと歩を進めているものだった。
「もっと鮮明に出来ないのか!」
エリック少将が焦り声をあげたが、衛星担当士官は限界と言わんばかりに首を横に振る。
「司令官。限界です。これ以上アクセスするとペンタゴンのシステムにも影響が・・・。」
それを聞きクーパーはアクセスを止めるよう言い、舌打ちした。
「大統領と話がしたい。ホワイトハウスに連絡を取ってくれ。」
少し考えた後、そう口を開き、近くにあった椅子に腰を下ろした。
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