第2話前兆(2)

「情報収集に全力を尽くせ。有識者による分析を含め、情報は全部あげてくれ。」

岡山がそう指示を出したのと同時にエレベーターのドアが開いた。職員が厚い扉を抑え岡山が通るのを補助する。全員が出たことを確認すると扉を閉めた。

 エレベーターを降りた先には内閣危機管理センターと呼ばれる空間が広がっていた。薄暗い室内には閣僚や関係者用の座席や机がコの字に設置。総理の席に相対する位置に大きなスクリーンが壁に三枚にあり、リアルタイムで現地の状況が分かるようになっていた。岡山が到着した時には既に和島原子力規制庁長官や、本杉国家公安委員長を始めとして東電職員らがおり議論していた。その中、センター常駐の職員に促され岡山は自身の席に向かった。

「総理がおみえになりました。」

職員の一人が言い、一同が起立した。岡山はそれを手で制し、指定された椅子に腰を下ろした。それを見、全員が着席する。

「現状を知りたい。一体どうなっている?」

書類が手元に届くのを待たず、岡山はそう問い掛けた。

「原発内を無人ロボットで現在探索し、放射能が新たな場所に漏れているのではないか等の調査を行っていますが、事態発生時と変わりはなく原因は不明です。」

ようやく手元に届いた書類に目を通しつつ、和島長官の説明を耳に入れる。

「今回の件についての見解は?東電はどう見ているんだ?」

「極めて異常な事態として、あらゆる可能性を視野に入れ調査しています。」

東電職員がそう返答するのを聞き岡山は再度、

「原因は分かっていないんだな?」

「はい。全くを以て分かっておりません。」

東電職員の濁した言い回しを是正させ、岡山は他の報告がないか周囲に問い掛けた。

「海保からの報告によると、周辺海域からも放射能が検出されなくなったということです。」

防災服に身を包んだ内閣府の職員がそう報告する。この先何百年も残り続ける放射能が、ここ二四時間以内に消えていくのは異常事態そのものだった。関係省庁が総出で学者や専門家に電話で問い掛けてみるも、有力な仮設すら立てられないのが現状だった。地球規模の天変地異の前触れとも関係者の間で囁かれる事態に、東電を始めとした関係者は頭を抱え込んでいた。関係省庁は官邸から速やかな要因報告を迫られていたが、返事が出来る状況ではなかった。

「事態発生から四八時間が経過します。」

室内の沈黙を裂くように本杉委員長が口を開いた。周囲にいた面々が一斉に時計へと視線を移す。

「総理。マスコミへの公表についてはどうなされますか?」

東電職員の発言に岡山は静かに、

「要因が判明していないのに、公表するのは国民の不安を煽るだけだ。この事態に関しては他言無用で頼む。」

有事の際の決まり文句だな。言った直後に自身でそう思った。今回の事態は有事とは呼べないかもしれないが、彼からしたら充分に足りうる言葉だった。祖父から代々国会議員の家系に産まれ、父も政界を賑わす閣僚だった。そんな親の七光りで総理大臣という職に就いてから早一年。奇跡的にここまで、大規模災害を始めとして重大事案の発生はなかった。そのため岡山からすればこれが最初の有事となった。実際、状況をある程度把握できた今においても頭の中は混乱しており、今後の政府的な行動はどうしていいのか分からなかった。ただ、現段階において情報を国民に公開する事は避けなければならないことであり、それだけは確実なことだった。そのため情報漏洩に関することは関係者には徹底した。

「総理。朝一で沖縄県知事との面会が・・・」

内閣危機管理センターの、中央スクリーンに映し出されている現在の福島原発の中継映像。それを凝視していた中、秘書が短くそう伝えてきた。はっとなり、岡山は席を立った。

「何かあったらすぐ報告するように。」

そう言い残し、準備されたエレベーターに岡山は乗り込んだ。



 

 (八月十日、朝のニュースです。緊迫の度合いを増す北朝鮮情勢について、現在、日本海を中心にして行われている米韓合同軍事演習。これに対抗して昨日北朝鮮中央テレビは極めて両国の関係を悪化させる行為であり、軍事行動に踏み切るならば核を持ってして我々は対抗するだろう。などと発言し米韓両国を強く牽制しました。またアメリカの研究機関の発表によりますと、北朝鮮プンゲリの核実験場周辺において、車両などの移動が頻繁になっている等の動きが見られ、近く核実験に踏み切る可能性が高い事を示唆しました。この事態を受けて、岡山総理は先程記者団の会見に応じ、防衛省、外務省を中心として情報収集に全力をあげている。と述べました。ホワイトハウスのビル報道官も定例会見において、明白な安保理決議違反の行為であり容認することは出来ない。断固非難する。と、した上で、更なる経済制裁もじさない考えを表明しました。北朝鮮の今後の動向が注目されます。次の・・・)

 そこで女性アナウンサーの声が途切れた。飯山が携帯のワンセグ機能を切ったからだった。イヤホンを両耳から外し、コードを丁寧に結びながら足早に職場に向かう。四ツ谷駅で降り徒歩十分。屋上の大部分が緑色に塗られたビル群が見えてきた。防衛省と呼ばれるその施設には、他の官庁にはない異様な正門がたたずんでいた。飯山は躊躇することなく無心で足を踏み入れる。正門警備担当者から身分証明書の提示を求められ、ポケットから出して見せる。確認が終わると飯山は敷地内に通された。陸上自衛隊三等陸佐の階級を持つ飯山は私服姿で出勤した。

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