第3話前兆(3)

陸上自衛隊三等陸佐の階級を持つ飯山は私服姿で出勤した。佐官と呼ばれる上級階級者は、その職務に応じ送迎車が付くことがあり、彼もその対象にはなっていたが、今までの生活スタイルを乱されたくないため断固として拒否していた。今年で三十六歳になる飯山は部隊勤務の継続を心から望んでいたが、防衛省勤務になり、デスクワークをするのは部隊勤務に満足してからがいいと考えていた。しかし頭の回転が速く知的で戦史に詳しい一面を持っていたため、上級幹部から早々と目を付けられ防衛省勤務に回されたのだった。半年前から防衛省地下にある統合作戦本部内閣担当として、防衛省と政府の橋渡し役の任務を請け負っていた。有事の際には内閣危機管理センターに出向き、自衛隊として何が出来るのか等を政府高官と調整しなければならない事になっていた。平時においては様々な事態を想定したシミュレーションを行い、マニュアル作りに励んでいる。それ以外の仕事としては情報収集係として、統合作戦本部の手伝いをしていた。いわゆる雑用であったが、地下に籠り切りという日も少なくない飯山からしたら足を使っての収集活動は嫌いではなく、むしろそれ専門の職を望んでいた。

 防衛省自体の勤務からは既に五年が経ち、転勤もなく人事部を恨んではいたが、自身の生活スタイルが確立していたため、最近では今の生活に満足していた。

 施設に入る前に胸ポケットからスケジュール帳を取り出し、今日の予定を再確認した。

午後は官邸に出向き直接、周辺情勢を政府担当者と懇談することになっていた。飯山がここまで政府関係の仕事を任されている理由は岡山総理にあった。彼とは親戚にあたり総理就任後、飯山には政府絡みの仕事がどっと増えた。自衛官という仕事が疲れたら議員にでもなろうかな。と真剣に考えた時期もあったが、選挙カーで自分の名前を大声で町中に連呼されるのは良い気がせず、その道は自分から断ち切った。

 地下の統合作戦本部に通じる専用のエレベーターに乗り込み制服に着替える準備を始めた。更衣室で素早く準備出来るように背負っていたリュックサックの中を軽く整理する。そしてエレベーターは指定された階で停まり、重いドアが開いた。薄暗い廊下を少し歩いた先にある更衣室で素早く着替えを済ませ、飯山は自衛官という職に就いた。



戦闘機の轟音が今日も横田基地を揺らす。米韓合同軍事演習が一週間前に始まってから離発着する軍用機は日に日に数を増やしていた。外柵沿いでは日本人グループが猛暑の中飽きもせず抗議運動をしている。三ヶ月前に在日米軍司令官として着任したクーパー大将は今日も軍用機の轟音を聞きながら執務室で書類の山に追われていた。地下にあるオペレーションセンターでの仕事も待っている中、今はただ目の前の書類に集中していた。クーパーが気付くと時刻は正午に近付いており、作業を中断しようとペンを置いたその時だった。海軍少佐の階級章を付けた士官が、ノックもなしに、執務室にただならぬ顔で入ってきた。

「司令官。日本海でロナルド・レーガンが接触事故です。」

その報告に、クーパーの表情が一瞬にして曇った。

「放射能漏れは?」

「現在確認中です。至急オペレーションセンターに。」

そう促され、駆け足で地下に向かう。

「接触物については巨大な漂流物とのことです。」

地下のオペレーションセンターに続く階段を駆け下りる中、士官はそう続けてきた。クーパーは軽く頷く。やがて衛兵が警備する扉の前に着き、指紋認証を済ませ入室した。

 横田基地地下に置かれている在日米軍オペレーションセンター。そこは極東軍の司令塔として機能しており、アジア全域の状況がリアルタイムで大型スクリーンに表示されている。その他大小多数のスクリーンがあり、大勢の通信兵が交替制で常駐し、常時警戒監視活動を行っていた。無論、核実験の様相を臭わせている北朝鮮の衛星画像はクローズアップされ、そのスクリーンの近くでは複数の隊員が打ち合わせをしていた。クーパーが入室すると、予想以上に慌ただしくなっていた。そして司令官の姿を確認した複数人の士官が駆け寄り、状況を伝えてきた。

「報告します。駆逐艦カーティス・ウィルバーからの報告によると、接触直前、海底から急浮上する物体をソナーで捉えたとのことです。正体については不明のままです。」

「物体は接触後、潜航し姿を消したとのことです。」

「北朝鮮の潜水艦の可能性も視野に入れ、調査しています。」

クーパーは事故に遭った空母の安否を一番に気にしたが、報告に上がってくるのはどれも漂流物関係のことばかりであり、そのことに疑問を感じていた。

「漂流物の話はいい。空母の安否及び放射能漏れについて報告しろ!」

思わずそう叱咤した。それを聞き漂流物に関係する士官らは一歩下がり、海軍大尉の階級章を付けた一人の士官が報告に来た。

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