夏「プール」【白昼夢】
ぽたり。
先ほど落ちた場所へ再び汗が落ちる。火傷するような熱気が肌を圧迫する。喉が渇き、水分を常に欲している。乾いた土や、汗のしみ込んだシャツの臭いが嗅覚を刺激する。蝉の悲鳴が向こうの林から騒音となって響き渡る。縁側から見える風景は、いつものおばあちゃんの家で過ごす時に見る畑と、何ら変わりはない。
「暑いね」
「うん」
並んで畑を眺めながら、相手に目もくれずに言葉を投げる。
「だるいね」
「うん」
言葉にした瞬間、濡れたシャツが一段と重くなった気がした。
「水いる?」
相手に言葉を投げる。私との間に、おばあちゃんが用意してくれたであろう水が、熱気に包まれてじわじわと温度を上げていっている。
「うん」
私はコップに水を入れてあげた。
とても気持ちよさそうな顔をして、喜んでくれた。
「気持ちよさそうで良かった」
そう言ってまた私が畑を向くと、向こうから話しかけてくれた。
「君は、この夏何がしたい?」
「君って、私?」
今までずっと生返事だった分、確認せずにはいられなかった。
「そうだよ。君以外にいないでしょ」
ちょっと拗ねたような口調になって返してきた。少しおかしくて、頬が緩んでしまう。
「うん……やっぱりプールかな?」
私の返答を聞いた瞬間、隣で固まった様子を感じた。心なしか暑さが和らいでいる。
「なんで?」
先ほどよりも明らかに弱弱しい声で懇願するように聞いてくる。
「なんでって、暑いからだよ」
「じゃあ川でいいじゃん」
「川は駄目だよ。海ならいいけど」
「海ならいいの?」
「うん。だって川は危ないってお母さんが言ってたもん」
「和尚も坊主も僕らより危ないと思うけど」
小さくつぶやいた声は、蝉の声に搔き消されて私まで届かなかった。
「岩とかコケとかで転んでケガしちゃうんだって」
「イマドキそんないたずらする奴いないよ」
「いたずらじゃないよ。本当に危ないの」
「みんな君らと遊びたいだけなんだ。だからケガなんて絶対しない」
思ってた以上に真剣な声に、思わずそっちを向いてしまう。
私を見つめ返す真剣な表情は、すごく真面目でまっすぐで、なんだか何の話をしていたのか分からなくなってしまった。
「お皿、乾いてない?」
言葉が見つからず、目についたものに話題を変えた。なんだか真剣な目を見ていられなくなって、下を向いて水を汲み、相手の頭にかける。頭から流れる水は、皿から溢れ、肌を伝って木の板を濡らす。
「あっ、濡れちゃった。ごめんなさい」
慌てて首にかけていたタオルで拭こうとすると、腕をつかまれた。彼の手は少しひんやりとしていて湿ってて、気持ちよかった。
「そのままで、大丈夫」
優しく私に向かって発せられた声は、とっても優しくて暖かくて、なんだかおばあちゃんを思い出した。何をしても許してくれて、私が変なことを言ってもちゃんと話を聞いてくれたおばあちゃん。今も天国で、元気にしているだろうか。
「元気だよ。ありがとう」
彼の緑の肌に浮かぶ笑顔を見ながら、私の意識は遠のいていった。
遠くでもうここに来ちゃだめだよ、とささやく声が聞こえた気がした。
目を開くと、見慣れない天井があった。血相を変えたお母さんがなにやら騒いでいる。ところどころの情報をつなげると、どうやら私はおばあちゃんのお墓参りの最中に、熱中症で倒れてしまったらしい。
生々しく残る肌を圧迫する熱の感触と蝉の声、水の温度を感じて、私はお母さんと、今年は家族で川に行こうね、と計画を立て始めた。いつか新しくできた友達と会いたいと願って。
おわり
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